おしゃべり病理医 編集ノート – いつから病気になる?その1

2019/11/02(土)10:27
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  病理医として、日々の研鑽と人材育成のための内外での研修。
  二児の母として、日々の生活と家事と教育と団欒の充実。
  火元組として、日々の編集工学実践と研究と指導の錬磨。
  それらが渾然一体となって、インタースコアする「編集工学×医療×母」エッセイ。


 

 わたしたちはどのタイミングで病気になるのだろうか。「病気になる」と「体調が悪い」は同義だろうか。医療がここまで進歩してくると、「病気になる」と「体調が悪い」の意味のずれは大きくなるばかりである。がんは、早期の段階では全くの無症状である。体調がすこぶる良好と感じていても、検診で早期がんが見つかれば、「深刻な病気になった」と思う。あらためて「病気になる」ってどういうことだろうと考えると意外に難しい。

 

 拙著『おしゃべりながんの図鑑』の対談で大阪大学病理学教授の仲野徹先生と盛り上がった話題のひとつも、「ひとはいつから病気になるのか」ということであった。ほかにも読書や趣味の話、仕事をいかに効率アップするか等々、病気の話からどんどん脱線していき、対談原稿の1/3は紙面の都合上お蔵入りになってしまった。せっかくなので、その話はまた別の機会にご披露したい。

 

 たどりついた結論は「医者に言われた時点で病気になるようだ」、つまり「診断された時点で病気になるのだ」という結論である。本末転倒のように感じるが、それ以上に良い答えは見つからなかった。病理医が、ひとを病気に「する」専門医であることも同時に再認識した。ちょっとショックだった。

 

 「診断」は「名づけ」の一種である。ネーミング編集術のひとつ。臨床医は、患者さんの訴えと視診・触診・聴診といった理学的所見を統合し、それ「らしさ」を抽出し、自分の頭の中のあらゆる病気の医学的特徴と照合してみる。そして、類似した医学用語シソーラスを組み合わせたうえで、もっともふさわしい病名にたどりつく。病理医は、細胞の形態、細胞同士の並び方を観察し、その形態学的な特徴を医学用語に言い換えながら診断する。やっていることはどちらも「名づける」ことであり、「名づける」ことが最終目標でもある。

 

 もしも、どんなに調べても考え抜いても、ふさわしい病名が見つからないなら、本当のネーミング編集術を駆使できるチャンス。自分が見つけた病気だからといって安易に「おぐら病」と命名するのはやめよう。後世の医学生に覚えにくいと恨まれる。ちなみに「パーキンソン病」や「アルツハイマー病」はまさに疾患の代名詞となっているけれど、どちらも発見した医師の名前である。日本人医師の名前を冠する病名も、「木村病」「菊池病」「川崎病」…とけっこうある。残念ながら「松岡病」はない。いずれも疾患の特徴が病名から想起できず覚えにくいことこのうえない。

 

 細胞にも「伊東細胞」とか「クッパー細胞」とか、人名がついていたりする。それぞれ肝臓にいるビタミン貯蔵細胞とマクロファージの一種なのに、どっちがどっちだったかこんがらがる。なんでこんな名前をつけるのかとちょっといらっとする。「伊藤細胞」って書いたら試験でバツになるし。もっと「らしさ」を大事にした名前を考えたい。たとえば、「もやもや病」。もやもや病は、某有名歌手が罹患していることで少しだけ有名になった脳の血管異常をきたす病気だが、異常な血管が画像検査でもやもやと見えるからつけられたオノマトペ病名である。素敵。日本人の医師がつけた病名であるため、英訳しても「moyamoya disease」となる。外国人が「も~やも~や」と変なアクセントで発音するのを想像するとちょっとおかしくなるが、外国人のウケはどうなのだろう。

 

 編集は名づけることからはじまるし、名づけるプロセスも編集である。名づけることで見えてくる特徴もあるし、名づけるために、その情報をどれだけ多様に観察できるかがキモとなる。イシス編集学校は、名づけることをとても大切にしている。教室も各役割も唯一無二の名が与えられる。生徒は「学衆」、先生は「師範代」。離の指導陣は、「火元」と呼ばれ、「別当・別番・右筆・半東・方師」と一読、一聴しただけではなんだかわからない役名が揃う。でも、その名によって独特の学びの場や個々の創発的な関わりが生まれる。なぜだか、「別当らしさ」だとか「方師風」とか、指南やコンテンツにそのらしさが醸し出されるのは興味深い。

 

「名」には、多様なシソーラスと同時に言葉にならないイメージが含まれ、それらが互いに関係しあい「らしさ」をにじませるのだ。編集学校においていちばんフツーの名は、「校長」かもしれない。

 

 「名づける」ことは、「らしさ」の要素を分節化し直し、再構成していくこと。やわらかい視点と精緻な視点の両方が必要である。診断も同じ。ウィリアム・オスラー医師の言葉「Medicine is art based on science」の意味は深い。「art」はふつうに訳せば、いわゆる「アート」であるけれど、編集学校では「art of combination」の「art」すなわち結合術としての編集術である。

伊東細胞とクッパー細胞

  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。

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