スニーカーならエアマックス。NBAはエアジョーダン。ダイノジはエアギター。そしてイシスにはエアサックスと呼ばれる男がいる。
感門之盟で音楽を学ぶ卒門学衆としてフィーチャーされたものの、サックスの演奏が未熟だったため、校長から吹かないで持ってるだけにしてとディレクションされたことから、「エアサックス」の愛称がついた。49[破]学衆・ヤマネコでいく教室、加藤陽康。これは3度目の正直ならぬ3度目の突破にかける若者の4ヶ月に渡る編集稽古のドキュメントである。
私というものが固定的な一人の私ではないように、天狗だってたくさんの天狗がいてもいい。アイキャッチ画像をみて、いつもと体型が違うじゃないかと思われた方もいるかもしれない。そう。天狗もたくさんの天狗なのだ。
クロニクル編集術の稽古は自分史の歴象を取り出し、選んだ新書の歴象と重ね合わせたうえで、3つに分類をして見出しを立てていく。まずは自分史を取り出すわけだが、そこで意識したいのは自分史ですら情報としてとらえ、編集していくということだ。たくさんの自分を編集する必要がある。
自分史は1回目も2回目も出したと胸を張るエアサックス加藤。アリストテレス賞にエントリーもしていなかったのに、自分史だけは出していたというところに、エアサックスのナルシズムぶりが如実に現れている。
しかし、加藤はこれまでの加藤ではない。生まれ変わったのだ。生まれ変わったのだから、自分史だって変わらなきゃいけない。加藤は、松岡正剛の千夜千冊全集の黒本に記されている校長の年譜を参考にHOWとWHYを意識しました、その模倣に取り組みましたという。その成果は現れているのかどうか。
では、エアサックス加藤の「傷だらけの自分史」。突っ込みながらご覧ください。
1999 H11 ★[0歳]4/17次男、日立生れ、半年
で世田谷。父は書家、母は大学では書道部、主婦。2歳上兄と積み木遊び。
◆なんと! 書家の息子にして、母も書道部。エアサックス加藤は特に書に自信はないそうだが、最近は父の仕事の書や水墨画にも興味を持ち始めているらしい。
2002 H14 ★[3歳]わかば幼稚園に入園し仲良し6人組で毎日遊ぶ。
人を笑わせるのが好き。あまのじゃくで、みんな笑顔の
時自分真顔の写真がある。
2002 H14 ★[3歳]公園で転び前歯をぶつける。幼稚園に行きたが
らない僕を母は無理矢理連れて行くが後に病院で歯の神
経断絶が判明。何度も謝られ今も謝られ続けている。
2003 H15 ★[4歳]くもん入会。専用のリュックと筆箱が好きで道
具を大事にしまう。課題を速攻で終わらせて、自分の名
前と絵を描く。
2004 H16 ★[5歳]ある日突然首が腫れ、細菌性髄膜炎で入院する。
母が付きっきりで看病。病院内の喫茶店で紅茶を頼んだ
り本屋で本を買ってもらったり居心地が良かった。
◆エアサックス加藤がいかに母に溺愛されていたかが現れている子ども時代。
2004 H16 ★[5歳]両思いだった(?)女の子に卒園式で好きな人
を聞かれ、恥ずかしがって全然別の子の名前を挙げたら
大泣きされる。実は初恋だった。
2005 H17 ★[6歳]父から仕事用の綺麗な原稿用紙を貰い初めて小
説を書く。タイトルは『自由の女神との大戦争』。画用
紙に絵を描いて表紙と裏表紙をつけ製本する。
2007 H19 ★[8歳]初めて子供用ではない一般書を買ってもらう。
『人はなぜ立ったのか? アイアイが教えてくれた人類
の謎』。アイアイの中指のイラストが美しかった。
2009 H21 ★[10歳]音楽の先生が好きだったので小学校の合唱部に
入る。「合唱は副次的旋律が難しい」と教わりそのパー
トばかり担当する。外部の合唱部に呼ばれる。
2009 H21 ★[10歳]古川日出男『ゴットスター』を読んでハマる。
独特な言語感覚と浮遊感、スピード感が面白かった。
2010 H22 ★[11歳]Mという少年と同じクラスになり親友になる。漫
画や川柳を書いたり歌やコントや合言葉をつくったり『東
方神起』のモノマネをしたりした。
◆エアサックス加藤の早熟ぶりがみえる少年時代。加藤いわく、「このときが一番編集力ありました」。
2010 H22 ★[11歳]当時好きだった女の子とたまたま塾の帰路が被
り、一緒にバスで帰る。恥ずかしがって黙っていたらそ
の子は降車した。好かれていなかったことに泣く。
2011 H23 ★[12歳]自分は受験組、Mは公立組だったので「離れ離れ
になって親友ではなくなってしまう。寂しいがいつか忘
れてしまうと思う」と手紙を書く。
2012 H24 ★[13歳]親の方針で兄と同じ中高一貫の男子校に入学。
まったく楽しめない。
2014 H26 ★[15歳]知っていることやできることを自慢する勉強も、
単なる悪ガキやのっぺらぼうの真面目くんばかりの人間
関係も大嫌いになって、学校に行かなくなる。
◆ティーンエイジの挫折。エアサックス加藤の迷走はこの5年に始まる。
2014 H26 ★[15歳]Bill Evans『Jazzhouse』のジャケット裏写真を
ネットでたまたま見る。写真の空白と煙草とスーツが美
しかった。ジャズにのめり込む。
2014 H26 ★[15歳]文化庁メディア芸術祭に行き音楽家の福島諭を
知る。ノイズと楽器の音が植物の成長の構造を模して発
音され、美しくコンピュータ制御されていた。
2014 H26 ★[15歳]小さな手帳に文章を書きまくる。絶望した文章
ばかりだが、古川日出男『ゴットスター』が下敷き。
2014 H26 ★[15歳]生に無意味を感じ、思考も無意味と思って意図
的に止めようとする。喋らなくなる。
2015 H27 ★[16歳]Manuel Alvarez Bravoの写真を見に世田谷文学
館へ。じりじりとした文明の熱や臭いが美しい。聖的な
文学館のガラス廊下も写真の印象を際立たせる。
2016 H28 ★[17歳]文芸部で連載小説『逆蜻蛉』を書く。小説家と
編集者が小説内で出入りするという構造。
2016 H28 ★[17歳]美術の授業で段ボールを使ってスニーカーの模
型を作る課題が出され、四六時中夢中で作っていたら船
をつくってしまう。
2016 H28 ★[17歳]形式は定まらないが何かをつくりたい意志だけ
がある自分に、後に武蔵野美大に行く友達が芸大先端科
受験を勧めてくれる。菊地成孔のラジオを教わる。
◆自己陶酔を見せる加藤。この自分史の表現がまだ抜けきれない加藤の自己愛を表現している。エアサックスの兆しはここにある。
2017 H29 ★[18歳]藝大先端科を受験するも不合格。外の世界に恋
焦がれるものの出られない。
2017 H29 ★[18歳]呼吸困難になり入院。暴力衝動を抑えたくて、
ベッドとの拘束を感謝して受け入れた。髪の毛が抜けて
皮膚が血だらけになる。記憶が抜け落ちる。
2017 H29 ★[18歳]網戸に蝉が留まったのをじっと見ていてたら、
その日から虫嫌いが跡形もなく消え去る。それまで虫な
んて触れなかったし気持ち悪いと殺していたのに。
2017 H29 ★[18歳]YoutubeでKrzysztof Komeda『Ballad For Bern-
-t』に遭遇。同じメロディがゆっくり繰り返され揺れ落
ちるような曲調で、美しくエロティックだった。
2018 H30 ★[19歳]詩集『鳩の行進』を書く。津島佑子『水辺』と
Octavio Pazの詩「トネリコの木はなにか言いかけて や
めてしまった」を意識している。
2018 H30 ★[19歳]軽くなりたくて持ち物をほとんど捨てる。ゴミ
袋4袋分捨てた。服と本が残る。僕にはこれだけだった。
2019 R1 ★[20歳]外の世界に出たくて、ある日突然喫茶店のバイ
ト面接に行き、受かる。今までの学生生活から一気に世
界が広がる。
2019 R1 ★[20歳]兄に借りた『幽明志怪シリーズ』にハマる。作
品作りの職人的丁寧さと弱さ指向に惹かれる。津原泰水
の小説講座を新聞に発見し通う。小説は書けず。
2019 R1 ★[20歳]Spotifyでずっと音楽を聴き続けるという生活が
始まる。音楽と生活の音との境目がなくなる。
2019 R1 ★[20歳]音信不通になっていた小学校の時の親友Mに唐突
に会いに行く。たまたま会うことができ、交友が再開する。
運命に喜び昔の熱狂感覚を懐かしむ。
◆加藤受難期やもがき期ともいえる自分史だが、これを軽妙に洒脱に編集できれば、加藤は変わるだろう。
2020 R2 ★[21歳]ぶち込まれた予備校から毎日抜け出して通った
図書館で松岡正剛『多読術』『知の編集工学』を見つけ
る。底から湧き上がるものがあった。
2021 R3 ★[22歳]Youtubeで藤井風『Help Ever Hurt Never』を聴
きハマる。諦観の上の明るさが自分と似ていると感じ、
いつか隣に行きたいと思う。
2021 R3 ★[22歳]楽器屋じぃじに中古サキソフォン貰い受ける。
ケース鍵をこじ開け鈍く目を刺す黄金。錫の毒っぽい匂
い。蒸気機関車風支柱をつけたひん曲がった月。
2021 R3 ★[22歳]菊地成孔の私塾「ペンギン音楽大学」、ISIS編
集学校に同時に入学。これだという人に向かう。
2021 R3 ★[22歳]イサムノグチ展へ行った時に松岡校長に遭遇し
挨拶。運命的に感門之盟に呼ばれ蝉の話と校長の本を重
ねて話すと校長から御本『日本流』のお話を頂戴する。
2022 R4 ★[23歳]実現可能となったある日、実家を出て友人宅へ
転がり込む。自分の気持ちにも事情にも強引に。自由に
出かけられるようになる。
そして、エアサックス加藤は、松岡正剛と出会い、イシス編集学校に入門し、エアサックスを手に入れた。守を卒門し、感門に呼ばれ、しかし2回続けて突破できず、今に至る。2023年の加藤の自分史にはイシス編集学校49[破]を見事突破という一項が加わるはずである。
【エアサックス加藤の三度目の突破】バックナンバー
■【エアサックス加藤の三度目の突破06】たくさんの天狗とたくさんのわたし
■【エアサックス加藤の三度目の突破05】歴史的快挙そして新たなる野望(本記事)
■【エアサックス加藤の三度目の突破04】守の型を使い尽くすべし
■【エアサックス加藤の三度目の突破03】心がわりの相手は君に決めた!
エディスト編集部
編集的先達:松岡正剛
「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。
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