多読ジム出版社コラボ企画第三弾は春秋社! お題本の山本ひろ子『摩多羅神』、マーク・エヴァン・ボンズ『ベートーヴェン症候群』、恩田侑布子『渾沌の恋人(ラマン)』だ。惜しくも『渾沌の恋人』に挑戦した読衆はエントリーに至らなかったが、多読モンスターの畑本ヒロノブ、コラボ常連の大沼友紀、佐藤裕子が『摩多羅神』に、工作舎賞受賞者の佐藤健太郎、そして多読SP村田沙耶香篇でも大奮闘した山口イズミが『ベートーヴェン症候群』が三冊筋を書ききった。春秋社賞に輝くのは誰か。優秀賞の賞品『金と香辛料』(春秋社)は誰が手にするのか…。
SUMMARY
霊験灼然な黒きスサノオを知っているか。祈祷の効果は因果応報をも制する奇蹟。当節のインテリIT界の詐欺に遭遇したら次の三冊を読んで黒幕へ仕返しするのだ。『摩多羅神』ではおそるべき降魔の力で、天魔天狗のたぐいから念仏行事や修行者を守った神が登場する。古き信仰の中で『古事記』に登場するスサノオの暗黒面が融合された。最秘の祭祀道場に隠された神を拝めば、因果の撚糸をも制御できる。『因果推論の科学』では現状のAIが到達していない「反事実世界」を想像する人間の推論力が解き明かされる。データサイエンティストは最近の流行りの職業だが、AIでも統計学をベースとした予想は行う。ただし、IF/THENを駆使して、世界の分岐点に対する並行世界はイメージできない。『詐欺師の楽園』では黒きインテリ達の暗躍が紹介される。詐欺師はシステムの外側で我々の隙を虎視眈々と狙い、通貨や不資産を略取する。我々は純白の因果スコープで防衛するのだ。
日本中世には秘匿すべき性質の異神がいた。その名は摩多羅神。おそるべき降魔の力を持つ。一般の信者が参拝する神ではなく、あくまで常行堂と堂僧らのための「深秘」の本尊に隠され、知る人ぞ知る暗示されていた存在だ。破邪の力に肖ることで因果の糸を操作し、ペテン師達と対峙できる。
●異神による降魔は因果を見通す
幻想世界の悪魔や天狗による妄想、現実世界の兇徒や詐欺師などの悪意を持つ者たちの奸計によって、私たちは心身へのダメージを受ける。邪を祓い清める強さを求める場合、山本ひろ子『摩多羅神』に登場する障礙神がヒントになる。著者は中世日本の神々の研究者。「みずからの思想は自らの手で」という思想を持ち、出自も来歴も謎にみちたモノたちを実地踏査を通じて解き明かす。前著『異神』でも深秘のタブー的存在・摩多羅神が内包する《たくさんのわたし》を調べた。摩多羅神は『古事記』などでアマテラスを畏怖させたスサノオの黒い性格を継承する。園城寺の僧侶の夢の中では新羅明神として顕現した伝承もあった。恐怖の性格だけでは永き年月で名前が消滅するかもしれない。毛越寺の摩多羅神には豊穣神としての善なる一面が地元に根付き、因果を制し、祝福を与える芸能神としてしたたかに生きていた。
●並行世界を想像するAIを求めよ
AIが人間の知性を超えるシンギュラリティをレイ・カーツワイルは唱えた。この10年間で警備システムの認識精度が人間の知覚を超え、人物画像をAIに入力することで、神の啓示の如く正確な個人情報を示すことが可能となった。しかし、因果を読み解くAIの万能性は一部の人間による宣伝効果による幻だ。アメリカの計算機科学者ジューディア・パールの『因果推論の科学』を読めば、AIが未到達の知性レベルがわかる。パールはAI内部の確率モデルを定義するための数学的形式であるベイジアンネットワークと、これらのモデルにおける推論に用いられる主要アルゴリズムを発明した。パールは日本のAI研究者・松尾豊も一目を置くAI分野の革命者。その後、因果推論による数学的枠組みを構築し、社会科学の分野でも大きな影響を与えたのだ。
因果推論では「なぜ?」という問いを全て真剣に取り扱う。この分野では、人間の脳を、原因と結果を扱うためにこれまでに作られた道具の中では最高のものであると仮定する。問いに答えるAIは見たことはあるかもしれない。しかし、文脈を読み取って、自ら問いを放つAIはいるのだろうか。人間はアタマの中に因果モデルを持ち、「もし私たちが現実と違う行動を取っていたら何が起きたか」というIF/THENによる反事実的な問いに回答可能だ。反事実はデータと非常に相性が悪い。データとは「事実」だからだ。データサイエンティストなAIは「観測事実が無残にも否定される反事実の世界や想像上の世界で何が起きるか」を提示できない。一方、人間の知性は仮説的推論を通じて反事実を推定できる。パールが先頭に立って推し進める「因果革命」の先にIF/THENを駆使するAIが出てくれば、知らない電話先の話し言葉に隠された悪意の可能性を想像し、善神の如く自動的に遮断する機能をスマホに搭載することも夢ではない。
●因果の連想でペテン師の脅威を封じよ
日々のニュースで時折発生する詐欺的事件。最近ではアメリカの暗号通貨取引所FTXのCEOバンクマン・フリードが逮捕され、約三百億円で保釈されたことが記憶に新しい。詐欺の瀬戸際を知らない間に歩いていることを私たちは事後に気づく。肉体を伴う窃盗や強盗と違って、詐欺はシステムを逆手に取る犯罪技術であり、インテリジェンスを要する、仮想通貨が魅せた大金の魔術の虜になったフリードは厖大なカオスを世界に呼び寄せた。
ドイツ文学者・種村季弘の『詐欺師の楽園』を読めば、歴史上のステレオタイプな詐欺師たちの方法を垣間見ることが可能だ。種村は広大な歴史から渉猟された奇想、奇人の数々を現代の事象と重ねながら、縦横無尽に語るモードを持っていた。ヨーロッパの底流に流れる異端の文化や美術に着目した事例が並ぶ。例えば、薔薇十字団大幹部と思いこませ、錬金術にいかれた初老の伯爵夫人につけこんだが、怪しげな性的儀式をやるはめになってネをあげたカザノヴァも登場する。詐欺師最大の敵は純一無垢の人物だった。どんなに騙くらかしても信じてついてくるのでは、ペテンを仕掛ける方がくたびれる。詐欺師が長期戦が苦手で結果的に失敗するのは、システムを作ったり動かしたフリードの事例にも通じる。
中世の信仰・文化のコードを読み解き、日本的霊性を伴う異神の力の源をリバースエンジニアリングすることは、因果関係の先にある詭詐などの落とし穴を見透す仮説力に繋がる。短期的に決めず、IF/THENを想像しながら長期的に決めるような因果連想システムをアタマの中に構築しておくことで、詐欺師の動きを鈍らせ、そして封じるのだ。
Info
⊕アイキャッチ画像⊕
∈『摩多羅神(またらじん)』山本ひろ子/春秋社
∈『因果推論の科学』ジューディア・パール、ダナ・マッケンジー/文藝春秋
∈『詐欺師の楽園』種村季弘/岩波書店
⊕多読ジムSeason12・秋⊕
∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ
∈スタジオ*スダジイ(大塚宏冊師)
畑本ヒロノブ
編集的先達:エドワード・ワディ・サイード。あらゆるイシスのイベントやブックフェアに出張先からも現れる次世代編集ロボ畑本。モンスターになりたい、博覧強記になりたいと公言して、自らの編集機械のメンテナンスに日々余念がない。電機業界から建設業界へ転身した土木系エンジニア。
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