支所に名前がつく前から、数えて今年で18年。九州支所九天玄氣組(以下、九天)は、松岡校長に年賀を届け続けている。
なぜこれほど続いているのか、なにが彼らを駆り立てるのか、組員と組長に聞いた。
受け取り手は松岡校長
九天年賀の源流は、2004年秋、松岡校長の快気祝いの願いを込めて5人のメンバーで手織りしたブックカバーだった。校長からのお礼のファックスに感激した織姫5人は、2006年戌年の正月に、千夜千冊『南総里見八犬伝』に肖ってクラフト作品を贈った。九州支所に名前をつけてくださいというお願いとともに。
九天玄氣組という名をいただいた後は、18年、休むことなく年賀制作を続けてきた。編集を人生する松岡校長に届けるものに前年踏襲はあり得ない。安全圏は狙わない。常にバージョンアップに挑むことになる。
2017年まではデザイナーでありクラフト作家である組員、内倉須磨子(8破/福岡)の手技を活かしたクラフト作品だったが、2018年からは本が加わった。「噂は聞いていましたが、想像より大がかりで驚きました。お題に応えるのが精いっぱいでした」「パッションがすごい」。2022年に組員となった政近玲子(師範代/東京)と政近岳(28花/東京)は言う。初期からの組員、松永真由美(師範代/千葉)は、「クラフト作品の頃はできあがりのかたちだけは予想できていたが、『擬』あたりから想像がつかなくなってきた。最近は右肩上がりどころか垂直にハードルが上がっている」と語る。
はじめにお題ありき
年賀制作は組長中野由紀昌(師範/福岡)の「お題」づくりから始まる。昨年10月、組長から2023年のクラフト年賀「本の飾り山笠」の構想が発表された。同時に出されたお題は、山笠の表は「増長天×九天玄氣組」、見返り(裏)は「バニー×セイゴオ」、それぞれのテーマで本を選べ、というもの。
「本日のテンキ」を1年間やり切った飛永卓哉(38破/福岡)は、「本を目にするたびとっかかりはないかと考える生活になりました。テンキの本選びと新企画でいっぱいいっぱいだったのですが」と思い起こす。永渕尚子(19破/福岡)は「お題が出るとアンテナが立つ」という。お題が注意のカーソルを起動させ、年賀づくりは組員それぞれの編集稽古となっていく。
表と見返りに飾る本の数は、それぞれ33冊を目指した。それは昨年から取り組んできた「三十三冊屋」プロジェクトに起因する。「三十三冊屋」は「たくさんのわたし」の本バージョンだ。自分をかたちづくってきたという意味で、「私」を表す33冊を組員一人ひとりがリストアップし、それを九天がモノとコトを生み出していくマザープログラムにしようという試みである。「三十三冊屋」をもとにZoom番組を企画したり、石牟礼道子や森崎和江や谷川雁を読み解いたりもしてきた。年賀は、九天の活動の振り返りと表象の機会でもあるのだ。
驚愕の奥にあるもの
飾り山笠を本楼に届ける二日前には、組み立てリハ―サルを兼ねたお披露目会が行われた。会場は組の拠点でもある中野の仕事場「瓢箪座」である。Zoomの向こうの内倉から手ほどきを受けながら、山笠本体に増長天正剛とバニーセイゴオを据え、本や幟が飾り付けられていく。仕上がりに驚きの声が上がった。中野は「今年の年賀が最高だ。作りながら湧いてくるアイデアを現実のものにしていく内倉さんのスタイルが増長した」と振り返る。
18年間、毎年数カ月を年賀に費やしてきた中野は、マンネリの危険を感じたこともあったという。大きく変えようとしたのは、2018年の『擬-MODOKI-』を提案した時だ。校長本に肖って、「校長そのものを擬け」というお題を出したところ、抱腹絶倒のモドキ写真が組員から届き、手ごたえを感じた。組員の力を引き出すお題づくりにアタマをしぼる本シリーズがここから始まった。
命名のきっかけが「年賀」だったこともあり、年賀づくりは九天にとって毎年のイニシエーションだ。それに加えて、組員にとっては地に足のついた編集稽古であり、組長にとっても超越し続ける九州コミュニティを目指すための最大にして最高の編集稽古。九天という場づくり、九天づくりのエネルギーである。組員が驚愕する年賀ができあがった時、組全体の活力と編集力が上がっていく。年賀があることで九天になってきたともいえる。それができるのは、九天にイシス編集学校と松岡正剛という「地」があり、インタースコアの文化があるからだ。
もうひとつの年賀『卯』
2023年の年賀は、クラフト年賀である飾り山笠と雑誌『卯』の二本立てだった。
刷り上がった『卯』の梱包が解かれた瞬間、「おーー!」という歓声が起こった。遊刊エディスト読者ならピンとくる方も多いだろう。あの雑誌のオマージュである。
表紙デザインを担当したのは小川景一(3離/鹿児島)。誼舟(ぎしゅう)というロール名を持つ。
『遊』創刊号の「眼」は何を意味するのだろうと考えた。杉浦康平さんが、右左の目は月と太陽に対応していると見ていたことを借りて、
まず「眼」の位置に、月とウサギを置いた。バックは金屏風のイメージとした。水墨の世界では、金が太陽を表すので、これで月と太陽が揃った。
組長からの「もっと九州らしさを」というオーダーを受けて、羅針盤と九州の地図、九天をイメージした北斗七星を入れた。
北極星は、地図の博多あたりで光っている。
活動報告の寄稿、「三十三冊屋」紹介、飛永の「本日のテンキ」、広告 ―― それぞれ自分が担当したページは目にしていたが、全体像は組長の頭の中にあるのみだった。ただ明確にページ構成を決めていたわけではなく、日々動いていた。この表紙が仕上がったことで全体の骨格が定まったという。
宮坂千穂(師範代/東京)は、『卯』を受け取った時、「よくこんなことができた」と自分も関わったのに、初めて目にしたかのように驚いた。組長のエネルギーと校長のオーラに巻き込まれてできあがったものだと思った。年賀づくりは、虚に居て実を行うことだったとも言えそうだ。
年に一度、むすんで、ひらく
九天に興味を抱いたきっかけが年賀だったという植田フサ子(師範/東京)も、「巻き込まれ感」を口にした。
九州から離れて暮らす組員(離九)には、博多のハレの舞台で歌われる祝い唄「祝いめでた」の収録というミッションが課せられた。飾り山笠の「押しちゃり!」部分を押すと組員による「祝いめでた」が流れる。
植田は九州出身ではあるが熊本生まれ、「祝いめでた」など聞いたこともない。けれども「おもしろいことをするのが九天だ」と確信している。離九の皆が組長から教えられた動画で予習し、ある者はカラオケボックスで練習を積んで、スタジオまで借りて収録に臨んだ。
中野は「組員に席を用意するのが組長の役目」と断言する。今年の年賀でも、『卯』に載せるウサギの画像を集める、九州のニュースを集める、九天を占う、校正をするなど、気軽に参加できることから得意手を生かすことまで、多重多層のお題が準備されていた。
もう一つ大切にしていることは、「手仕事」の場を設けることだ。山笠に飾る豆本づくりのワークショップには、福岡、熊本、大分から11人の組員が集まった。作ったものがどういう形になるんだろうというワクワク感と会って言葉を交わせる喜びが、ワークショップのためだけに遠路、博多に集まる引力となる。ともに手を動かした体験が、できあがった年賀と九天への愛着を育む。
山笠に飾られた豆本は、すべて内倉作。組員作の豆本は、全組員に『卯』とともに手渡された。
これまでのクラフト年賀は宅配便でISIS館に送っていたが、飾り山笠は数多くの繊細な部品からなる。とても送れないと、組長自ら豪徳寺に持参した。お披露目会に参加した田中さつき(師範代/大分)から、「大荷物だ」との情報を得た松永真由美は一番労力がかからないルートを調べあげ、品川駅まで組長を迎えにいった。本楼には東京在住の組員が集まって組み立てを行った。組員の思いを駅伝のようにつないだ一日だった。
田中は、年賀は一年に一度の「むすぶ」機会だと言う。九天に加入できるのは守を卒門し、九州に縁がある人。いろんな色を持っている。それぞれがやっていることを持ち込んで、年賀でむすび、新たな次元にひらいていく。吉田麻子(師範代/熊本)は、デコボコしたものでひとつの景色を作る様子を、九州の地形とも重なると見立てた。
年賀が起こすエディトリアリティ
移動もいとわず、時間を割いて、どうしてそこまで夢中になれるのか。松岡校長への敬慕は共通するところではあるが、それだけではない。
飛永は、『卯』に1年分の「本日のテンキ」が掲載され、「自分がやったことがこういう形になる。1やったことが10、20にもなって返ってくる」と感じた。「巻き込まれる感覚もあるにはあるが、舟には自分の意思で乗っている。舟上で仲間の”侠”を感じて、ますますやりたくなる」と言葉にした。
九州の”侠”とは、何か事が起これば遠慮せず立ち入ってくる距離感覚、おせっかいではなく「しょんなかたい(しょうがないねぇ)」と請け負うゆるくて強い受容、それに同じ舟に乗っているという連帯、未知の九州を掘り出していく喜びと切実がかさなった結晶が、九天年賀なのである。
2006年 『南総里見八犬伝』に肖った八角形の蛇腹スタイルカード
2007年 「九天直下年賀文巻」九角形の御神籤
2008年 「九天即応編集稽古」漢字一字で新年挨拶
2009年 「興缶」”牛”の字を入れた創作漢字、縦長製本
2010年 「九天壽結寅の巻」手製豆本と巻物
2011年 「九兎祝匣子」初笑い川柳を掲載した和綴じ本
2012年 「九天晴雲龍秘帖」古布で箱に蛇腹本「TATSU和歌」
2013年 「山玄水螢之巻」サイコロ&パズル仕立ての箱に豆本
2014年 「甲牛2014」鏡餅仕立ての組み箱
2015年 「創作 羊字熟語」創作の四字熟語をあしらった連凧
2016年 「九天玄氣独楽る・る・る」抱負を動詞で表現、紙テープ独楽
2017年 10周年「海峡三座」のお礼の返歌。和綴じの蛇腹本
2018年 『擬-MODOKI-「九天」あるいは別様の可能性』
2019年 九天玄氣エディション『少年少女の遊撃(ゆううつ)』
2020年 九天玄氣組エディション『せいごお漬』
2021年 『密の傾向と対策』、特製マスク
2022年 句集『炭男』、ラジオ番組『外は、正剛。』
2023年 本の飾り山笠、雑誌『卯』
◆スペシャルサンクス:後藤由加里さん(エディスト編集部)
雑誌『卯』に松岡校長の写真をご提供くださいました。また年賀座談会にて、組の外からのQを出してくださり、あらためて九天玄氣組を問い直すきっかけになりました。ありがとうございました。
石井梨香
編集的先達:須賀敦子。懐の深い包容力で、師範としては学匠を、九天玄氣組舵星連としては組長をサポートし続ける。子ども編集学校の師範代もつとめる律義なファンタジスト。趣味は三味線と街の探索。
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