「編集工学研究所 Newsletter」でお届けしている、代表・安藤昭子のコラム「連編記」をご紹介します。一文字の漢字から連想される風景を、編集工学研究所と時々刻々の話題を重ねて編んでいくコラムです。
INDEX
「連編記」vol.8「根」:足元の大いなる知性
└ 「マザーツリー」がつなぐ、森の知性
└ イシスの森の祝祭、「感門之盟・25周年番期同門祭」
└ 組織の「根」を強くする、「ルーツ・エディティング」
└ 思考の「はじまり」を探究する、『問いの編集力』
編集工学研究所からのお知らせ:
└ 安藤昭子新刊発売!『問の編集力 思考の「はじまり」を探究する』
└ イシス編集学校 第54期[守]基本コース お申し込み受付中です。
└ Hyper-Editing Platform [AIDA] Season5まもなく開幕!
「連編記」 vol.8
「根」
足元の大いなる知性
2024/9/20
森は木々の集合体ではなく、その根と菌類のネットワークによって繋がり合うひとつの巨大な知的生命体であるーー世界中の人々の森林観ひいては自然観を一変させた一冊の本があります。『マザーツリーーー森に隠された「知性」をめぐる冒険』、スザンヌ・シマードというカナダの森林生態学者によるもので、2年前にアメリカで発売されるやベストセラーとなり、昨年日本語訳も出版され話題になりました。映画『アバター』に登場する「魂の木」は、シマードが発信したコンセプトをモデルにしています。
森が作り出すネットワーク構造は、人間の脳のニューラルネットワークと酷似していて、脳と同じように化学物質のやり取りがされているそうです。なぜそんなことができるのか。木々は地中に張り巡らされた菌根菌の網目によって、個体を越えて繋がり合っています。そしてお互いを認識し合い、栄養のみならずメッセージまでを送り合っている。地中で繰り広げられる根と菌類の物語を、スザンヌ・シマードは実に根気強い森での実験と観察を通して、科学的に解き明かしてみせました。
シマードによれば、植物は互いの強みや弱みを把握しあって、助け合い補い合いながら生きているそうです。この入り組んだ相互扶助の関係によって、森は予測のつかない外部環境に対応し、類としての命を継ぎながら存続することで地球の生態系を支えてきました。この柔らかで複雑な結束が、森が生態系として存在し続ける上での自己組織力になっているのです。「森の木々は養分を奪い合う競争関係にある」という長らく信じられてきた森林管理の常識を、それこそ根底から覆すものでした。
『マザーツリー—森に隠された「知性」をめぐる冒険』スザンヌ・シマード(ダイヤモンド社)
9月14日・15日、イシス編集学校の25周年を祝う「第84回感門之盟 25周年番期同門祭」がネットワンシステムズのイノベーションセンター(netone valley)で開催されました。
「感門之盟」は当期の講座を終えた学衆(受講生)や師範・師範代(指導陣)を寿ぐ会として開催されるものですが、25周年を祝う今回は、第1期からの卒業生みなさんを対象とした大同窓会として企画されました。四半世紀の軌跡が一同に介する大イベント、期を越え講座を越え、会場に集まった同門の衆は総勢400名に及びました。
プログラムが進行するメイン舞台の脇では、松岡正剛校長やイシス編集学校に縁のさまざまなプロジェクトが思い思いのブースを展開しました。伝説の実験的書店「松丸本舗」の復活や、イシスの地域支部である「九天元氣組」や「曼名伽組」の活動紹介、近江から仏教を展望する「近江ARS」からの発信や、編集工学研究所と丸善雄松堂が仕掛ける「ほんのれん」の実機展示まで、みな何かしらの松岡正剛ミームを継ぐ活動体が、賑やかに場を彩りました。
2日間にわたるプログラムは、「守」「破」「離」「花伝所」の講座を中心にして、色とりどりのゲスト陣のメッセージを縫い込みながら、目まぐるしく展開していきました。入れ代わり立ち代わりステージに上がる人々のなんとも言えない笑顔を見上げながら、スザンヌ・シマードが見つめ続けた森の姿をふと思い出していました。
たくさんの種類の木々が雑多に茂る森は、一見混沌としながら見えない地中では根を媒介に複雑な秩序を保ちます。会場を舞う無数の言葉たちが、互いに養分を届け合う菌根菌のようにも思えてきました。師範や師範代というネットワークノードで結ばれながら、「編集」をめぐるメッセージやエネルギーを互いに送り合い、「教室」という姿をとった多様なクラスタが自らの生命として自律的に動く。それらの記憶の群れがまた、イシスという複雑な生態系に吸収されて地中の養分になってはまた全体に巡っていくような、そんな循環が25年の間に生まれていました。
シマードによれば、生きた森には菌根ネットワークを伝って周辺の若木にエネルギーを送る、全ての中心を担う古木「マザーツリー」が存在するそうです。木としての経験値と知恵を湛えたマザーツリーは、成長中の若木にその時々に必要なものを与える「流動的知性」であるといいます。そして、マザーツリーは、自らが朽ちていくそのプロセスにおいて、一層のエネルギーを周囲の木々に受け渡すそうなのです。
自分のこの先がわからなくなったマザーツリーは、その生命力を急いで子孫に送り、彼らを待ち受ける変化に備える手助けをしたのである。
死が生きることを可能にし、年老いたものが若い世代に力を与える。
私は、潮の流れのようにパワフルで、日光のように力強く、山々を吹き抜ける風のように抑えようがなく、子を護る母親のように誰にも止めることができない、マザーツリーから流れ出るエネルギーを想像した。
『マザーツリー—森に隠された「知性」をめぐる冒険』、スザンヌ・シマード
ステージ上で弾けるたくさんの笑顔越しに、「松岡正剛」の名を配した空席のディレクターズチェアを眺めながら、刻々と「イシスの森」に充ち満ちていく生命力を思っていました。
校長・松岡正剛の椅子。愛用の灰皿とVコーンが、当日のプログラムと共に脇のテーブルに置かれている。
→連編記 vol.7:「玄」松岡正剛の面影によせて
スザンヌ・シマードが告げたように、長らく人間は、木材用に育てたい木々を等間隔で植え、植樹した木に極力養分がまわるよう他の種類の植物は駆除し、肥料によって効率よく育てる森林管理を追求してきました。複雑な生態系を排除して単一化された森林は、次の収穫というスパンで見れば一定の成果を上げるものの、長期的にみれば世代を継いで自ら命を保つための土壌を取り返しがつかないほどに破壊してしまいます。
思えば社会においても、目前の合理性を追い求めるあまりに本来維持してきた場の力を弱らせてしまうような光景は、残念ながらあちらこちらに見られます。雑多な共存や複雑な相互作用なくしては保てない知性が、目に見えないところで私たちを支えている。スザンヌ・シマードの発見は、森林管理のあり方にとどまらず、効率を追求する現代社会に広く問い直しを訴えるものとなりました。
編集工学研究所には、組織の「らしさ」を力に変える「ルーツ・エディティング」という手法があります。地域や企業など、人々が集まる場や組織のルーツを辿って、そこから発見したものを手がかりに自らを捉え直し、新たな未来を描いていくための方法論です。
「ルーツ・エディティング」が扱う範疇は、「自社の歴史」の点検にとどまりません。人が集まる場所では必ず、自社の根、社会の根、文化の根、世界の知恵の根、そしてそこで今を生きる人々の根が、絡まり合いながら独自の土壌をつくっているはずです。その「見えない知性」を丹念に掬い上げ、その生態系を成立させている「らしさ」を紐解いて再装填することで、短期的な合理追求を越えたその場その組織独自の本来の生命力を、未来に向けて携え直していただく活動です。
編集工学研究所の「ルーツ・エディティング」概念図(→編集工学研究所サイト)
導入事例:リクルート、中川政七商店、理化学研究所など
企業や大学や地域など人が集まるところにはおそらく、なんらかの姿をした「マザーツリー」が存在した・あるいは今もしているのだろうと思います。それは人かもしれないし、場所や言葉であるかもしれない。あるいはもはや目に見えない文化や風土となって、企業を存続させている土壌に溶け込んでいるかもしれません。その根の構造を読み解き、ひとつの大きな生態系として自組織を見つめ直すことで、生かすべき「らしさ」や蓄えるべき独自の「つよさ」が見てくるものと思います。
地域や組織といった集合体に限らず、私たちひとりひとりの思考においても見えない「根」のようなものが大事な役割を担っています。ここで言う「根」とは、自ら何かに注目し、疑問に思い、知りたいと感じる繊細な食指を持った足場です。ものを思い、考え、作り出していく人間の想像力には、たくさんの発見の兆しを抱えていられる豊かな土壌が必要ですが、そこに複雑に張り巡らせる思考の「根」と、その周辺に芽吹いていく多種多様な姿をした好奇心こそが、ひとりひとりの本来の考える力を支えるのだと思います。
私たちは誰もが、自分自身を突き動かす「見えない知性」を内側に湛えた存在です。その知性はおそらく「私ひとりぶん」で成立しているものでもなく、まわりの人や環境や別の知性に触発されながら、自ら発露する出番を待っているエネルギーの塊でもあります。それらはたいていの場合、なにげない「問い」という姿をとってふと現れてきます。「答え」よりも先にある「問い」が、自分の思考の向かう先を最初に決める分岐点となるからです。
では「問い」は、どこからどうやって生まれてくるのか。自分自身の「見えない知性」に接続している「問いの群れ」は、いつどうやって顕現するのか。その発生の現場を編集工学を手すりに探究してみようと一念発起したのが、2021年の夏のこと。そこから3年を経てようやく、『問いの編集力 思考の「はじまり」を探究する』という1冊に仕上がりました。本来誰もが携えている「問う力」を、同じく誰もに備わっている「編集力」で呼び覚まそうとするのが、本書の試みです。
人や社会を前進させうる大いなる知性は、日頃気にかけていない足元にあって、複雑な根を伸ばしながら芽吹きの時を待っているものと思います。
◆編集工学研究所からのお知らせ:
■安藤昭子新刊発売!『問の編集力 思考の「はじまり」を探究する』
9月20日(金)に、安藤昭子による書籍『問いの編集力 思考の「はじまり」を探究する』がディスカヴァー・トゥエンティワン社より発売されます。
▶︎『問いの編集力』ご購入はこちら
落合陽一さん、佐渡島庸平さんより、推薦コメントをいただきました!
私は私でなく、私でなくもない、
そんな言葉が響く編集の洞穴の入り口である。
――落合陽一氏
“「問う」ということはつまり、「いつもの私」の中にはないものに出会うこと、
その未知との遭遇の驚きを自分に向けて表明することだと言っていい”
本文中にあったこの一文。ここに、編集の真髄を感じた。
――佐渡島庸平氏
<書籍概要>
『問いの編集力』は、編集工学を手すりに「問い」の発生現場の謎を探る一冊です。
学校教育では探究学習が浸透し、 ビジネスの現場でも自立型人材の重要性が高まり、課題解決力よりも課題発見力が求められるようになりました。 一方で、これまで「答え方」は練習してきたけれど「問い方」は学んでこなかった、と戸惑う声も多く聞かれるようになっています。
「問う力」が必要であることは多くの人が共有し始めているのに、肝心な「問い方」がわからない。 なぜ「問う」ことは難しいのか?「問い」はどこからどうやって生まれてくるのか? 小さい頃は「なんで?」「どうして?」の問いにあふれていたのに、 大人になって問えなくなるとしたら、そこには何が邪魔をしているのか?
本書では、 問いが生まれるプロセスを4つのフェーズに分けて紐解きます。
「問い」の土壌をほぐす:Loosening(第1章)
「問い」のタネを集める:Remixing(第2章)
「問い」を発芽させる:Emerging(第3章)
「問い」が結像する:Discovering(第4章)
「問い」こそが本質を見抜き、世界を動かす時代。誰もが備え持つ「編集力」をもとに、「内発する問い」を生み出す力を身につけるために必携の一冊です。
<目次>
はじめに ―なぜ「問い」を「問う」のか
第1章 「問い」の土壌をほぐす:Loosening
「私」から自由になる ―内面の準備
インターフェイスを柔らかく ―接面の準備
縁側が必要だ ―境界の準備
第2章 「問い」のタネを集める:Remixing
見方が変われば、世界が変わる ―意味の発見
情報は多面的 ―視点の切り替え
偶然を必然に ―異質の取り込み
第3章 「問い」を発芽させる:Emerging
見えない壁に穴をあける ―未知との遭遇
無数の世界に誘われる ―触発装置としての書物
リンキングネットワークの拡張へ ―関係の発見
第4章 「問い」が結像する:Discovering
アンラーンの探索 ―世界の再解釈
他にありえたかもしれない世界 ―内発する問い
仮説で突破する ―新たな文脈へ
第5章 「内発する問い」が世界を動かす
「問う」とはつまり何をしていることなのか
世界像が変容する ―ベイトソンの「学習Ⅲ」へ
暴走する世界の中で
おわりに ―「問う人」として
■イシス編集学校 第54期[守]基本コース お申し込み受付中です。
編集を学ぶオンラインの学校、「イシス編集学校」の第54期[守]基本コースは2024年10月13日(日)開講です。
▶︎講座詳細は こちらからご覧ください。
▶︎学校説明会も開催中です。
■Hyper-Editing Platform [AIDA] Season5まもなく開幕!
「あいだ」から世界を捉え直す、知と創発のプラットフォームHyper-Editing Platform [AIDA] のSeason5が10月12日(土)に開幕します。
*本楼参加席は満席となりましたが、オンライン参加席は若干残席がございます。ご感心およせいただきました方は、下記の事務局までお問い合わせください。
「日本という方法」を3年でめぐる
「日本という方法」は、座長・松岡正剛が長きに渡って析出し案内してきた日本の見方です。表層的な文化的礼賛にとどまらない、その奥に脈々と生き続ける「方法」こそを、日本を日本たらしめる資産として紐解いてまいりました。 [AIDA]では、シーズン5から3年間にわたって、各界でご活躍のゲストをお招きして、この「日本という方法」に腰を据えて向き合っていきます。
「型と間のAIDA」からスタート
2024年シーズン5は、「型と間のAIDA」をテーマに掲げます。
「日本という方法」のおおもとには、「間(ま)」と呼ぶ以外にない特有の感覚が横溢しています。その目に見えない「間」を動きのある「型(かた)」によって扱いながら、マニュアルにしがたい知や方法を、「家」等の集団の単位で継いできたのが日本であると言えます。
それらは伝統文化のみならずマンガのような現代ポップカルチャーにいたるまで潜在的に引き継がれ、国内で共有されるのみならず、広く世界の人々を魅了しています。職人の技のような微細な視点から、自然との共生のような大きな視座にいたるまで、「型と間のAIDA」を通して見えてくる「日本という方法」には、今を生きる私たちの目を開く力があると考えます。
■AIDAボード・ゲストの顔ぶれ (五十音順/敬称略):
シーズン5は「型と間のAIDA」をテーマに据えて、民俗学と万葉世界、伝承と継承、身体と型、空間としての間、庭と庭師、職人と匠と技、時間感覚としての間、日本語と日本文化の行方等に出入りする見方や問題群とそれらの「あいだ」に、AIDAボード・ゲスト陣と共に、多様な角度から切り込んでいきます。
▼AIDAボード
大澤真幸 社会学者
佐藤 優 作家・元外交官
武邑光裕 メディア美学者
田中優子 江戸文化研究者
津田一郎 数理科学者
村井 純 情報工学者
▼ゲスト
上野誠 日本文学者・民俗学者
花柳徳一裕 日本舞踊家
森田真生 独立研究者
山内朋樹 京都教育大学教員・庭師
ロジャー・パルバース 作家・劇作家・演出家
■ 開催日程:
Hyper-Editing Platform [AIDA] 2024年度 Season5 「型と間のAIDA」
第1講 2024年10月12日(土)
第2講 2024年11月9日(土)
第3講 2024年12月7日(土)
第4講 2025年1月11-12日(土・日)
第5講 2025年2月8日(土)
第6講 2025年3月1日(土)
*月1回のライブセッション(13:30~19:30の6時間を予定)の日程となります。
*各講の間にオンライン上でのラーニングコミュニティで相互学習に取り組んでいただきます。
*第4講は2日間の国内合宿形式を予定しています。
■会場:
ブックサロンスペース「本楼」(編集工学研究所1階)
東京都世田谷区赤堤2丁目15-3
*第4講のみ、国内合宿として関西での開催を予定しております。
■受講料:
本楼リアル参加 | 1名様につき150万円(税別) *現地参加は「満席」となりました。
オンライン参加 | 1名様につき60万円(税別)
オンライン参加 | 1名様につき85万円(税別) *限定5名(合宿現地参加)
*オンライン参加の方は、第4講は合宿に参加せず記録映像でご視聴いただきます。
*オンライン参加(合宿現地参加)の方は、第4講は国内合宿に現地参加いただけます。
■Hyper-Editing Platform[AIDA]概要:
「あいだ」から世界を捉え直す、知と創発のプラットフォームです。多士済々のゲストとAIDAボード、業界や分野をまたいで集う受講者と共に、毎期半年に渡って「AIDA」を巡り、思考と対話を深めるプログラムです。シーズン4までは、「生命と文明のAIDA」「メディアと市場のAIDA」「日本語としるしのAIDA」「意識と情報のAIDA」といった超領域のテーマで進めてきました。「AIDA」とは “間(あいだ)”のことを示します。何かと何かのAIDAを見るためには、既存の考え方を少し脱する必要があります。これまでの前提を捉え直し、新しい意味や価値をつくり出す編集力を携え、自らの指針となる見方や問いを育みつづけるプラットフォームとして、皆さまとの新たな社会や世界像の共創を目指していきます。
■Hyper-Editing Platform[AIDA]に関するお問い合わせ
この秋も、編集工学研究所ではさまざまな活動が展開します。
公式サイトで随時ご案内しますので、ぜひご注目ください。
編集工学研究所・広報チーム一同
エディスト編集部
編集的先達:松岡正剛
「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。
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