鋸鍬形、犀兜、鰹象虫、乳母玉虫、碁石蜆、姫蛇の目、漣雀、星枯葉、舞妓虎蛾、雛鯱、韋駄天茶立、鶏冠軍配、鶉亀虫。見立ては、得体の知れないものたちを、手近に引き寄せたり、風雅に遊ばせることの糸口にもなる。
校話はまるで、田中優子学長と一緒に「知恵の並木道」を歩いているかのようだった。
感門之盟のクライマックスは学長校話。「講話」ではなく「校話」とは、編集学校、つまり稽古の話だ。
[守][破][離][物語][花伝所]で学衆として学び、55[守]では師範代として指南を届け続けた田中学長は、改めて「稽古とは何か」と問いかけた。これは「なぜ学ぶのか」という問いでもあった。
田中学長が持ち出したのは『ちえなみき』だ。2022年に福井県の敦賀駅前にオープンした公設の書店。編集工学研究所が「ブックウェア」の手法でプロデュースした図書館と本屋の中間のような空間である。
《本はありとあらゆる知恵をカタチにした乗りものであり、並木は行く先を守ってくれるもの》
田中学長は松岡正剛校長の話を引きながら、実際に『ちえなみき』を訪れた際のエピソードを語った。
学長が出会ったのは「本のほうから語りかけてくる」体験だった。本の声が聞こえてきて、思わず手に取っていた。実際、約10万円も購入してしまったという。
「人間は、主体性を持って本を選び、理解して本と付き合ってると思っているかもしれません。しかし実は、本の方から語りかけてくることがある。これは、松岡校長が言い続けた編集工学の基本、『主体を横に置きましょう』ということだと思うんです」
田中学長はAIや寺子屋の話を取り上げ、「学ぶこと」「稽古すること」のアーキタイプに迫っていく。
そして「今日もう一つお話ししたい」と最後に取り出したのが『ケアの倫理と平和の構想』(岡野八代/岩波現代文庫)だ。最近読んだ中で、「最も衝撃だった」という。
何が衝撃だったのか。
『ケアの倫理と平和の構想』では、ジュディス・バトラーが2001年に発した言葉が取り上げられていた。バトラーの『ジェンダー・トラブル』(青土社)は、松岡校長が千夜千冊で取り上げた本でもあり、自身も訳書に目を通していたが、この時はフェミニズムの本だと一括りにして気に留めていなかった。
「バトラーは“これからはエージェンシーが必要になってくる”と言ったんです。松岡校長が繰り返し語っていた“エージェント”、“代”のことです」
『ジェンダー・トラブル』の原著の刊行が1990年。バトラーの言葉は2001年。バトラーがエージェンシーの必要性を訴えるようになった背景には、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロがあった。9.11だ。
「バトラーさんは9.11を目撃して愕然とするんですね。米国人の大半は、こう考えました。自分たちは正しい。テロをしたあいつらは絶対に許さない。だから戦争する。自分たちは正しいとする。これが『主体』の正体です。これが今のアメリカファーストや日本人ファーストの問題に通じています」
自分の「主体」は確立していて、しかも正しい。揺るがない主体から、自分と違う人たちを見ると「あいつはおかしい」となる。だから排他性が生まれる。
なぜ確固たる主体、アイデンティティをもつようになってしまったのか。松岡校長は、千夜千冊(1819夜)でこう書いた。
《(アイデンティティを)問いなおすにあたっては、すでに多くの男性的ロジックによって確立されてきた「主体」「自己」「言語」「精神」「身体」「性」「欲望」「社会」「結婚」といった概念とその影響範囲でぬくぬくと棲息している思考癖の数々を、できるかぎり洗いなおす必要があった。》
文明や社会規範によって裏打ちされてきた主体は、「言語」「自己」「身体」の隅々にまでこびりついている。
「バトラーさんはこう考えました。自分から働きかける主体と、別の声を聞き取る主体との間を繋げるもの、つまりエージェンシーが必要だと。自分が信じているものとそうでないものの“あいだ”を結びつけるのが、エージェントなのです」
フェミニストは、常に自分が主体でない側に置かれている女性として、疑問を持ち、考えてきた。しかし主体を否定はできない。だからこそ、「正しい主体」にこだわるのではなく、「あいだ」を繋ぐもの、自分とは違うもの、まさに「別様」こそが必要だと考えた。
「本が私たちに語りかけけてくると、松岡校長は言いました。私たちは主体として本を読んでいると思っている。けれど、本のほうが語りかけてくることもある。こうした相互関係は本との間だけでなく、世界情勢や、社会や他者、様々なことの“あいだ”で起こります。相手が人間であっても、人間じゃなくても、いろんな状況そのものが自分に語りかけているのです」
ではどうしたらいいのか。
「声に応答する必要があります。社会や他者、本から働きかけられているということをちゃんと受け入れて応答しなきゃいけない。それを松岡校長は言い続けていたのです」
それこそが編集工学だと学長は続けた。
「編集工学というものを共通に求めている私たちが考えなければならないのは、ある主義とか主体に寄りかかることではなく、編集的自由をそれぞれがどうやって獲得していくかということです。そのためには、自分という主体にこだわるのではなく、“エージェンシー=あいだに立つもの”に常に敏感になる必要があります」
このことを言い換えたのが、松岡校長のあの言葉だ。
《編集を人生する》
「それは日常生活の中で、編集工学的な生き方、つまり、編集を人生する、編集を生きるということです。本との間で相互編集する。社会や世界に対して、決して鈍感にならず、無視もせず、自己編集し続けるということです。
稽古や指南は、私たちに自己編集を促します。これからも相互編集・自己編集しましょう。今こそ、これからこそ、とても大事なことです」
田中優子学長と歩いた「知恵の並木道」。枝先に揺れる、鮮やかでワクワクする一葉一葉に魅了されながら、別れた枝から幹へと目を向ければ、「主体性を傍へ置く」「自己編集・相互編集」という太いテーマに繋がっていた。
その根元には、主体性=正義というゆるがなさへの警鐘と、編集的自由をそれぞれがいかに獲得していくかという問題提起があった。もちろん、私たちにとっての「問題」である。(長谷川絵里香)
取材・文/長谷川絵里香(チーム渦)
写真/後藤由加里
編集/角山祥道(チーム渦)
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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