小川の水底での波乱万丈を生き抜き、無事に変態を遂げた後は人家の周りにもヒラヒラと飛んできてくれるハグロトンボ。「神様とんぼ」の異名にふさわしく、まるで合掌するかのように黒い翅をふんわり広げては閉じる。
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
「いろいろ巻き込まれるんです…」と話すのは、[守][破][物語][花伝所]とイシスの講座を受講した宇野敦之さん。一体何に巻き込まれたのでしょう?
イシス受講生がその先の編集的日常を語るエッセイシリーズ「ISIS wave」。今回は宇野さんの巻き込まれ人生が掴んだものをお送りします。
■■歌も写真もわたしも編む
それは2025年の春、43期[ISIS花伝所]が始まる少し前のことでした。歌うことと全く縁のない人生を送ってきた私ですが、些細なことがきっかけで民族系ゴスペルグループに巻き込まれる(加入する)ことになったのです。さらにグループを率いる先生のご縁の渦にも文字通り巻き込まれ、夏には、軽井沢の大賀ホールでのネイティブ・フルートコンサートのコーラス、大阪万博のバルトの日ではリトアニアの合唱団と共演し、秋田県の大曲花火大会ではミニコンサートに出演しました。そして極めつけは10月、ベルギーで2都市にわたり現地コーラスグループとコンサートを行いました。
初めて降り立ったベルギー。ヨーロッパのへそとも呼ばれるこの地は、ワッフル、フリッツ(フライドポテト)、ビールでよく知られています。世界的なキャラクターのタンタンやスマーフもベルギー生まれです。石畳の街並みは美しかったものの、スーツケースを転がすのには苦労しました。そんな不便さもまた旅の思い出です。現地で知った驚きも少なくありません。パサージュ(アーケード街)はパリ特有のものかと思っていましたが、ここブリュッセルにもギャルリー・サンテュベールがあります。爆弾の導火線を小便で消したベルギー生まれの小便小僧は、なぜか大学の卒業式のガウンを着ていて、思わず笑ってしまいました。その小さな姿が、街に溶け込んでいるのです。そんな街歩きの途中、ふと目に留まったのは、建物の屋上に乗っかっている緑の何か。あれは何だろう?
それは巨大な緑のリンゴ。マグリット美術館の目印でした。
ルネ・マグリットといえば、「イメージの裏切り(1929)」が有名です。パイプの絵の下に「これはパイプではない(Ceci n’est pas une pipe.)」と書かれた作品です。
・見えるもの(パイプの絵)
・記されているもの(言葉)
・意味するもの(これは絵であって本物のパイプではない)
この三者の関係を問い直し、私たちの認識を揺さぶるマグリットの企てに触れたとき、イシス編集学校の[守]基本コースで最初に体験する【001番:コップは何に使える?】というお題を思い出しました。このお題は、常識だと思っていることをさまざまな視点から見ることによって、普段気づかなかったコップの使い方に気づいていく編集稽古です。このパイプの絵にも「コップは何に使える?」と同じような方法が潜んでいると感じたのです。
▲マグリット美術館:緑のリンゴはマグリットの作品に頻繁に登場する
美術館では、近年、写真撮影が許されているところが増えています。以前の私は、作品全体を記録する写真を撮っていました。しかし編集学校でさまざまな編集的な視点を学んだ私は、絵全体を記録するのではなく、自分がいいなと感じた色、形、線に注意のカーソルを向け、その一部を切り取っていました。あえて全体を外して焦点を絞り、自分のフィルターを通して要素を集め、世界を再構成する。これは、マグリットの問いかけに通じる、私にとっての新しい編集的実践でした。
▲ベルギー、ハッセルトの街中でみたストリートアート(巨大壁画)の一部
気がつけば、異国の地で仲間と共に声を合わせ、編集的方法を使った写真を撮っている。このことは、私自身も見ている物も全て情報だということの再確認になりました。意図せず始まった「巻き込まれ」が、こんなところにたどり着くとは思いもよりませんでした。そもそも、編集学校に入門したのも、師範代登板することになった
友人の「おすすめ度100%」という勧めがきっかけです。
[守][破][物語]と流れにのり、さらには師範代の裏側を知りたくて[花伝所]まで終えました。自分になかったものを受け入れるたび、世界はより深く、多層的に連なっていくのかもしれません。
次は何が起こるのか。そんなわからなさを面白がりながら、私の巻き込まれはこれからも続いていきそうです。
▲大学卒業式のガウンを着た小便小僧
想定内の人生、予定調和なシナリオ、検索窓に入力すれば高速で返ってくる答え。いつの間にか私たちの周りに溢れる光景に、少しでも違和感を感じるなら、宇野さんのようにやわらかく自分にないものを受け入れるのがいいのでしょう。松岡正剛校長も「非自己がなければ自己もない」と話しています。宇野さんは、巻き込まれる過程でそのことを世界の見え方の変化として実感していきます。巻き込まれるだけではなく「巻き込みなさい」という松岡校長の声も聞こえてきそうですね。
文・写真/宇野敦之(52[守]カミ・カゲ・イノリ教室、52[破]全階モーマク教室)
編集/チーム渦(大濱朋子、角山祥道)
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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コメント
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2026-02-17
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誰にでも必ず訪れる最期の日。
それが、どのような形で訪れるかはわからないが、一番ありえそうなパターンの一つが終末介護病棟での最期じゃないだろうか。沖田×華先生と言えば、自虐ネタのエッセイマンガでよく知られるが、物語作家としても超一流だった。深く死に向き合いたい方は、是非ご一読を。
(沖田×華『お別れホスピタル』)