『キャラ者』は、”マンガ家”だった頃の江口寿史の、(まとまった作品としては)ほぼ最後の仕事。恐るべきクオリティの高さで、この才能が封印されてしまったのはもったいない。
「来年こそはマンガ家に戻ります!」と言ったのは、2016年の本の帯(『江口寿史KING OF POP SideB』)。そろそろ「来年」が来てもいいだろう。

日本の古典の難解な作品を読み解こうというのが輪読座だ。輪読師であるバジラ高橋(高橋秀元)の図象を手すりに、声を出して読むことで解読力を高める。だからこそ、初見では読み方すらわからないような難読古典を取り上げてきた。
今季の輪読座は一味違う。講座の開催をオンライン仕立てにしただけではない。輪読座「世阿弥を読む」第二輪では、なんと「絵図」すら読む対象にした。
絵図を観るのではなく、読む。
輪読師バジラ高橋が選んだのは『二曲三体人形図』だ。能の基礎が「二曲」と「三体」の上に築かれると示した「二曲三体事」を、絵図を用いて説明した能楽論である。「二曲」は舞・歌であり、「三体」とは、気品の表現である老体、美そのものの結晶である女体、動きのおもしろさの軍体をさす。『二曲三体人形図』には、「三体」も含むさまざまな風体ごとに立ち姿や舞姿が描かれ、演じるときの心持ちや演技のあり方が具体的に示される。能の稽古の基礎「三体」から『二曲三体人形図』は始まる。
『二曲三体人形図』の絵図抜粋。左から老体、女体、軍体。
絵図もあるし内容も読みやすいからすぐ読もう! と、ならないのが輪読座。
第二輪でも輪読の前に、バジラ高橋オリジナルの図象解説が行われ、『至花道』と『二曲三体図』について語られた。
『至花道』は、「二曲三体事」などを通じ、能の本質や構造を説き、「体用事」では概念を生み出す「体」と、そこから派生する「用」まで指し示す。「体」は「型」であり真似ぶべきもの、そこから生じた「用」は型ではない。
いつの時代も真似、模倣はおきる。バブル時代、日本でシャネル・スーツが一世を風靡し、街中に「シャネル風スーツ」の女性が多くあらわれた。残念なことに、彼女たちが着ている服にはココ・シャネルの美への哲学、方法までは模倣されていなかった。「用」だけを真似て、根底にあるモデルや型を見逃していたのだ。
室町時代に世阿弥は、「体」と「用」の違いを示し、稽古で何を学ぶべきかを説いた。バジラ高橋は参加者に学ぶとは何かを提示するため、世阿弥とのインタースコアを起こしたのだった。
バジラ高橋は、読んで受け取ったものを図示することにも重きを置いてきた。講義中の図像ワークだけでなく、講義後の宿題として、読んだ内容を1枚の図像にまとめさせている。図像にすることでイメージが残り、記憶に残る。つくった図像が無くても、誰かに内容を話せるようになったら読書が完了だ、とバジラ高橋は語る。
図や絵の力を用いるのはバジラだけではない。
ルドルフ・シュタイナーが講義にドローイングを用いたのも有名であり、松岡正剛校長も校話のおりに黒板にチョークを走らせる。視覚からも情報を取り入れることで思考はスピーディーに深化する。バジラ高橋は絵図の力を意識して『二曲三体人形図』を取り上げたに違いない。これぞ松岡校長に「学者10人力」と言わせたバジラ高橋のワザなのだ。
オンライン開催にも慣れ、意気揚々と語るバジラ高橋(左)と、バジラの知を吸収しようと貪欲な吉村林頭(右)
イシス編集学校唯一のリアル読書講座「輪読座」には、このようなバジラ高橋の知が、そこかしこに張り巡らされている。日本という方法をとらえながら、絵図さえ読もうと輪読座は進化している。古を稽えながら、講座の新しい風姿を絶えず作っているのだ。
変わりつづける輪読座。次回、第三輪は6月28日(日)だ。バジラ高橋が知の渦を用意してあなたのお越しをお待ちしている。
衣笠純子
編集的先達:モーリス・ラヴェル。劇団四季元団員で何を歌ってもミュージカルになる特技の持ち主。折れない編集メンタルと無尽蔵の編集体力、編集工学への使命感の三位一体を備える。オリエンタルな魅力で、なぜかイタリア人に愛される、らしい。
玄月音夜會 第五夜|井上鑑 ― 本楼初のグランドピアノ。言葉の余白に音が降る
本楼にグランドピアノが入る――史上初の“事件”が起こる。 井上鑑が松岡正剛に捧ぐ、音と言葉のレクイエム。 「玄月音夜會」第五夜は、“言葉の船”が静かに音へと漕ぎ出す夜になる。 すでにお伝えしていた「玄月音夜會」に、ひとつ […]
夜の深まりに、ひそやかに浮かぶ月。 その光は、松岡正剛が歩んだ「数寄三昧」の余韻を照らし出します。 音とことばに編まれた記憶を、今宵ふたたび呼び覚ますために―― 玄月音夜會、第五夜をひらきます。 夏から秋へ […]
ひとつの音が、夜の深みに沈んでいく。 その余韻を追いかけるように、もうひとつの声が寄り添う。 松岡正剛が愛した「数寄三昧」を偲び、縁ある音楽家を招いてひらく「玄月音夜會」。 第四夜の客人は、邦楽家・西松布咏さんです。 […]
幼な心とワインのマリアージュ ― 酒上夕書斎 第四夕|8月26日(火)16:30~ YouTube LIVE
本を開くたび、知らない景色がひらけていきます。 ときに旅のように遠く、ときに親しい声に導かれるように――。 読書はいつも、新しい道へと私たちを誘います。 「酒上夕書斎(さけのうえのゆうしょさい)」では、石川淳をひもとき、 […]
江戸の編集、蔦重の秘密──田中優子学長「ちえなみき」特別講演映像を公開
江戸の本屋が仕掛けた文化の渦が、いま開かれた。 7月26日、福井県敦賀市の「ちえなみき」で行われた田中優子学長の特別講演には、50名を超える人々が集まりました。 今年の大河ドラマ『べらぼう』の主人公・蔦屋重三郎を軸に、浮 […]
コメント
1~3件/3件
2025-10-15
『キャラ者』は、”マンガ家”だった頃の江口寿史の、(まとまった作品としては)ほぼ最後の仕事。恐るべきクオリティの高さで、この才能が封印されてしまったのはもったいない。
「来年こそはマンガ家に戻ります!」と言ったのは、2016年の本の帯(『江口寿史KING OF POP SideB』)。そろそろ「来年」が来てもいいだろう。
2025-10-14
ホオズキカメムシにとってのホオズキは美味しいジュースが吸える楽園であり、ホオズキにとってのホオズキカメムシは血を横取りする敵対者。生きものたちは自他の実体など与り知らず、意味の世界で共鳴し続けている。
2025-10-07
「ピキッ」という微かな音とともに蛹に一筋の亀裂が入り、虫の命の完結編が開幕する。
美味しい葉っぱをもりもり食べていた自分を置き去りにして天空に舞い上がり、自由自在に飛び回る蝶の“初心”って、いったい…。