ジャイアン、恋文を請い願う――46[守]新師範代登板記 ♯2

2020/10/23(金)16:29
img

「たとえ何も書かれていない回答でも、ラブレターとしていつくしめる」
 花伝所の道場師範のひとりは、こう豪語した。
 学衆の回答は、ラブレターに喩えられることが多い。師範代は、出題という名の懸歌を学衆に贈り、学衆からの返歌、回答を待つ。回答が届いたらもちろん、とびっきりのラブレター=指南を返す。回答と指南の交わし合いは、たしかに恋文のやりとりだ。

 

 と、ここまで書いて、ジャイアンは鼓動が早まった。
 [守]開講を数日前に控え、急にフワフワしてきたのである。
《恋をすれば、夜もねむれなくなる》《手紙を書かずにいられない》と書いたのは坂口安吾だが、これは恋なのか。まだ出会ってもいない学衆のおもかげを追って、勝手に恋い焦がれているのか。

 

▲恋文を読んでいるのは、寛永三名妓のひとり、夕霧太夫。誰だって恋文が欲しい。歌川豊国「古今名婦伝 新町の夕霧」(国立国会図書館蔵)

 

 こういう時は先達に聞いてみるにかぎる。
 例のおかっぱ頭のアザラシ師範代に、最初の回答を受け取った時の気持ちを尋ねた。
 さすが優しさ溢れる先達だ。今期は破の師範として錬破大詰めの忙しいタイミングにもかかわらず、すぐに返信が来た。

 

「こんな乱暴な依頼で、訊かれたらなんでも懇切丁寧に答えると思うなよ」

 

(笑)もついていたので、もちろん冗談である。冗談だよね? うん、冗談だということにしよう。

 

 ジャイアンは考えた。むむむ……。
 そうか、チームの師範に相談すればいいじゃないか。はなからそうすれば良かったのである。そのためのチームではないか。
 先の感門之盟の近大中継を目撃した方ならおわかりだと思うが、山根尚子師範はいつも笑っている。全日本スマイル選手権が開かれたら、佐藤栞里と決勝を争うレベルである。スマイラー山根師範ならこの鼓動を押さえてくれるに違いない。

 

「開講前ですか? 緊張とワクワクが絶妙に入り混じった “開講に向かって高鳴っていく” 気持ちを大切に味わっていました。気になって、初登板の時の錬守ラウンジを覗きに行ったら、錬守でカマエを叩き直してもらっていました。錬守を徹底的にやったおかげで、不安よりも未知に踏み出す冒険心が勝ったんですね」

 

 さすが師範である。
 パソコン画面に向かってニマニマしていると、メールの終わりのほうにこうあった。
「じゃあ痛ギモを快感にしちゃいましょうか?」

 

 痛ギモってなに?
 なんのことはない、錬守の追加課題だった。錬守<連>では12人の学衆に高速で指南を返すのだが、颯爽と13人目が登場したのである!
 山根師範、さすがヨガマスターである。こちらが限界まで曲げていないとみるや、ピンポイントで押してきたのだ。さすれば痛い。だが限界を突破すると、これが快感に変わるらしい。
 続く錬守<遊>は、先達をまねぶ稽古だ。ここでもヨガマスターからの笑顔たっぷりの恋文が届いた。
「じゃあ、これもやってみませんか?」
<連>で指南した回答からいくつか選んで、<遊>モードでやり直してみよ、という。いわく、常にジャイアン節をがなるのではなく、与件に応じて指南を自在に着がえなさい。
 口調は柔らかだが、有無を言わせない。この調子で錬守の無限ループが続く。<振り返り>すら、「じゃあ、これも」と何度もリクエストが来る。しまいにジャイアンは叫んでいた。

 痛ギモ、プリ~~ズ!

 

 ヨガマスターのおかげで、動悸・息切れは治まっていた。緊張もない。やることはやったのだ。あとは開講を待つのみ。晴れやかな気分だ。
 ああ、学衆からの恋文が待ち遠しい。
 回答、プリ~~~ズ!

(2020.10.23)

 

◆バックナンバー

ああ、それでもジャイアンは歌う――46[守]新師範代登板記 ♯1
ジャイアンとコップ――46[守]新師範代登板記 ♯3
ジャイアンの教室名 ――46[守]新師範代登板記 ♯4
ジャイアンは教室とともに――46[守]新師範代登板記 ♯5
ジャイアンの1週間――46[守]新師範代登板記 ♯6
ジャイアン、祭の後――46[守]新師範代登板記 ♯7
ジャイアンの聞く力――46[守]新師範代登板記 ♯8

 

 

 

  • 角山祥道

    編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中。https://qe.isis.ne.jp/index/kakuyama

  • ヤモリと雷鳴と青い鳥◆◇53[守]本楼汁講レポ

    キィキィという金属を引っ掻いたような音が聞こえてきて目が覚めた。懐中電灯を手に音の出所を探ると、それは窓に張り付いたヤモリだった。突然、ある雑誌の一節を思い出した。 生きているものらは 周りの気配に反応する繊細なメカニ […]

  • 大アフ感が新たな歴史をつくる

    アラ還や阿羅漢でもなければ、ましてやアフガンでも空き缶でもない。誰が何と言おうと「アフ感」である。正式名称は、「アフター感門之盟」だ。  最近の「アフター汁講」を体験している学衆にとっては、「感門之盟のあとの飲み会ね」 […]

  • 型は私を自由にする――「井上麻矢の編集宣言」ルポ

    毎日のようにお題が出題され、それに即答することが求められる。これが、父(井上ひさし)からこまつ座を継いで、16年間やってきたことのすべてだったと、井上麻矢さんは語った。 「守学衆の時は、コップが何に使えるか答えてどうな […]

  • 守師範、52[破]の汁講へ行く

    老いたのらねこから、どうぶつ島に囚われているりゅうの子の話を聞いた9歳のエルマーは、救い出す旅に出発します。赤ずきんちゃんは、母親から病気のおばあさんにブドウ酒とお菓子を届けるようにいわれ、村から半時間もかかる森の奥を […]

  • 守師範、漢字ミュージアムへ行く

    京都は八坂神社の目と鼻の先に、「漢字ミュージアム」があるのですが、つい数日前、こちらを訪ねてきました。同館は、漢字3000年の歴史から日本の漢字受容史のわかる体験型ミュージアムです。 ▲左から、触って遊べる「踊る甲骨文 […]