真夏の雪追懐――新井隆子のISIS wave #31

2024/07/10(水)08:01
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

2021年の秋、指導員の資格を持つほどスキー好きの夫に連れられ、新井隆子さんは北海道・ニセコに移住した。そこでの驚きの「冬体験」とは?

日常を編集的視点で切りとった、新井隆子さんのエッセイをお届けします。

 

■■わが家の「ハリネズミ」

 

富士山見立ての通称「蝦夷富士」、プリンを逆さまにしたような羊蹄山の麓に住んでいる。リビングの窓からは、羊蹄山の全貌が臨め、反対の窓からはスキーリゾートのあるニセコアンヌプリという山も見える素晴らしいロケーションだ。

関東で生まれ育ち、寒いのが苦手で、関東より北には住めないと思っていたのに、わたしの意志とは関係なくニセコへ移住することになった。雪景色は大好き、スキーも好き、田舎暮らしに興味はある、ただ、雪道運転も雪かきもほぼしたことがなかった。シーズンに8メートル以上の積雪がある豪雪地帯での生活に大きな不安を感じていた。

実際に暮らしてみると、雪の積もり具合が気になり夜中に窓の外を覗いたり、除雪車の大きな音で目が覚めたり、氷と化した雪が屋根を滑り落ちる時の聞いたこともない轟音に飛び上がる毎日だった。来る日も来る日も、雪が降る中3、4時間の雪かきをする。パウダースノーということだけが心を軽くしてくれる。
見様見真似、試行錯誤、人に助けてもらいながら春を迎えた時にはなんとか生き抜いた、と最初のシーズンは1000本ノックをやり遂げたような気分だった。

ひたすらの雪かきは寒い・疲れる・時間がかかるの三拍子だが、ここでの生活を楽しいものに編集したい。そこで、編集の型を持ち出した。

食べものフィルターであたりを見回してみる。鳥の目で見れば真っ白な雪に埋もれた町はまるでクリスマスケーキ、虫の目で見れば除雪車が削った道路脇の積雪は横の筋と茶色く汚れた色合いが豚の角煮のよう。冒頭のプリンも同様お腹がすく町なのだ。

ここにきてわたしの注意のカーソルが向いたのが家の屋根だった。
このエリアは、降り続く雪の中、屋根に登って雪下ろしをすることは難しく、また、敷地に余裕があるので、雪が自然と落ちるように三角屋根の家が多い。屋根に積もった雪は圧縮され分厚い板状の氷になって滑り落ちていく。下敷きになったらひとたまりもない。ある程度積もったら自然と落ちるので轟音が響いても順調と捉えればしめしめと思える。
ところが、三角屋根のてっぺんの雪がどうにも引っかかって落ちてこないことがある。雪が降るほどにこの塊が成長し、オニオングラタンスープの器の縁にべったり貼り付いたパイ生地のように屋根のヘリに雪の塊が残ってしまうのだ。
雪庇という言葉もここに来て初めて知った。我が家の雪庇はハリネズミに成長した。残念ながら食べものフィルターは効かなかった。

▲新井家の雪庇、ハリネズミくん。

 

それぞれの家に、傾斜×方角×材質の三位一体の工夫と意志が見られ、かわいいだけではない三角屋根の自負さえも感じてしまう。都会では南向きの家に価値がつけられるが、豪雪地帯に地を変えれば屋根が南向きであることが家がつぶれず、雪おろしの心配もしなくていい快適な家となる。屋根へのカーソルは向けられたままだ。

▲ニセコの街は、「とんがり片流れ屋根」が集まってできている。

ちなみに、ハリネズミは春が近づくにつれヨダレを垂らし、ある日ドテッと飛び降り消えた。来年はどんな姿で現れるのだろう。

 

《わたしたち人間は「編集」という営みによって命を前に進めている》とは、『才能をひらく編集工学』の一節ですが、新井隆子さんのエッセイはまさにそのことを教えてくれます。新井さんが雪と格闘していたのは、実は、52[守]北方ボタニカル教室の師範代のとき。「師範代としての目」が、生活の再編集に役立ったようです。


文・写真/新井隆子(49[守]脱皮ザリガニ教室、49[破]おにぎりギリギリ教室)
編集/角山祥道

 


◎「ISIS wave」の第二シーズンが始まりました。自薦・他薦を問わず、書き手、編集者を“常に”募集しています。興味のある方は、ご連絡ください。

 

問い合わせ先:uzu_isis_edist@fuwamofu.com(チーム渦・角山祥道)

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。