ふたりの再編集――妹尾高嗣のISIS wave #39

2024/11/24(日)08:30
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

[守][破][離][花]の講座を走破し、[守][破]の師範代としても活躍した妹尾高嗣さん。51[破]師範代登板中の妹尾さんを、生活のあり様を一変させる大事件が襲う……。
「編集を人生する」妹尾さんの体験をお届けします。

 

■■失うことで得たもの

 

 妻が脳梗塞になった。2024年2月、51[破]の師範代登板中のことだ。私は感門之盟のP-1グランプリ発表準備のため、いつも以上に慌ただしくしていた。

 右半身麻痺、言語障害。妻の症状を医師から宣告されて動揺した。すぐに妻の手術と入院が決まった。乗り越えられないものを天は私に与えないと信じ、「これも一つの物語。編集しよう」英雄伝説の五段階構造に自分をあてはめる。

 

【原郷からの旅立ち】

 妻の家事や育児のおかげで、私は仕事も師範代もできていた。これからは妻のロールも担う覚悟を決める。

 

【困難との遭遇】

 家族4人分の食事や洗濯は不慣れなものだ。家事は毎日続き際限がない。初めてのぞむP-1グランプリも手探りだらけ。

 

【目的の察知】

 終わりない困難と闘ううちにふと思う。妻が倒れ生じた環境の変化は「私を刷新させるために起きている」と。 

 

【彼方での闘争】

 P-1リハーサル。ナレーションを読む我が教室の学衆へ校長は一喝。私は発奮し、本番に向け大幅修正をかける。

 

【彼方からの帰還】

 P-1発表後、子どもたちも一緒に家事をするようになっていた。妻は入院中でも、互いの存在のぬくもりを感じる日々となる。

 

 妻は脳梗塞発症直後の3日間、言葉を発することもできなかった。話すことができなくても、活字に飢えていたのか、妻は私の差し入れた本をとても喜んだ。動かすことのできる左手で本を捲り、文字を丁寧に追う。

すると、文字に引きだされるように、口から単語が溢れ出し、徐々に聞き取れる言葉を話せるようになる。それ以来、夫婦で音読共読をし、妻と私による、本との新たな交際が始まった。

 大きな声でゆっくりとしゃべり、言葉を大切に扱うようになると次第に、右半身も動き出し、右足を引きずりながら歩けるようになる。専門医による的確な助言のもとリハビリをして、体の機能をほぼ取り戻した。

 

 退院後、妻はリハビリに通いながら、入院中に出会った仲間が回復していく様子を動画というメディアに仕立て、周囲を喜ばせて遊ぶようになった。作品完成まで、私と妻で相互編集を楽しむ。妻の映像へのこだわりは、私に問いを生じさせる。私の問いに妻はアツイ言葉で返してくれるのだ。

 例えば「前半は病院の印象的なモノに焦点をあて、後半に専門医や患者さんといった人の表情を強調するのはなぜ?」と問う。「静から動へと抑揚をつけたい」「後半に加速感を与えるため」「人を大事にしている人だから、そのことを印象づけるため」と感じていることや、その周辺情報に応じての答えやメッセージメソッドが返ってくるから面白い。

 

 映像作品というメディアのメッセージやメソッドに対する妻のこだわりは、私には未知のセカイ。お互いが知らないことを埋め合うようであり、出会った頃の二人のような感覚になる。脳梗塞により、健康や体の自由、これまでの生活を失うこともあるが、日常を編集することによって、新たな関係が生まれ小気味よい。

 

 先日、妻が初めて自ら「映像の学校に行きたい」と言ってきた。私は宙に浮くほど喜ぶ。編集学校で「学びの醍醐味」を味わってしまったから、妻にもこの喜びを共有してほしいと願っていた。50歳を過ぎた私と妻だが、初々しい思いをもって学びにのぞむ。春が到来したかのように心が浮き立つ。

 妻と一緒に創作に没頭し、私の幼な心も甦る。妻と共に「編集を人生する」今が愉しい。

 

▲動画編集を“間”に寄り添うふたり

 

大切な人が倒れた。想像するだけで、全身の血液が凍り、情報の動きが止まり、世界から遮断されてしまいそうです。ですが妹尾さんは、苦しい想いを抱きつつも編集の型を知っていました。型に自分を代入することで、とろけた「わたし」は人やコトや場と混じり、未生の「わたし」を連れてきてくれたのです。そして、退院後の奥様との問感応答返の日々は、【彼方からの帰還】後の編集的自由の体現のようです。奥様が撮影した妹尾さんの笑顔が、そのことを物語っています。

 

文・写真/妹尾高嗣(42[守]絶対安全カミソール教室、42[破]よりみちパンセ教室)

編集/大濱朋子、羽根田月香

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。