炭水化物大好きさん(20代・女性)のご相談:
グルメの話題に興味が持てません。
女性が多い部署であることもあってか、職場の同僚は専ら、グルメの話題に夢中です。休みのたびに、人気グルメの行列に並ぶことを生き甲斐にしているような人もいます。私も画像を見せてもらうことがあるのですが、「綺麗だなぁ」とは感じますが、「おいしそう」「食べてみたい」という気持ちは見当たりません。それどころか、食全般に対して興味を持っていない自分を発見してしまいました。食べるといえば、空腹が満たされれば満足です。食に関しては、いっさい不自由を感じることなく育ちました。食べ物にこだわりを持てない自分は、少し変なのでしょうか。自分の中の「おいしそう」を引き出すキッカケをください。
サッショー・ミヤコがお応えします
「食べ物へのこだわり」があるのが豊かな恵まれた境涯か、どうか。サッショーも大いに疑問を覚えます。あなたやわたしはたまたま21世紀の日本に生きているので、「今日はイタリアン、明日はカツ丼」というような食生活を送れてしまい、「今夜の献立は何にしよう」と悩むのが平均的主婦像になっています。でも、わたしたちと容貌の近いエスキモーの伝統的な食生活はアザラシ、クジラ、トナカイだったといいます。ほぼ肉オンリー(内臓含む)、生で食べられる間は生食が原則です。テーブルマナーもインスタ映えもない代わりに「完全に平等な分配」が鉄則でした。狩ってきた者が多く食べそうに思うのは、農耕~産業社会を経てきたわたしたちの偏見。狩猟採取の民にとって、食事とは老若男女みんなが均等な分け前に預かり、それを一緒に食べることなのです。羨ましいからといって、今から狩猟採取の生活に戻ることはできません。わたしたちが生きているのは脱工業の情報化社会です。だからこそ、職場の同僚は「グルメの話題に夢中」になっています。彼女たちが好きなのはおそらく食べ物よりも「食べ物情報」であることに注目してみましょう。「食に不自由なく育った」炭水化物大好きさんの場合も、食べ物に目を背けているのではなく、氾濫する「食べ物情報」、食べ物が与えてくれる意味に興味が持てない状況なのだとお察しします。
千悩千冊0019夜
堀江敏幸・角田光代
『私的読食録』(新潮文庫)
食や酒のシーンが印象的な書籍を二人の作家が交互に案内するエッセイ集。もちろん「おいしそう」な本がいっぱい紹介されています。でも、それだけじゃない。幼い頃に本の中で味わったはずの食べ物と現実に食べた味のズレ、毎日きまった時間に自宅へ出前させる近所の蕎麦屋の「一つ半」の盛りの「うまい、まづいは別として、うまい」感覚、到来した好物を「お裾分け」する分量に悩む純文学作家…。懐かしくもコミカルでもシリアスでも無意味でもあり得る「食」をめぐる多彩な考察のなかでも、炭水化物大好きさんにまず読んでもらいたいのは、長田弘の『食卓一期一会』を紹介した、堀江さんの「『ス』のはいっていない言葉」という文章です。紺色の活字で記された詩集の冒頭に置かれていたのは「言葉のダシのとりかた」と題された作品。「かつおぶしじゃない/まず言葉を選ぶ。/太くてよく乾いた言葉をえらぶ。」言葉(食材)の扱い方ひとつで変わってくる文章(料理)に接することが、「おいしそう」を引き出すキッカケとなりますよう。
◉井ノ上シーザー DUST EYE
「食べ物より情報を好んでいる」。その通りでしょうね。現代社会の息苦しさを感じさせます。
炎天下で走り回った後の、牛乳とアンパンは美味しいものですよ。
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井ノ上シーザー
編集的先達:グレゴリー・ベイトソン。湿度120%のDUSTライター。どんな些細なネタも、シーザーの熱視線で下世話なゴシップに仕立て上げる力量の持主。イシスの異端者もいまや未知奥連若頭、守番匠を担う。
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