DUST★STARこと、井ノ上シーザーが時事ネタに挑戦する。話題の事件や出来事を編集技法で読みとき、「い(位置づけ)・じ(状況づけ)・り(理由づけ)・み(見方づけ)・よ(予測づけ)」を応用してアウトプットする試み。今回取り上げるのはライフハックとタンザニア商人。霧のように体を包む、もやもやとした「生きづらさ」への処方を求めてみた。
◇◇
●――抜け目なく、幸福な未来へとライフハック:
「自分のダメな部分は潔く認めましょう。苦手なことは人に委ねると、人生楽になります」。
「ミネラルウォーターを飲むとお金がかかるし余計なゴミも出ます。日本の水道水は安くて十分に安全です」。
『勝間式ネオ・ライフハック100』(2020年刊)のメッセージは、いちいちごもっともだ。
この本の副題は「圧倒的に自由で快適な未来が手に入る!」で、生きる上でのストレスを最小限にするためのテクニックを伝授する。とはいえ「コーヒーをやめたら寝つきがよくなりますし、断酒も良いことづくめです」という言葉には「ちょっとした中毒が、人生を楽しくさせてくれるのではないでしょうか」と多少の反駁をしたくなりもする。
<本日のキーブック①>
『勝間式ネオ・ライフハック100』(勝間和代著/KADOKAWA)
※2020年7月、コロナ禍でビジネスパーソンが在宅勤務を強いられた時期の発行である。著者の勝間和代さんはビジネスから料理、麻雀にゴルフにバイクと広範な守備範囲を持つ。本書では、不確実性の増す社会で「変化に耐える」「幸福度を増す」ための方策を示した。
「ライフハック」という言葉が巷(ちまた)に流布している。
その対象は、仕事、資産運用、食事法、アラサー男のスキンケア、生きづらさ、芝生男子、学校教室、セミリタイヤ、行政、TIKTOKでのバズり方、休日の過ごし方、などなど、百花繚乱だ(「ブレイン・ハック」もあったけど、これは催眠術のことだった)。
では、そもそもハックとはどういうことなのか。
ライフ・ハック(life hack)
仕事の質や効率、高い生産性を上げるための工夫や取り組み。2004年に米国のテクニカルライター、ダニー=オブライエンが考案した言葉であり、主に情報産業に携わるプログラマーや技術者の間で使われるようになった。アプリケーションソフトやデジタル機器を効率良く使いこなすためのちょっとしたこつやテクニックから、業務目標の設定や健康管理にいたる、いわゆる仕事術、生活術を指す。(『デジタル大辞泉』より)
ライフハックは都会的で抜け目がない。だからスマートな「意識高い系」な人々の心に響く。
●――ペルソナを取りかえるタンザニア商人:
ライフハッカーが個々の課題解決の道を探るのであれば、タンザニア商人はテキトーなところで諦める。かれらには“囚われ”がない。
<本日のキーブック②>
『チョンキンマンションのボスは知っている』(小川さやか著/春秋社)
※副題は「アングラ経済の人類学」とまた怪しいのだが、著者の小川さやかさんはれっきとした人類学者だ。話題になり、数々の受賞を得た本で、発行は2019年。香港でアンダーグランドな経済活動をするタンザニア商人の経済社会を活写している。ボスのカラマから得られた情報の量と鮮度と希少性は、奇跡的ですらある。
タンザニア商人はたくましい。
かれらには互いの深い信頼関係はないが、異国の香港の地で情報を交換し、助け合う。裏切り裏切られることもあるけど「ばらばら」であるからこそ、つながれる。その緩いつながりで「開かれた互酬性」が広範囲なネットワークとして増殖的に広がっていく。かれらの「貸し借り」の関係はいい加減であり、借りを返さなくても貸し手は「しょうがないよねー」とあきらめる。その根本について、小川さんは次のように述べている。
(タンザニア商人には)「ペルソナ」とその裏側に素顔があって、「素顔」が分からないから信頼できるのではなく、責任を帰す一貫した不変の自己などないと認識しているようにみえる。(『チョンキンマンションのボスは知っている』より)
「不変の自己などない」とは、編集工学でいう「たくさんのわたし」を臨機応変に使い分ける、ということだ。
西洋近代的アイデンティティの対極にあり、暑苦しくない。
●――ライフハッカーとタンザニア商人の方法論:
ライフハックは、社会変動を見すえて、ツール(道具)を駆使し、ルールの間隙を縫う。自分のロール(役割)を快適さと自由へ向けて編集をしていく。いわば「ルル(ルーツ・ロール・ツール)3条」の編集だ。
タンザニア商人は「たくさんのわたし/ペルソナ(仮面)」を駆使して、口八丁手八丁で世の中をわたる。「アイデンティティは近代の幻想にすぎない」(松岡正剛)という立場に立てば、近代を超克する可能性を秘めているのでは、とさえも思わせる。
そのような前提のもとで、ライフハックとタンザニア商人的あり方の対角線はどのように引かれるのか。また、そこからどのような実相が浮かび上がるのか。シーザーはしばし考え、合理的―狡知的、個人―社会、という軸で二軸四方型を設定してみた。
※合理主義とは、論理から構成され導き出される帰結を、狡知とは論理より「結果」をターゲットとする立場だ。
個人―社会の軸では、個々と集団、どちらの利害や欲求、もしくは安定を優先するかの立場を指す。
「近代合理主義」(象限A)は、200年以上前から生じ、先進国はこのモデルに沿って発展してきた。世界は合理的に進化していくという信念があり、個々人も「立身出世」を目指すことが美徳とされた。
近代化の果てに、個人の「あるべきモデル」がぼやけた。コロナ禍のような事態で重視されることは「対策」であろう。勝間式ライフハックとは合理的主義的というよりも、「結果オーライ」の狡知主義、ととらえた方が、しっくりくる。
タンザニア商人は、合理的で社会的な象限Cへ位置付けた。一見すると狡知主義的なのだが、かれらの「いい加減さ」は、互酬性を担保する。集団の紐帯のゆるさが、社会の幸福につながる。近代的な役割の分化と、立場に応じた振る舞いが求められがちな日本では理解しづらいが、負い目を感じさせない“ゆるさ”が、効率的に機能する側面がタンザニア商人の世界に見出せる。
近代合理主義(象限A)的なあり方の限界に対して、ライフハックの個人的狡知主義(象限B)と、タンザニア商人の社会的合理主義(象限C)が処方箋となるように思えたのだ。両者は、「絆」を要求する同調圧力からかけ離れており、自由で身軽である。
●――アノミー状態での社会的狡知:
では、象限Dの「社会的狡知」が効果的な事態とはどのようなものか。シーザーはそれを「アノミー」(混沌状態)とみた。大災害のような事態ともなると、なにはともあれ生き延びることがすべてだ。
「津波が来たら、たとえ家族であれ恋人同士であれ、てんでに高い方をめがけて逃げるしかない」
千夜千冊1411夜『津波てんでんこ』山本文男/新日本出版社より
▲津波に襲われた荒浜小学校(仙台市)では児童や教職員、住民ら320人が避難した。津波という緊急事態への対応にはコツもあったものではない。ただ、高所へと駆け登るのみ。この「哀しい教訓」「非情な教え」は、三陸地域では“災害文化”として伝承されている。
変異を続けるコロナウィルスが2年強に渡ってわたしたちに覆いかぶさり、海の向こうで唐突に始まった戦争が核兵器をつきつけ、日本のあちこちで地震がいつ何時起こるか分からない世の中。有事が平時化しているとも言える。
身に危機が迫ったらどうするか。まずはともかく、逃げろ。
●――もう一つの方策☆正面突破について:
「結果オーライ」とを目指す狡知と、
合理的な「ゆるい連帯」と、
「とっさに逃走する」サバイバル術があれば、
なんとかなるような気がする。
強い意思や強固なアイデンティティよりも、ご都合主義的な環境適応能力のほうが頼りになるのかもしれない。
それはあまりにも消極的でいい加減にすぎる、という向きもあるだろう。そういった方には、勝間和代さんの恐るべき突破術をお届けして、締めくくる。
<キーブックその③>
『有名人になるということ』(勝間和代著/ディスカバー携書)
※起業するやリーマンショックで窮地に立った勝間和代さん。その際に閃いたのが「自分が有名になって収入を増やし、したいことをする」という方針だった。勝間さんの凄味は、それを戦略的に実現したことにある。なお、紅白歌合戦の審査員に文化人枠で招待されることを「有名」の目安としたところも、明快過ぎて、清々しくさえあるのだ。
井ノ上シーザー
編集的先達:グレゴリー・ベイトソン。湿度120%のDUSTライター。どんな些細なネタも、シーザーの熱視線で下世話なゴシップに仕立て上げる力量の持主。イシスの異端者もいまや未知奥連若頭、守番匠を担う。
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