ちょっと裏話を。前回の「市井編」と今回の「ユーラシア編」は、もともとは一編でしたけど、遊刊エディスト編集部から「分割したほうがいいんじゃない?」という声があって分けてみました。今回もホリエ画伯がトホホ感あふれるアイキャッチイラストを快く提供していただけました!食を通じてのユーラシア体験をお召し上がりください。
●――中国大陸と中華料理について語る:
中国は「北馬南船(移動手段)」「鍼と薬草(漢方の処方)」と、おおまかに南北で分けられる。食の分野では「北の小麦・南の米」となる。中国の天津市は北緯39度の北方に位置しており、食文化圏(万頭や餃子)に属す。ごはんの上にかに玉の甘酢あんかけをのせた「天津飯」は天津発祥ではない。日本にわたった中国人コックが開発した料理を「天津飯」と名付けたものらしい。「米飯と餡」の組み合わせは南方の広東風ではないか。このように町中華のメニューはテキトーに発生することもある。だから家系ラーメンの「マジなこだわり」はそぐわない。町中華には求道的な暑苦しさはない。より軽やかで大らかだ。
中国北方の水餃子。どろっとした「鎮江香醋(黒酢)」をかけて食する。
北方中国では春節(旧正月)に一族が集まって水餃子を食する習慣がある。終戦前まで北京にいたシーザーの母方の家では、餃子といえば白菜を刻んでひき肉とニラと混ぜ、水餃子で食す。
日本人が好む焼き餃子は「グオティエ(鍋貼)」と呼ばれあまった餃子の処理方法であり本場では亜流だ。
中国の北端と南端の距離は日本の北海道と沖縄よりもある。なので、町中華のメニューに北方系のジャージャー麺と南方系のホイコーローが並ぶのは「北海道のジンギスカンと沖縄のソーキ蕎麦を一緒に並べる」ほどの邪道感がある。ましてや、インド発祥のカレーが町中華のメニューにあらわれるとは!(しかも美味い)
本場中華料理の「そもそも」を、地政学的にまとめてみよう。
「中国四大料理」は、赤い四角で囲んでいる。広大な中国ではその分類法も便宜的であり実際は多様性に富んでいる。
日本では高級食材の北京ダックは、北京では大衆的なもので、20年ほど前にシーザーは脂ぎった北京ダックを丸々一匹食べて気持ちが悪くなった。
西方に目を向けると新疆ウイグル自治区がある。街角ではいたる所で「羊肉串(シシカバブ)」が香ばしく焼かれている。イスラム圏であるこの地は中東的な色彩が強い。
クミンという香辛料を存分にふりかけた「羊肉串」。
砂漠地帯のオアシスで羊肉串を噛みちぎり、冷たいビールを胃に流し込もう。
蒼天の乾いた空気の下で天と地が味方をしてくれるような気分になり都に攻め込みたくなる。
揚子江沿岸の上海料理は砂糖を多用する。甘ったるい東坡肉(角煮)や小籠包(ショウロンポー)と紹興酒の相性はとてもよい。
熱々の小籠包は、レンゲにとって皮を破り、じゅわっと出てくる肉汁をまずは啜ろう。
そのまま口に入れると口内でやけどをするので要注意。
酢と生姜をお供にして肉汁を味わい、皮に包まれた肉が口中でとろける食感を味わおう。
「食は広東にあり」とまで呼ばれる広東料理は、日本人の口に合いやすい。飲茶(ヤムチャ)は蒸し料理が多くヘルシーで品がよい。
一方、四川料理は過激だ。その模様を、シーザーはイシスの風韻講座の都都逸で次のように表現をしたことがある。
あ・赤い麻婆
か・辛すぎ豆腐
さ・山椒憎けりゃ
か・噛み砕け
痛いほどに辛いマーボ豆腐を食していると、山椒の実が口内に入る。やけになり嚙み砕く舌と唇がしびれる。挑めども因果が応報として返ってくる。人間の業と性を思い知らされるのであった。
各地方の風土的特色が現れ出る大陸の中華料理は、他の文物同様ユーラシア大陸東端の日本列島へ吸い寄せられた。麺も餃子も雷紋模様も日本で独自の受容と発展を遂げた。町中華は中国大陸の地域性にこだわらず、日本の地で融通無碍な変化を遂げ花を咲かせた。
本日のキーブック①
『NARASIA 東アジア共同体?』丸善株式会社
以下引用:
「東アジアではシルクロードだけではなく、いろいろなものが日本につながっていった。たとえばこんなものがある。稲ロード、ブッダロード、漢字ロード、セラミックロード(陶芸の道)、ティーロード、ペーパーロード(紙の道)、楽器ロード(琵琶の道)、ダルマロード(禅の道)、マスクロード(仮面の道)、麺ロード、餃子ロード、刀ロード、幻獣ロード、文様ロード、飼犬ロード…。」(松岡正剛)
中華料理は日本からさらに海を渡り世界へと拡散している。ロンドンにもニューヨークにも、さらにはバンコクにも、日本のチェーン店は進出して「ラーメン・餃子」が大人気だ。中国にも「日式拉麺」という名で逆進出している。食文化編集の賜物だ。
本日のキーブック②
『中華料理進化論』徐航明/イースト新書Q
以下引用:
「世界三大料理のひとつである中国料理の歴史的背景には、異民族同士の食の衝突と融合があった。度重なる戦争と民族大移動によって食の形も移り変わりながら、本当に美味しいものが残っていった。皇帝から庶民までが食を愛し、追及したことが今日の中華料理の発展に繋がったのだ。その変化と進化は国境を越え、この日本では異なる食文化同士の衝突と融合を引き起こし、日本ならではの中華料理が生まれては発展し続けていた。現在ではそこからさらに、日本で生まれたラーメンと焼きギョウザが広く世界中へと進出しつつある。」
以前に中国人の知人が誇らしげに語っていた。
「中国人は四つ足のものは机以外何でも食べ、空飛ぶものは飛行機以外何でも食べる」
たしかに中国の食材はそのバリエーションにおいて煌めいているし中国人の食に関する執着は凄まじい。その原初であり原郷の中華料理はどのようなものだったのか。以下の本をぱらぱらとめくると「はっ」とさせられる一文にたどり着いた。
本日のキーブック③
『ラーメンと愛国』速水健郎/講談社現代新書
以下引用:
「明治初期から大正期にかけて、当時の盛り場である浅草では、中華料理が流行の兆しを見せていた。支那そばが広く流通していくのは、この時期の浅草である。中華料理店だけではなく、喫茶店のような場所でも支那そばが提供されるようになった。
この頃、支那そばを食していたのは、東京の一般市民というわけではなかった。当時の浅草に通っていたのは、日雇い、土方職人、車夫・運送業などに従事していた「都市下層民」たちである。」
近代にいたって大都市の盛り場は地方出身者を引き寄せた。中華料理が先にあったのではない。喫茶店も中華料理屋も「おふくろの味」とは対極の「海向こうの知らぬ味」を提供する場として生じた。だから、美味しければカレーも”あり”になる。町中華の原型(アーキタイプ)には「都市下層民の文明開化への夢」が横たわっている。エスタブリッシュメントなものではない。キッチュ(大衆的)で、チープで、けばけばしく。それが、前に述べた町中華のモードー『飾らずに、ボリューミーに、懐かしく、賑やかで、それでいて寂しげで、家族経営的で、夜遅くまで明るい』―を作り上げた。
●――南方の華人料理という姿:
中国と日本の中華料理の変容を描いてきた。それは西から東へと伝播した別様の姿だった。では中国大陸の南方ではどのような中華料理編集がおこったのか。おまけということで、この料理を紹介してしめくくろう。
マレーシアとシンガポールの華人が食する骨肉茶(バクテー)。
「骨肉」(豚肉のスペアリブ)を「茶」(ハーブでとった出汁)で煮込んだ料理だ。これに、麩や香草を混ぜて食する。豚肉が甘辛いスープの中でほろほろとほぐれて、口の中に広がり、涙が出るほどおいしい。あああ、また食べたい。
もともとは、中国から来た苦力(クーリー)が、きつい肉体労働後に食べたものだった。スペアリブなので、部位としては安価だったのだろう。また、ハーブを入れる点も漢方らしい。骨肉茶には中国系移民の厳しい歴史が反映されている。東南アジアの華人は現地のイスラーム教徒とほとんど婚姻をしない。その理由について華人の知人は「骨肉茶を食えなくなるから」と冗談めかして述べた。ご存じの通りイスラーム教徒は豚肉を食さない。日本とは異なりイスラーム圏では中華的な文化との区分は峻別にされている。
後記:
羊肉串の「蒼天の下」「都に攻め込みたくなる」は、図らずもマンガ『蒼天航路』の大悪党・董卓を意識してました。知識と体験って、書いているうちにオーバーラップするのね。後での発見でした。
井ノ上シーザー
編集的先達:グレゴリー・ベイトソン。湿度120%のDUSTライター。どんな些細なネタも、シーザーの熱視線で下世話なゴシップに仕立て上げる力量の持主。イシスの異端者もいまや未知奥連若頭、守番匠を担う。
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