“西洋世界の問題は全て中世に発生していた”(※1)
仮想通貨にNFT。
MMORPGにVTuber。
これまでSF作家によって描かれてきたような世界が、ここ数年でどんどん現実のものとなっている。しかも想像以上のスピードで、である。
しかし、これは未だかつて人類が体験したことのない未曾有の出来事なのだろうか。
2022年5月18日、ISISフェスタSP「『情報の歴史21』を読む」に登場した武邑光裕さんは、中世研究者としても知られるイタリアの小説家 ウンベルト・エーコの見方をベースに、現在を「ハイパー中世」と捉える見方を提示した。現在やこれからを再編集するには、まず「中世」の見方をアップデートすることが必須、というわけである。
現代語、商人都市、資本主義経済(銀行、小切手、プライムレート)は中世社会の発明である。…従って、中世をみることは、医者が現在の健康状態を理解するために子供時代を尋ねるように…我々の幼児期を見ることなのだ。
ウンベルト・エーコ『Dreaming of the Middle Ages』より
楽譜を読む音楽家も、本を印刷する出版社も、法廷に座る弁護士も、そのルーツをさかのぼれば中世に辿り着く。私たちの生活のベースとなっている「国民国家」も、その起源は中世にある。
東京・豪徳寺の「本棚劇場」でレクチャーをする武邑さん。メディア美学者であり、松岡正剛が座長をつとめるハイパー・エディティング・プラットフォーム[AIDA]のボードメンバーでもある。
“明示的な虚構こそ絶対的なリアルである”(※2)
アメリカに渡り、ディズニーランドなどのテーマパークやスーパーマンに触れたエーコは、現代文化について「再現されたものやテーマ性のある環境に満ちている」「現実的な捏造に満ちており、現実よりも優れたものを作り出すことを目的にしている」と述べた。
そのエーコの示した見方が「私たちは新しい中世を生きている」というものだ。中世というと、ついつい「かつての野蛮な時代」「昔のオカルト的な時代」と“過去の出来事”のように思いがちだが、実は、想像以上に現在と共通点があるというのである。
私たちのいわゆるポストモダンの時代が中世と共通するのは、その百科全書的な旺盛さと柔軟性です。
ウンベルト・エーコ『Dreaming of the Middle Ages』より
武邑さんは、エーコの言葉を受けながら「中世」を次のように言い換える。
・中世は、支配的なイデオロギーによって、人類の一千年間を封じ込め、隠蔽し、あるいは美化するために、慣習的な近・現代によって構築された時代。
・中世は多くの人が思っている以上に現代に関連している。中世ヨーロッパの歴史だけではない。インカからサムライまで、だいたいAD500年からAD1500年までの全世界の歴史である。
(武邑さん作成のレクチャー資料より)
千夜千冊241夜 ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』の冒頭部分。「今まで読んだ『薔薇の名前』の論考の中で、最も衝撃を受けました」(武邑さん)
“記号や言語の特徴は、そこにないものを指し示すことにある”(※3)
武邑さんは、「(歴史的な意味での)中世」と「ハイパー中世」を区別する。そして「ハイパー中世」の特徴として「中世への郷愁を著しく欠き、歴史を自意識的に否定していること」「準中世的な文脈を借用した別世界の創造」を挙げている。この「別世界の創造」の行き着くあり方の一つが、現在の国民国家から脱却したメタヴァースであり「ハイパー中世メタヴァース」だと武邑さんは仮説する。
前述の通り、中世と共通する要素を現代は多く持っている。さらに、グローバリズムによって知的変化がもたらされ、VRなどのデジタルテクノロジーが発展した今日は、特定の場所や国家に縛られることからどんどん遠ざかってきている。近代以降の国民国家のあり方が揺らぎはじめている。
“今後10年間で、私たちはデジタル農民になる危険性がある”(※4)
それでは、場所や国家からも自由となった「ハイパー中世」の行く先が理想郷のような世界なのかというと、決してそうではない。武邑さんはハイパー中世メタヴァース時代に潜むリスクの一つに「デジタル所有権」を挙げる。
本を例に想像してほしい。インターネットが普及してオンラインショッピングが当たり前になってからは、わざわざ書店に足を運ばずとも、リアルタイムにデジタル書籍を購入することができるようになった。書籍と言ってもデジタルデータだから在庫切れの心配もない。しかし、紙の本を購入することと、デジタルデータをダウンロードすること。この二つの行為の間には、「所有」という観点で大きな相違があることに注意したい。
書店で購入する場合はリアルに本を「所有」するのに対し、デジタル書籍の場合は権利者から単にライセンスを「付与」されただけに過ぎない。つまりデジタル市場の上で、私たちは所有権を持つことができず、権利者のもとに身を置くこととなる。このように私たちの所有権が喪失したデジタル市場のあり方は、かつての中世における「領主」と「農奴」の関係に酷似している。農奴が領主の貸与する保有地を半ば隷属的に耕すことしかできないように、インターネット上の権利者が幅を聞かせるとかつての君主のように振る舞いかねない。
インターネット君主がより多くの日常的なモノ(スマートテレビ、スマートスピーカーなど)と繋がり、モノを魅了するようになると、その封建的な論理は、物質的な世界をも掌握することになる。
(武邑さん作成のレクチャー資料より)
“嘘があるからこそ、可能性のある世界を生み出し、発明することができるのです。”(※5)
現代を「ハイパー中世」と捉え直すことで、リスクを含めた今後のメタヴァース時代を見通してきた武邑さんは、レクチャーの最後に『情報の歴史21』を、13世紀のフランスの学者 ヴァンサン・ド・ボーヴェの『大いなる鑑』に見立てながら紹介した。
『大いなる鑑』とは、百科全書の原点であり、ボーヴェが「本の多様性、時間の短さ、脳の忘却」への不満を解決すべく編纂した「中世の情報の洪水への対応」であるという。中世においても「情報の海」の編集に人々は取り組んでいたのである。
武邑さんは『大いなる鑑』と『情報の歴史21』を重ねながら、次のようにレクチャーを締め括った。
『情報の歴史21』は、ヴァンサン・ド・ボーヴェにならえば、「大いなる情報の鑑」である。ー武邑光裕
武邑さんの話に耳を傾ける校長松岡は「武邑さんのような発想ができる方は本当に少ない」と絶賛。イベントの最後にはサプライズでメッセージを寄せた。
「芭蕉は、『虚にいて実を行う』という言葉もあるように、まずヴァーチャルから入ってリアルを見直しなさいと言った。武邑さんがまず「エーコからはじめて虚にいる」ということを説かれたのが非常に新しかった。僕もこの見方しかないと思っています」(松岡)
武邑さんはレクチャーにあたり用意したという120を超えるスライド資料。今回だけでは到底モーラしきれず、続編を要望する声も既にあがっている。レクチャーでは、エーコの他、オスカー・ワイルド『虚言の衰退』(1889)、リン・ホワイト『中世の技術と社会変動』(1962)、ニール・スティーブンソン『スノウ・クラッシュ』(1992)、アーロン・パーザナウスキー&ジェイション・シュルツ『オーナーシップの終焉:デジタル経済における個人のプロパティ』(2016)、ダニエル・クライン『デジタルゲームが中世を再想像する』(2018)など多数の書籍をおりまぜながら、話題は「ファントムタイムとしての中世」「中世化する世界とインフォでミック戦争」「ロシア・ウクライナ戦争という中世問題」まで及んだ。
“ハイパー中世メタヴァース時代”に「デジタル農奴」に陥らないための羅針盤として『情歴21』を活用するためにも、今後の「『情歴21』を読む」シリーズにもひきつづきご注目いただきたい。次回の開催は6月末。ゲストは「インターネットの父」村井純さんを予定している。
【ISIS FESTA SP「『情歴21』を読む」関連記事】
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【武邑光裕氏 AIDA 関連記事】
・【AIDA】「新中世」時代に考えるメタヴァースの将来(武邑光裕ロングインタビュー)
・【AIDA】リアルが持っている代替不可能な感覚情報がAIDAで鮮明になった<武邑光裕さんインタビュー>
・【AIDA】DOMMUNE版「私の個人主義」!!!!! by武邑光裕
※1・2:ウンベルト・エーコ『Dreaming of the Middle Ages』より
※3:2015年4月のウンベルト・エーコのインタビューより
※4:ジョシュア.A.T.フェアフィールド『所有ー財産、プライバシー、および新しいデジタル農奴制』より
※5:ウンベルト・エーコの言葉(武邑光裕氏のレクチャー資料より)
上杉公志
編集的先達:パウル・ヒンデミット。前衛音楽の作編曲家で、感門のBGMも手がける。誠実が服をきたような人柄でMr.Honestyと呼ばれる。イシスを代表する細マッチョでトライアスロン出場を目指す。エディスト編集部メンバー。
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