<<37[花]
■2022.10.22(土) 38[花]入伝式
花伝所の入伝式では、毎期毎期、師範が「型」を語り継いできた。語り継ぐことで「型」は語り重ねられ、語り手は世代を交代して行く。
そのプロセスは、「型」を語り継ぐためのロール・ツール・ルールの洗練を促しながら、語り継がれる「型」自体の更新を迫りさえする。「型」とは、むしろ更新されることで継承されて行くものなのである。そして、型の継承は、常に更新の分だけ遅延する。その遅延は、つまり継承のための編集的コストなのだ。遅延を嫌うなら前例踏襲もしくはコピー&ペーストを繰り返せばよろしい。ただし、遅延なき継承は生命を生むことも文化を育むこともしないだろう。
継承のためのプログラムを、速度や効率ばかりで組み立てようとしてはならない。速度や効率を否定する訳ではないのだが、それら以上に38回目の入伝式は豊かな編集濃度に満ちていた。
__松岡正剛という存在は、開いているけど多くが伏せられているように見えます。「伏せる」という方法は、編集工学としてどう持ち出されるのでしょう?
松岡校長:
30代の頃、僕はマルセル・デュシャンが好きだった。デュシャンは「自分にとって芸術は遅延である」と言った。それで僕は「遅れ馳せ」を大事にしようと考えた。やりたいことはやるんだけど、自分の開花は遅らせれば遅らせる方が良いと確信し、わかりやすさからは遠ざかろうと思った。
全ての知覚と認知には遅速がある。したがって、そのズレを編集によってカバーする。それが文化をつくっている。さらに、その文化を宿命として背負う者が現れたりもする。そのときその者は初めから何かを背負って登場するのではなく、我が身のうちで何かが伏せられた状態で登場し、それが既にあるものと出会って開けられていく。そう思った方がいい。僕はそうした「鍵と鍵穴」の関係に自分を置き続けることをずっと考えてきた。それでかえって目立ったけどね。(笑)
◆入伝式第2部『問答条々』は、恒例の師範による編集工学講義。37[花]からは編集工学に方法日本を語り重ねることが試みられている。38[花]の「イメージメント/マネージメント」は吉井優子花伝師範が担当。
◆吉井は「イメージメント」を語るための与件として、『背中のない日本』(松岡正剛、作品社)が書かれた1991年と2022年の社会情勢が相似することを示したうえで、かつて背筋の通っていたはずの日本がイメージメントとマネージメントをどうしていたのかを、千夜千冊エディション『面影日本』(角川文庫)に重ねながら読み解いた。
__異質やズレを取り込んで編集を起こしていくことは難しいです。
松岡:
ちょっとヘンなものに出会ったとき、それを「与えられた問い」と捉えた方が良い。その「わからなさ加減」を、そのまま受容するのではなく、アタマの中にマッピングし、編集する状態へ持っていく。
一貫したものを「自分」がやろうとすれば大変だ。ズレを活かして変わって行くことを考えた方が絶対に有利です。文化や文明や他者に注意のカーソルが向くということは、自分と他者を比較している訳だから、自分のなかに「たくさんの私」を早くから持った方が良い。
◆「エディティング・モデルの交換」の講義資料として中村麻人花伝師範が用意したレジュメには、タイトルに「意味の市場」「情報生態系」というワードが付されていた。エディティング・モデルは「場」において交換されること、その情報交換は生態系の如く「システム」として観察することができることを示唆していた。
◆講義の冒頭で中村は「お題とその解説だけを読めば編集稽古はできるか?」と問うた。編集学校の教室は、ズレや異質や偶然性をも共読する相互編集の場なのである。それは、各々が多様な情報を持ち寄って集う「うたげ」に見立てることもできるだろう。
__「たくさんの私」を考えるときに、オブジェクト指向で言うところの「継承(インヘリタンス)」の考え方は興味深いです。
たとえば、私は今マイクを持って「花目付」として喋っているけど、ハサミに持ち替えれば「美容師」になる。基礎となるコードを継承しながらディテールを書き換えることで、多様なキャラクターを作って行く、という。
松岡:
多くの人は「実の私」を求め過ぎている。「実」になっていない私も既にある「実」なのに、「私はまだまだ出来ていない」と考えるから「たくさんの私」がどんどん欠落していく。自分がそれを出来ないのなら「たくさんの他者」を借りれば良い。そのことを芭蕉は「虚にいて実を行うべし」と言っている。
__一方で、「変わらない私」を守ろうとする「免疫的自己」の抵抗も感じます。
松岡:
編集の力は情報様式の「保存」と、そこから逸脱した様式の「創発」なので、変化の度合い(ボラティリティ)ごと継承し編集することが出来れば素晴らしい。
「単語の目録・イメージの辞書・ルールの群れ」の組み合わせごと継承して行くこと。そのためには自分のなかに空欄を設け、手続きを用意しなくてはならないが、そこにかかる時間も含めて継承する。
◆「イシス編集学校の半分はリバースエンジニアリングである」。吉村堅樹林頭の講義は、毎度ながらキレのあるパンチラインで切り込んで行く。編集学校は「始まりと終わりの間」にある全てをスコープに置いており、編集工学は「inputとoutputの間」「認知と表現の間」で往還する全てをリバースエンジニアリングしようとしている。その成果を編集術の型として手渡しているのが[守]の38番である。
◆リバースエンジニアリングは、元々のおおもとを探っていく。その一番の元にこそあらゆる別様可能性が秘められていることを哲学したのが三浦梅園だった。
__松岡校長の髪をカットしたときに感じたことは、身体に際立った強張りや滞りのないことでした。思索や著述での負荷を、どう身体的に回収してらっしゃるのでしょう? お風呂で「ほぉ〜」とする姿は想像できませんが…。(笑)
松岡:
散歩をしたり温泉に行くようなことが嫌いではないけど、そのような場面を意図的に作ることはしていない。それに代わる編集作業で日常を埋め尽くしたい。編集で休むことができなけれければ編集を語ることはできないと思っている。なかには空振り三振もあるが、休息のための本を探している。今はナンシー関ですよ。(笑)
身体的な訓練もしていない。おそらく、多くの価値観と自分の身体との関係が東洋的なのだと思う。
__以前「五十を過ぎてからは存在をインターフェース状にすることを試みた」と書かれていたことにも通じるでしょうか?
松岡:
インターフェースと書いたのは「境界」のこと。自分の存在の境界は、動的でフラジャイルで凸凹してふにゃふにゃしている。だけど、そういう存在学はない。これを、50代の頃に自分一人ではなく仲間とやろうと切替えたのが編集学校になった。
__そしてさらに、「道」と「方法」の両方を伝えるには「秘伝」が必要と書かれています。この「秘伝」とは?
松岡:
仲間です。編集学校の仲間内で使っているジャーゴンのようなもの、たとえば「カマエとハコビ」「3A」といった編集工学用語は技術用語なのだから、それを自信を持って外へどんどん持ち出して、メタファーやシーンにして行って欲しい。そこからが勝負です。
◆入伝式第4部『別紙口伝』は、慣例の校長講義とは異なり、松岡校長を挟んで両翼から深谷もと佳&林朝恵のW花目付がインタビューする前代未聞の仕立て。松岡の深淵な編集思想を引き出すため、林が編集工学の本筋へQを投げ込み、深谷がセカンドボールを拾って脇道へと展開するゲームプランで進行した。
◆「口伝」とは、伝える者と伝えられる者とがその時その場かぎりで交わす編集セッションである。そこで語られる内容のみならず、場の設えや振る舞いを含めた3M(メッセージ/メディア/メソッド)の全てが「継承」のための装置となる。
__ここまでの編集学校の22年、38回を数える花伝所の現在地を、校長はどのように見ておられるでしょう?
松岡:
10年前は遅れたと感じていたが、最近は取り戻しつつある。花伝所は、日本の中の最も重要な組織。新たなコーチやスタッフワークを作り出す源泉、ありとあらゆる現象の先頭だと思いたい。今は相当良い状況に来ているので期待しています。
38[花]は4道場20名の入伝生を迎えて式目演習をスタートする。うち15名を男性が占める比率は、なにかと女性上位のイシスにしては珍しい。3名の現役大学生たちのフレッシュな輝きも頼もしい。いよいよイシスはカンブリア爆発の予感に満ちている。
写真:後藤由加里
アイキャッチ:阿久津健
>>次号
深谷もと佳
編集的先達:五十嵐郁雄。自作物語で語り部ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて情に厚い。編集工学を体現する世界唯一の美容師。クリパルのヨギーニ。
一度だけ校長の髪をカットしたことがある。たしか、校長が喜寿を迎えた翌日の夕刻だった。 それより随分前に、「こんど僕の髪を切ってよ」と、まるで子どもがおねだりするときのような顔で声を掛けられたとき、私はその言葉を社交辞 […]
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