イシス編集学校の教室は松岡正剛校長によって名付けられる。師範と師範代で構成されるチームは、師範自身が名前を付ける。あまたの編集行為の中でもネーミング編集は格段の難題だが、チームをリードする覚悟を示すため、毎期各師範は編集力の粋を傾ける。担当教室名、師範代の性質、チームのターゲット、そこに現れるプロフィール……連想の限りを尽くした上での、果敢な要約編集が問われる。
43[守]も華やかなチーム名が並んだ。井ノ上裕二師範はタイガー・リリー教室の福澤美穂子師範代と蓮式(はすしき)パエーリャ教室の西由江師範代を率いるにあたり、チームに「キュア・ナイフ」と名付けた。ナイフはフック船長の命を付け狙う暗器でもあり、パエーリャを振る舞うのに欠かせぬ調理器具でもある。何より、創造・創発の「創」とは、ほかならぬ「キズ」のことだ。リスクを取る編集に師範代を煽り立てようという井ノ上の覚悟のほどがうかがわれるネーミング編集となった。
師範・井ノ上裕二。バンコク在住のため、編集コーチの会議では、しばしばバーチャル師範となる。
ナイフは第一に傷を作るものであり、他方でいろいろな用途に使えるツールでもある。世話をしたり治療したりするために、ナイフを使うことをためらわないように、という思いを込め、井ノ上はチーム名に「キュア」の冠をつけた。
西にとって、福澤は37[守]で入門したときの師範でもある。3年の時を経て、西は福澤と、師範代という同じロールで「姉妹」になった。幾重にも重なるイシスの縁を慈しみながら、チーム「キュア・ナイフ」の面々は懐に刃を呑んで、指南を綴っていった。福澤は期中引き継いだ教室も含め、4つの教室名を持つ大ベテランの編集コーチだ。何度教室に立とうともその手は垢にまみれず、学衆の回答に初々しく反応していく。福澤の発見的な構えに、井ノ上は驚嘆しつづけていた。可憐なれど逞しいタイガー・リリーの背から、西も多くを学び取ったことだろう。
師範代が研鑽する「伝習座」で西に声をかける井ノ上。硬軟の幅が広いメッセージ編集も、井ノ上の持ち味だ。
43[守]がその座を閉じて少し経った2019年9月17日、「キュア・ナイフ」チームのラウンジに、井ノ上は最後のメッセージを彫りつけた。
今期は「遊刊 エディスト」記者のロールが偶然的に入りました。ご存知のダストライターになりましたが、師範ロールをしつつ、こういった“どうでもよい話”を、技術を傾けて書きたくなりました。どうも、異なった領域での往還が、編集ドライブのエンジンになるようです。
動いている講座の師範と、エディストライターの兼業から得られる効能を説く。最後の最後まで「引き受ける編集」の重要性を二人の師範代に語り続けた。井ノ上にとって、多忙な師範業の合間の記事執筆は「戦国武将が、戦いの合間に茶杓を作るような手すさび」なのだという。颯爽としたシーザー師範の裏の顔が、ちびた鉛筆をなめなめ三面記事を書く古田織部だったと思うと、これはこれで痛快だ。
千の顔を持つ師範の、上述のメッセージの発言タイトルは「ナイフを一度さやに戻して」であった。一期の区切りもナイフでつけて、井ノ上たちは新しい編集に向かって、すでにそれぞれ歩み出している。
川野貴志
編集的先達:多和田葉子。語って名人。綴って達人。場に交わって別格の職人。軽妙かつ絶妙な編集術で、全講座、プロジェクトから引っ張りだこの「イシスの至宝」。野望は「国語で編集」から「編集で国語」への大転換。
ハグが好きな人だった。 オンラインが基本のイシス編集学校で、初めて松岡校長と対面したのは2010年5月15日、紀尾井町の剛堂会館。6離「表沙汰」でのことだった。苛烈な稽古でぼろぼろになっている離学衆を、校長は一人ひとり抱 […]
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