七夕の伝承は、古来中国に伝わる星の伝説に由来しているが、文字や学芸の向上を願う「乞巧奠」にあやかって、筆の見立ての谷中生姜に、物事を成し遂げる寺島ナス。いずれも東京の伝統野菜だが、「継承」の願いも込めて。

■ 評判の数は、評価ではない
ベストセラーは名作か。ページビューは価値なのか。バズれば勝ちの世の中で、世阿弥の言葉を借りれば「目利かず」が好む「非風」がこのまま席巻してしまうのだろうか。
いまや何だって、何かにつけて、ワイドショーからマーケティングまで、大学進学率からAKBじゃんけんまで、SNSからブレイクダンスまで、噂と評判とランキングと推挙(リコメンデーション)ばかりで埋め尽くされている。そのうち評判数こそが評価だと勘違いされてしまった。
21世紀は「評判社会」になりすぎた。アクセス数だけを価値のモノサシとして追いかけるネットの文化が、目利きを駆逐していった。17世紀イギリスには、コーヒーハウスがあった。オックスフォードの一角にある建物の2階がそれだった。女人禁制、紳士のみの集い。喫煙所でもあったその溜まり場から、ジャーナルが生まれ、広告が誕生し、犯罪もあれば、秘密結社が作られた。セミクローズドな集まりから、あらたな商品や人材が生み出されていったのである。
ある霜月の日曜日、ひと気のない世田谷の街なかに佇む豪徳寺ISIS館。その2階にひっそりと集う者たちがいた。47[破]アリスとテレス賞選評委員たちであった。
▲学匠原田淳子(写真手前)は、終始姿勢を崩さず作品を読み続けた。アイキャッチは、3本の色ペンを使い分ける原田の手元。傍らには再読した『フラジャイル』を置いて。
▲学林堂のテーブル中央に大きなマイクを設置し、Zoom参加の委員とも丁々発止が続いた。
■ 目利きたちは何を見るのか
選評委員11名の手元には、68枚の創文が積まれている。締切直後から会議当日朝まで、各委員は一週間かけて赤ペン片手に全作を読み込む。なぜこのキーワードを選んだのか、ほんとうにこのハコビが適切なのか、師範代はどのような導きをしたのか。少しでも気になることがあれば稽古模様にも立ち返りながら、読み進める。
会議では各自の読みをもとに、作品を1枚ずつ吟味していく。ある委員がコメントする。「本の要約がうまい」 即座に机の対岸から声が上がる。「いや、この要約は面白くない。聞きたいのはそこじゃない」 Zoomからため息が聞こえる。「たしかに、この書きぶりはほかの人にはない。けれど、最終段落への詰めが甘いですよね」
委員の見方が割れることも多い。それは多様なメトリックがあることの証左だ。Zoom参加の者もあわせ、それぞれのフィルターで作品を見分していく。全作品の評価と、今週末に迫った伝習座の作戦会議を終えるころには8時間が経過していた。
▲評匠中村まさとしは、2本の万年筆で読みどころや評価を書き込んでいった。
■ 相互記譜こそ、価値を生み出す
米原万里やアゴタ・クリストフが本を書く。イシスの学衆がその本を読み、知文を書く。師範代がその創文を読み、指南を書く。選評委員が稽古を読み、講評を記して送りかえす。そして、学衆がそれを読み、何かを書く。イシスでは絶えず相互記譜が起こる。
「読む」も「書く」も、親指で触れる「いいね」では終わらせない。立ち止まって、なにが「いい」のか考える。腰を入れた対話で、実のある評価をする。その踏ん張りこそが、価値や意味が増幅させるはずなのだ。
いま、日本もその真っ只中にあるのだが、大半の経済や商品や自由競争化のメカニズムに左右されている。[…]なにが原動力になっているかといえば、大衆の消費力が原動力になっている。大衆の消費力が向かう方向に経済も生活も流れていくということである。こんなことをやってばかりいると、もはや志野も黄瀬戸も生まれない。かつて背広やレインコートが誕生したようなことは起こらない。
ユニクロや無印良品やマクドナルドの商品が、リーズナブルになるだけなら好ましいのかもしれない。けれど、私たちの読むもの、書くもの、考えるものまでもが、評判の濁流に押し流されている。それに気づかなければならない。レピュテーションの津波のなかで、なんとか生き延びようとする言葉が豪徳寺にあった。講評は11月末発表。
※参考千夜
491夜『コーヒーハウス』https://1000ya.isis.ne.jp/0491.html
1502夜『クラブとサロン』https://1000ya.isis.ne.jp/1502.html
1604夜『勝手に選別される社会』https://1000ya.isis.ne.jp/1604.html
1508夜『世阿弥の稽古哲学』https://1000ya.isis.ne.jp/1508.html
※アリストテレス賞をもっと知るなら
●43[破]セイゴオ知文術に向けて 42[破]受賞作の稽古模様
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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