多読ほんほん2013 冊師◎丸洋子

2020/09/05(土)10:33
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 今夏開幕を予定していたオリンピックの東京開催決定に沸いたのが、2013年でした。客なる神を迎える「おもてなし」をキーワードに日本文化を語ったスピーチが話題となりましたが、この年、私は原田淳子師範代(当時)のカステラシアター教室で、心尽くしのおもてなしを受けながら、破のお稽古を楽しんでおりました。 

 

 2013年は、朝日の昇る【陽】の伊勢神宮と、夕日の沈む【陰】の出雲大社の遷宮とが重なった年でもありました。伝統や技術を受け継ぐリバース編集によって常若の思想を体現し、新しく蘇った社殿で神様をお迎えするおもてなし。この年のお彼岸も間近の3月15日、「今夜は1500夜とて、ぼくの勝手な人麻呂観をしばし古代観念にいったん回帰して遊びたい」と書かれた一夜が登場します。イメージをマネージする柿本人麻呂を招き、そのアブダクティブな、ハイパーイマジネーションによる編集力を大胆に掘り起こす一夜には、おおもととなる古事記が重ねられています。 

 

 

  千田稔著『古事記の宇宙――神と自然』(中公新書) 

 

 

 この本は、人麻呂の一夜を過ぎた彼岸明けに出版されました。ゴートクジでは、高橋バジラ先生の輪読座で『古事記』と『日本書記』のアワセ読みが始まっていました。千田稔は、本書で古代人の「イメージを念じる力の強さ」を説くとともに、いにしえの人々が、植物をはじめ自然界から霊性ともいえるメッセージを受け取っていたこと、そこに私たちの自然観の源流が潜んでいることを語っています。 

 古代の呪術的観念共鳴の異能ぶりを発揮した人麻呂。校長は1500夜で「トランスイマジネーション」とも「インターイマジネーション」とも言い替えて讃えていました。 

 

 人麻呂の前夜、ニック・レーン著『生命の跳躍』のなかで「松岡さんのそういう発想ってどこから出てくるんですか」と問われた校長は、「何冊かの本を読んでいるうちに出てくる」のだと答えています。ミトコンドリアの謎に迫るこの生物学の本を読みながら、ニクラス・ルーマンのダブル・コンティンジェンシーの本や、イアン・ハッキングの『偶然を飼いならす』や、リチャード・ローティの『偶然・アイロニー・連帯』などを同時に思い出しているのだと。 

 相転移の編集を生む記憶と想起のハイパー・トランス・インターなイマジネーションは、松丸本舗の生まれ変わりである多読ジムの「読む/書く」「見る/見えてくる」プロセスと共読のあいだで、日々豊かに培われているのでしょう。 

 

 

 続く2014年は、良寛さんと宮沢賢治のイメージを重ねる宮野悦夫冊師へ、バトンをお渡しいたします。 

 

  • 丸洋子

    編集的先達:ゲオルク・ジンメル。鳥たちの水浴びの音で目覚める。午後にはお庭で英国紅茶と手焼きのクッキー。その品の良さから、誰もが丸さんの子どもになりたいという憧れの存在。主婦のかたわら、翻訳も手がける。

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コメント

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山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025