『Outlying-僻遠の文化史-』を読む Vol.2 Outlying的エクリチュールの流儀ーーベル・エポックの百花繚乱を抱き止めて(長島順子)

2026/02/02(月)08:00 img
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 多読アレゴリア2025年ラストシーズン、「ISIS co-mission」メンバー、武邑光裕慧匠監修の「OUTLYING CLUB」では、慧匠の自伝『Outlying―僻遠の文化史』をキーブックとして多読に挑戦した。メンバーは『Outlying』から各自が連想するサブブックを2冊選び、創文に向き合った。2024年冬の「OUTLYING CLUB」スタートから1年を通して、「外縁」「社会」「日常」「女性」「メディア」など、それぞれが心に抱える日常の違和感クラブでの体験とキーブック、サブブックとを交差させながら読書(読み書き)を進めた。


 

Outlying的エクリチュールの流儀ーーベル・エポックの百花繚乱を抱き止めて 

長島順子

 

●サブブック:

『エルテ 幻想の世界を生きたアールデコの寵児』永瀧達治(六耀社)
『自分ひとりの部屋』ヴァージニア・ウルフ(平凡社)

 

 

 |香水瓶とパリとバレエ・リュスに恋をした。
 |厳父に背いて少女のように暮らし、ひとり着せ替えごっこに遊ぶ日々。
 |20歳でフレンチ・カンカンの裏方を夢見てパリへ飛び、
 |ベルエポックに愛され、ファンタスマゴリアを刷り続けた。
 |「ハーパーズ・バザー」誌、「ヴォーグ」編集長ヴリーランドに熱賛され、
 |ポール・ポワレ、ハリウッド、アール・デコの寵遇を受けた魔法猫。
 |その名はエルテ。
 |デザイナーでもアーティストでも舞台芸術家でもない。
 |幻想を象形し、モードを超越し、キャット・テールのごとき蠱惑美で、
 |鑑賞者の奥に沈積した甘い”千夜一夜”を呼び起こす。
 |エルテの魔法を知らずして、
 |ゆめゆめファッションもアートも女性も、”実存”すら語れまい。


 今宵はエルテを紹介したい。エルテは、恐慌と革命と世界大戦のあいまに花開いたアール・デコ様式を代表するロシア人のアーティストと称されることが多い。だが本人はそれをひどく嫌い「私は芸術において個人主義である」と、何度も宣言した。

 

 エルテがそうやって主張しなければならなかったのも無理はない。1920〜30年代のアメリカで大衆化されたアール・デコ様式は、近代的な機械時代の建築物やオブジェクトを作るために自然をコード化し、様式化して、”視覚のパズル”をつくった。そしてそれをピカピカに光る貴金属で囲み、アドレッサンスな夢だけをスペクタクルに仕立てたからだ。同じ時代に存在していたとはいえ、エルテの思想とはあまりにもかけ離れていた。エルテはどちらかといえば、セルゲイ・ディアギレフが革新した『ミール・イスクーストヴァ(世界芸術)』*1のように、宮廷趣味の装飾的な花柄と果実、大きな渦巻きと葉、ロシアとアジアに広がる伝統的な力強い色彩と形、そういった有機的なモチーフや物語に惹かれた少年だったのだ。水平に溺れているように見えて、その実は深海への好奇心に満ちたブリオ(brio)を滾らせてきた。

 エルテは幼い頃から『千夜一夜物語』を読み耽り、母や姉が読んでいたファッション雑誌やバレエの本にも熱中した。毎晩のようにオペラ、バレエ、夜会へ着飾って出かける母姉とは反対に、家に残されて夜毎乳母とフランス語でお喋りする日々に飽きたエルテは、母の部屋に忍び込む。香水瓶をバレリーナに見立て、自分でデザインしたバレエの衣装を夢想する。それでは飽き足らず、6歳になったエルテは母のためにドレスのデザインを描いてみせ、母はそのデザイン画の通りに洋服を仕立てた。

 

 エルテの作品には必ずと言っていいほど、優美に流れ落ちる襞(ひだ)を纏った女性が登場する。女性は闇の女王なのか、秩序を司る女神なのか、落ち葉の妖精なのか、蜘蛛の巣に捕えられた蝶のメタファーなのか、アラブの舞踊家なのか、パリの上流階級の貴婦人なのか、わからない。どの作品も「これだ」と言い切れない不可侵な均衡に佇んでいる。見る人によって姿を変える幻想の女性は捉えどころがないが、一筋の曲線が古い古い記憶を想起させるように、私たちの無意識の深層に沈む意識の断片や欲望をかすかに刺激するのである。

 

 またあるとき、エルテの物語は日本の”表徴”に似ている。「あらゆる表象は自在な読み書きを促す物語である」とみなしたロラン・バルトは、日本の書道のことを”記号の配置システム”であり、文字がそこにあること、置かれていることが前に出てきているのであって、意味が文字(記号)の中心にない、つまり「中心(ロゴス)が空っぽ」だということに驚いたという。理解できなくても壊れない表徴の世界が、バルトにはポスト構造主義の理想形のように映った。東洋的ポイエーシスの軽さと自由と意味の非回収性を見たバルトは、エルテの『アルファベット』シリーズにも興味を持ち、彼が描く”形象文字”の逆説的な様相をこのように語っている。


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「エルテの一般化したアルファベットのうちには、弁証法的交換がある。というのは<女性>はその形象を<文字>に貸しあたえる。代りに、そしてより確実に、<文字>はその抽象性を<女性>にあたえる。ことばを代えて言えば、エルテは文字を形象化することによって、女性を非形象化infigurantする。」*2
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 つまりバルトは、エルテが描く女性が文字に使われているだけではなく、文字もまた女性に何かを与えている”相互交換状態”が起こっているとみた。女性が一方的に文字に奉仕しているのではなく、文字は女性に、ただそこにあるだけだという「意味の中立性」や「エロスを定義する物語からの解放」「読まれるが解釈されすぎない」という編集的自由を与えたと見たのだ。アルファベットを模る女性は誰かの女でも、欲望を裏付ける物語のキャストでも、感情の器でもなくなり、抽象記号となって”読むことはできるが所有できない存在”になったのだ。

 

 エルテは『アルファベット』シリーズで、なぜ惹かれるのか分からないが確実に惹かれ、触れてはいけない感じが残り、名付けようのないエロスを放つ女性を「記号の中空性」によって”ただそこにある像”にした。つまりそれは、感じるが語れない、欲望が立ち上がるが理由がないという”零度のエクリチュールの美学”そのものだった。それは自分自身を定義されることを好まないエルテとバルトの思想が時代と争わず、そこにあるだけで自律力を持った瞬間だったとも言えるだろう。

 

 広く共有された像たちは、意味の回収を拒みながらも雑誌や広告というメディアを通じて社会に湧出し、公共性を帯びながら時代や歴史に受け入れられていった。エルテは個人主義を貫くことで、”意味の王様”を中心に据える構造主義の時代にあって、”エロスの女王”が自由に羽を伸ばす幻想世界を広げたのだ。

 しかし、しかしである。物語の主体にはならない、かといって女性を「モノ」にも落とさない、記号としての軽さに置くという哲学は、洗練されている反面、非常に危うい。「危うい」というのは、フェミニズムの光を当てた先に伸びる女性の影ぼうしだ。

 

 エルテと時を同じくして、イギリスのブルームズベリーでモダニズム作家として活躍していたヴァージニア・ウルフは、どんな女性であっても主体的な思想を持つ権利があるとし、「女性が思想を持つには物理的条件と精神的条件の両方が要る」と主張した。女性に「思考の主権」がない時代に、ウルフは経済的自由(部屋)と思想的自由(机)の権利を公に求めたのである。1928年、ケンブリッジにある女子学生寮で行われたこの講演は、のちに『自分ひとりの部屋』として書籍化された。無償労働に縛られ、読み書きの時間はなく、その気力も削がれ、誰かの妻/娘としか語られず、思想は常に男性の視線を経由していた時代において、かなりラディカルな思想であったはずだ。しかし現代においても、同じ状況が続いているとは言えないだろうか。表面化しないだけで、大きな声が聞こえないだけで、声を上げられない女性、読み書きを通じて公に開いていくべき声は、まだまだたくさんあるのではないだろうか。上野千鶴子は自身が研究する学問分野を「主婦学」でもあると称し、歴史的思想や社会構造上、そうせざるを得なかった弱者の生き方を今も研究し続けている。

 

 また、ウルフが講演を行った1928年は女性が完全参政権を獲得した年でもあった。運動の現場はかなり過激で、投獄、ハンガーストライキ、強制給餌、世間からの嘲笑と暴力が常習化していた。第一次世界大戦で男性中心社会が揺らぎ、女性が「私」から「市民」へ出ていく大転換期ではあったが、女性が政治を語ること自体、まだまだ異常行為だと見なされていたのだ。

 

 ここでふと、越し方をバックミラーで振り返る。エルテやバルトは、女性を主体にも所有物にもせず、記号・像・様式として、”意味に回収されないエロスの女王”にした。ウルフは、女性が主体になって”物語”を語る権利を公に要求した。参政権運動は、女性を公的に法的主体にしようと奮闘していた。

 

 どの思想が描き出す女性も、きっと、間違ってはいない。ただ20世紀初頭の公共空間で、異なる女性像が次々に躍り出たと言う事実だけがそこにある。一体このことを、私はどう受け止めればいいのだろうか。

 エルテ自身も、エルテの幻想も、弱い女性に向けられたウルフの眼差しも、参政権運動に突っ込んだ人々の意気も、私にはどれも愛おしい。戦間期にあって、こんなにも女性の存在が、煌めきが、ボロボロと原型を無くすように崩れ、儚くも力強くドロップ・アウトしていたという事実に胸を打たれる。
 だがここで一瞬冷静さを取り戻すならば、これまで語ってきた”女性”とは、必ずしも生物学的な女性に限られたものではないということだろう。語る主体として回収されることも、誰かの物語に組み込まれることも拒みたかった存在、あるいは拒まざるを得なかった存在は、時代ごとに性別や属性を越えて存在していたはずだ。男と女、奪うものと奪われるもの…そういった既存の対比や境界を見るのではなく、ただそこにあるものの間にある、ごくごく僅かな”差異”を稠密なテクストにする「編集力」こそが、私たちには求められるはずなのだ。

 先だって、イシス編集学校の師範代養成所である[花伝所]で、かつて松岡正剛校長が語った「師範代の方法論」を聴く機会があった。それによると、編集で最も大事なことは「わかるとかわる」を次々に起こしていくことであり、そのためには物事に「たくさんのわたし」で応じ、物事のIn side OUTとOut side INのあいだを何度も行き来して、そしてもう一度「たくさんのわたし」に戻ってきて「アフガニスタンは…」「敗戦後の昭和日本は…」と語り直す
ことなのだという。それはたとえば、たくさんの女性像が百花繚乱したベル・エポックの時代を、エルテやバルトやウルフや名もなき活動家になりきったわたしで、語り直すということでもあるだろう。

 社会的に弱い立場にある人々が今も絶えず恐怖に苛まれる時代にあって、女であり、娘であり、母であり、主婦であり、地域の一員であり、これから生まれてくる命よりも少し先に生まれた一人の人間として、私は世界をよく観察し、ごくごく僅かな”差異”を見逃さずに、それを絶えずインターテクスチャー化する人間でありたい。新しい”別様の存在”をそのまま抱き止めるような、”読み書きの流儀”を編み出したいと、静かに願う。

 

 先人が描いた美しさと思想と勇気を礎に、『明るい部屋』もしくは「仕事場(スタジオ)」で、世界が公私共創の個人主義と実存主義になっていく日まで。


注釈:
*1:ディアギレフが主幹した総合芸術誌
*2:『現代詩手帖十二月臨時増刊 ロラン・バルト』1985.12.20 思想社、p236〜237から引用

 


 

参照:
・OUTLYING CLUB Online Session内の武邑光裕慧匠による講義
松岡正剛の千夜千冊 0714夜『テクストの快楽』ロラン・バルト

松岡正剛の千夜千冊 1714夜『エルテー幻想の世界を生きたアールデコの寵児』永瀧達治
・『表徴の帝国』ロラン・バルト/筑摩書房
・『現代詩手帖十二月臨時増刊 ロラン・バルト』(思想社

  • OUTLYING CLUB

    メディア美学者・武邑光裕氏の監修するクラブが誕生。アンドリュー・マーシャルのOUTLYINGアプローチを手すりに、常識、主流派の見方を疑い、異端者の思考を追求する。