宮谷一彦といえば、超絶技巧の旗手として名を馳せた人だが、物語作家としては今ひとつ見くびられていたのではないか。
『とうきょう屠民エレジー』は、都会の片隅でひっそり生きている中年の悲哀を描き切り、とにかくシブイ。劇画の一つの到達点と言えるだろう。一読をおススメしたい(…ところだが、入手困難なのがちょっと残念)。

扇子あおげど熱帯夜、54[破]は高気圧。猛暑よりも〆切の迫る突破最終日、既に全てのお題を完遂した学衆から、プランニング編集術の再回答が届いた。<振り返り>に添えられたその一文は、読み終えた本の、お気に入りのページに栞を挿すようだった。
「パパ、ブランコが壊れるくらい押して。宇宙に届くくらい押して」
息子がパパに贈る、遠慮のないメッセージだ。このちょっとした一言が「ブランコ・ミュージアム」の再編集の嵐を呼び、新たなる序章への旅立ちとなる。一度完成形にまで辿り着いたプランだが、与件はふいにやってくる。常に訪れつづけている。
突破から4日後。稽古が終わり、ほっとしつつもちょっと寂しい頃。学匠や番匠によって、51個のプランから「簪、梱包、ぶらんこ」の3案が選ばれた。P-1グランプリへの招待状が夕刊ちぐはぐ教室に届く。その召命は、突然だ。
「本来から将来へ、連想と照合を重ねれば、きっと発見的なミュージアムになる」
原田淳子学匠は、ふわっと背中を押す一声を忘れない。プランニング編集術は、松岡校長が[破]にのこしてくれた最難関お題でもある。学衆・佐藤玄は、選ばれた驚きとともに「とびきり」のお題を引き受けた。2度目のプランニング編集が始まった。
プランニング編集術では、コンパイルとエディットの両輪をいかに回すかが肝となる。稽古の段階で、佐藤はブランコの要素・機能・属性や「らしさ」を網羅することで、ブランコのアーキタイプにまで迫った。[破]の編集術はもちろん総動員である。
P-1グランプリの醍醐味は、学匠、番匠、師範、師範代、学衆のさまざまなロールの意図の視線が入り混じりながら、ひとつのプランが出来上がっていく所にある。Edit Cafeだけではない、Zoomミーティングを介したリアルタイム編集もその一つである。
感門之盟までの限られた1ヶ月の中で、仕事・育児・編集稽古の三足のわらじを履く佐藤はプランのシナリオを作り、師範代はネットから図書館まで資料集めに奔走し、桂大介師範はシナリオと資料をひとつに縫合し、ちぐはぐを擬いてみせた。
ファッションとお酒をこよなく愛する桂師範の即興編集劇は、お客の好みをその場で引き出しながらカクテルを作るバーテンダーのようでもあり、一枚の布からモードを立て、スタイルを引き出すデザイナー&パターンナーのようでキラキラしていた。
編集の跡に風が吹けば、なびくドレープのゆらめきは見張るほどに美しい。イシスの師範力に驚くシーンがここにもあった。稽古、そしてP-1準備の過程で見つけたものは、桂師範による前記事に詳しい。
不断の過程こそ、編集である。「芭蕉はつねに句を動かしていた。一語千転させていた」。芭蕉が「習へ」とは、物に入ることだといったように、佐藤は「ブランコ」に入り、師範代は「佐藤」に入る。本番前々日のリハーサルから当日にかけても、プランは振動しつづける。
前回のP-1優勝者、香川愛の後光が差す竹内哲也師範代の讃岐兄弟社教室からは、朝比奈励さんの「梱包」のミュージアム。イシスの編集道を3年間駆け抜けつづけるライヴァー、木村昇平師範代のうごめきDD教室からは、田中大介さんの「簪」のミュージアム。この上ない好敵手を前に、肘も膝も止めることはできない。
リハーサルは本番の最終確認ではなく、劇的な変化に向けて加速するための方法である。お互いのプランを交わすことで見えてきた不足の燃料を元に、向かうべき南を目掛けてスウィングバイし、軌道を修正する。時には積荷をおろしながら、一字一字の言葉がもつ重力と速度をたしかめる。そして、推敲はつづく。
実は、ミュージアムの名前は仮留めのまま、前日の正午まで空席だった。プランを世の中に送り出すための、ぴったりの色は見つかっていなかった。そこへ、佐藤によるネーミングが満を持して光を放った。ギリシャ文字を借り、宇宙線の気配を纏って現れたのが「ブラン・ニュージアム(brand-nuseum)」だった。そのまま、P-1グランプリへ突入した。
中村まさとし審査員がマイクを握る。発表が終わった3チームは、壇上で優勝発表の時を待つ。学衆は前に、師範代は後ろに立ちながら、その一声を待ち望む。
「会場は大いに沸き、54[破]の桂大介師範は両手を大きく掲げて拍手した」
感門エディストチームのJUSTライター、55[守]の師範からロールを着替えた福澤美穂子師範による速報記事のこの一文に、1年半前の光景がフラッシュバックした。当時、学衆だったわたしはP1グランプリの登壇者として「Pocketism Museum」をプレゼンした。
「これが、私のポケティズム宣言です」
発表後、両手を上げて拍手してくださったのが松岡校長だった。ただ、その時は、緊張と安堵の綯い交ぜの中、焦点がどこにも合わず、壇上から校長の姿を見ることができなかった。感門之盟の後、守破で同期だった仲間に教えてもらい、動画でその姿を確認した。
今回は、プレゼン中の聴衆の感応にも、発表後の拍手の熱さにも視線を向けることができた。佐藤の背中に向けて、「宇宙に届け」と拍手を贈りながら、最後列にすわる桂師範の姿が目に写った。一瞬、校長の面影があらわれ、拍手の音のなかにまぎれていったような気がした。
相互編集は「編集する」と「編集される」の間にある。「編集される」愉快は[守]から[破]へ、[破]から[花]へと漸次増していく。P-1グランプリを経て、自己が編集される不思議とほんとうの醍醐味を味わった佐藤は、勧学会が閉まる前の最後のメッセージでこのように綴っていた。
「『世界のほうがおもしろすぎる』から、困ったときこそ自分をひらく」
改めて、わたしは学衆としてP-1グランプリに登壇した頃を憶い出した。51[破]のP-1では、吉村堅樹林頭・原田学匠・中村まさとし評匠が各チームのディレクションを担っていた。当時、ポケットに抱いたわたしのもどかしい思いを拾い、生命を吹き込んでくれたのが中村評匠だった。それが「Pocketism」だった。胸のポケットに手を入れると、その拍動はいまでも全身を撃つ。
[守][破]の師範代を終えた今、なお大きくなってやまないのは、先達と仲間への借りと思いの燈火である。その恩を、返灯しつづけたい。優勝の景本『松丸本舗主義』を受け取った佐藤と、その光景を目前にした54[破]の英雄たちは、この先どこへ進んでゆくだろうか。「Brand Nuseum」へ、継がれた火の先にも、目が離せない。
文/北川周哉
アイキャッチ画像/白川雅敏
イシス編集学校 [破]チーム
編集学校の背骨である[破]を担う。イメージを具現化する「校長の仕事術」を伝えるべく、エディトリアルに語り、書き、描き、交わしあう学匠、番匠、評匠、師範、師範代のチーム。
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