多読ほんほん2019 冊師◎加藤めぐみ

2020/11/08(日)10:16
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 「どこにもない学校」の20年を振り返る「多読ほんほんリレー」も、ついに2019年までバトンが渡ってきました。2020年9月のいま、多読ジム【書院】というトラックに佇むみなさまの背中をめがけて、ひと巡りの季節を走ります。


 2019年。総括するにはいささか近すぎるような、それでいて、もはや遠くのこととも思える、コロナ前の世界がそこにありました。

 春の出来事として記憶に鮮やかなのは、やはり新元号「令和」の発表と天皇陛下の皇位継承でしょうか。松岡校長は『万葉集の詩性 令和時代の心を読む』に、転(うたた)して継承されていく歌(うた)についての文章をよせられています。また、5月に創刊された言論誌『ひらく』の第一号巻頭対談「日本文化の根源へ」も見逃せません。

 夏、海外に目を向けると、香港での大規模デモ、トランプ大統領の北朝鮮訪問、ブレグジット強硬派のジョンソン首相の就任、米中貿易摩擦など、影響の大きさを測りかねる、さまざまな政治経済のうねりがありました。国内では「来年の今頃」に控えた東京五輪・パラリンピックについて、覆りようのない予定としての想像を、誰もが持っていたことと思います。

 秋には台風15号・19号をはじめとする天災が続きます。国連気候行動サミットでのグレタ・トゥンベリさんの訴えも話題を呼びました。より生活に密着した事件といえば、消費税の増税。景気の冷え込みが心配されていましたが、まさかコロナ・パンデミックで追い打ちがかかるなどとは、誰も予想していませんでした。

 そして冬。多読ジム season 01の募集が始まったのがこの頃です。本楼の高い位置に掲げられた【工冊會】の書、「工」が「互」とも見えた楽しげな文字の形を、印象深く覚えています。私個人としては、自分の入門期(37守, 2016年)の感門校長校話「伝承と継承」のデータをお預かりして、わずかばかり編集を加え、遊刊エディストに公開できたことが大切な思い出となりました。


 さて、この2019年を語るにふさわしい一冊は何か。

 同年に刊行・翻訳された本の中では、國分功一郎・互盛央『いつもそばには本があった。』モリー・バング『絵には何が描かれているのか』の二冊がまず候補に挙がりました。それぞれ『本から本へ』『デザイン知』とも重ねてみたい。1694夜『トポフィリア』から1729夜『牡猫ムルの人生観』に至る36冊もめくるめく陣容です。

 悩んだ末に、大好きな1715夜『リヒテンベルクの雑記帳』から連想の糸をたぐり、こちらの一冊を本棚から引き出しました。刊行は、2019年10月21日。


『コンテクストデザイン』渡邉康太郎


 本書が語るコンテクストデザインとは、それに触れたひとが、それぞれの「ものがたり」を生むことを意図した「ものづくり」の取り組みや現象のことをいいます。誤読、誤配、豊潤なカオス、同床異夢の詩情、文脈の捉え直し、価値の揺さぶり…。コンテクストの総体は常に変化し続け、聞き手は、読み手は、いつのまにか新たな語り手となり、書き手となってゆきます。イシス編集学校のように。

 本書の刊行記念イベント(ドミニク・チェンさん/『未来をつくる言葉』との対談)で、渡邉さんは「本は演奏を待っている楽譜で、書き込むことで完成する。本をひとりにして書き込まないでいるのは怠慢かもしれない」とおっしゃっていました。読むことと書くことが絡み合い、つながっているという実感は、多読ジムの毎日に鳴り響いています。

 世に放たれた弱い文脈は知らず識らずのうちにリレーされる。(…)それは微かなノイズだったのかもしれない。しかしそのノイズにこそ望みをかけたいのだ。その端緒にこそなにかが潜んでいる。

 私たちがこうして、ある年をもってある本を、ある本をもってある年を物語ろうとしている試みもまた、コンテクストデザインと呼べるのではないかと思います。そして、本書のあとがきが、良寛の「淡雪の…」の歌によって締めくくられていることに、インターテクスチュアリティの妙を感じずにはいられません。

 重陽の節句の夜、編集学校の20周年と、伝承と継承によって紡がれる永い未来に、心よりお祝いを申し上げます。この先、2020年のバトンは、みなさまお一人お一人の手のひらへ。書院の内に、外に、リレーがつながってゆくことを願っております。

  • 加藤めぐみ

    編集的先達:山本貴光。品詞を擬人化した物語でAT大賞、予想通りにぶっちぎり典離。編纂と編集、データとカプタ、ロジカルとアナロジーを自在に綾なすリテラル・アーチスト。イシスが次の世に贈る「21世紀の女」、それがカトメグだ。

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