多読ほんほん2018 冊師◎宮川大輔

2020/11/01(日)10:14
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 2018年5月に千夜千冊エディションが刊行開始されました。『本から本へ』の燃えるような表紙を見た時の胸が高鳴る気持ち、そこから前口上、目次へとドキドキしながらページをめくった時の手触りをよく覚えています。

 その頃のわたしは風韻講座:第十六座の月山座にいました。青々とした山並み、風にゆれる小さな白い花、日常の「注意のカーソル」が研ぎ澄まされ、刻々と移り変わる季節に対して敏感になりました。
その時の情景や気持ちを託した言葉は今でも大切に胸に残っています。

 7月7日の朝、西日本豪雨のニュースに驚きました。堤防が決壊し、浸水した町の惨状をみて、急いで友人に電話をかけました。幸いなことに友人は家族と夜中に避難して無事でしたが、大きな被害に心を痛めました。後日、家に戻ると天井近くまで水に浸かっていたそうです。

 2018年も政治、経済、社会の数多くのニュースが駆け巡りましたが、その中でもわたしにとっては自然災害が印象に残る年です。日本では西日本豪雨の他にも、北海道地震、大型台風による関西空港の冠水がありました。タイでは大雨による増水で洞窟から出られなくなった少年たちの救出、インドネシアではマグニチュード7・5の地震により多くの死者と行方不明者が出ました。

 人間もまた自然の一部としての儚い存在であることをあらためて思うとともに、四季折々の美しい自然に目を奪われるのは、与えられた環境の中で懸命に生きる姿がそこに表れているからかもしれないと感じました。

 2018年7月11日の千夜千冊は1679夜ハマラヴァ・サダーティッサ『ブッダの生涯』でした。その結びにはブッダの涅槃寂静が書かれていました。


   右の腋を下に、北を枕に、西を向いた。いくつかの話を
   アーナンダにして、そして、最後に一言、こう言った。
   「一切のものはすべて滅びる。精進努力しなさい」


 2018年の後半は41[破]の師範代として登板しました。大音冊匠(当時師範)がわたしの教室を担当して下さり、熱きご指導を頂きながらロールに邁進しました。その頃には編集学校に入り3年が経っていました。一つ一つの教室が系統樹のようにつながり、型やミームが伝承され、そこから新たな教室模様を描いていくのを実感しました。またそこを基点にした関係性は、横にもななめにも網の目のように連なり、編集の縁が星座として広がる宇宙にも感じました。
松岡校長の「編集」を引き継ぐ人々、編集学校がNEXT ISISに向けてさらに加速して、ここからどんな世界を描いていくのか、とても楽しみです。


2018年9月28日の千夜千冊は1686夜並川孝儀『ブッダたちの仏教』でした。

  仏教は「たくさんのブッダたち」を、時間と空間をともなって、
  また数々の仏身をともなって、つくりだしてきたのだった。

また、こんな言葉もありました。

  仏教は21世紀の世界思潮のいくばくかの思考領域や行動領域
  に食いこんで、何事かを少しずつおもしろくさせていくだろう。


 編集学校を重ねずにはいられない千夜千冊でした。2018年は1660夜『知のトップランナー149人の美しいセオリー』から始まり、1693夜『一芸一談』に終わる中に、仏教の本が二冊登場した年でした。


そうした2018年から連想して、2018年9月30日が初版のこちらの本を選びました。

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       『本を贈る』 三輪舎 
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 読者に届くまでの、本に携わる人達のエッセイです。著者、編集、校正、装丁、印刷、製本、営業、取次、本屋と、本をつなぐ編集のリレーを感じさせてくれます。どの工程にも、本への愛情と熱意に溢れていて、本を読者に届ける人たちの現場の声が聞こえてきます。

 表紙はタント紙を使い、布のような温もりがありながら、少しざらっとした手触りが心地よく、どこかしら古風な佇まいです。花布は茶と黄の二色で、表紙タイトルには「贈」の文字だけ金の箔押しがしてあります。奥付には印刷・製本に携わった各部門の人々の名前が映画のクレジットのように記されていました。

 藤原印刷株式会社の藤原隆充さんの書かれたエッセイのタイトルは「心刷」でした。その中に印象に残った一節がありました。


  自分たちが任された区間に全力を出すだけでなく、前区間の
  走者が疲れていればサポートに行くほどのスタンスで領域を
  跨いでできる限りのことをする。前後のセクションが絡み合
  い、協力することがこれからの本づくりに求められていると
  考えています。


 明日もきっとやってくると思いながら、明日はどうなるか分からないのが世の常ですが、激変する社会においては尚更その気持ちが強くなります。さまざまな局面において、その人に合わせて本を贈ることができる人でありたいです。道元の「一顆明珠」も思い出しました。また大事なものを引き継ぎながら、既存のありかただけに囚われずに、その場面ごとに必要な編集に奔走しながら、時に越境して、次へとつなぐ意志を持ち続け、挑戦することが大切だと思いました。編集学校20周年心よりお祝いを申し上げます。

 それでは2019年へ。スタジオ伴窓のカトめぐ冊師にバトンをお渡しします。


  • 宮川大輔

    編集的先達:道元。曰く、「指南の極意は3ぽん。すっぽんぽん、ウェポン、ぽんかん也」。裸の心と体を開き、言換えの武器を繰り出し、ポーンと投げカーンと回答してもらう。敢えて隙だらけの構えで、学衆を稽古に巻き込む場の達人。守破教室全員修了も達成した。

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