「夜学」からなぜハックの冒険へ? 10の千夜で、編集工学の本来と将来を読む【36[花]師範エディション】

2021/10/29(金)17:51
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読書にはマナーがある。いきなりガツガツ読み始めてはならない。まず表紙、そして目次、帯に袖に奥付けに、本文に入るまえに周辺情報をたっぷり堪能する。さながらレストランでメニューを舐めるように読み、想像力と食欲をかきたてるようなワンクッション。この食前酒のような時間を、松岡正剛は「目次読書」と呼んでいる。

 

■学びのまえに、何をすべきか

 

アペリティフを用意するのは、イシス編集学校でも同じである。読書が「読前・読中・読後」があるように、講座にも前菜がある。編集コーチ養成講座の[花伝所]では、開講に先立つことひと月前から濃厚なプレワークが課せられた。20名の入伝生は、自身の[守][破]の稽古体験を振り返るのみならず、校長松岡が次世代クリエイター育成のために自身のエディトリアルワークを語り尽くした秘伝のBooks seigowなる秘蔵映像や、『才能をひらく編集工学』を著した編集工学研究所専務安藤昭子による特別講義など、イシス編集学校選りすぐりの編集工学レクチャーを累計4時間以上視聴してから10月23日、入伝式に臨んだ

 

■いま読むべき10の千夜と、その順番とは

 

そのなかのメニューとして「千夜読み」もある。1785夜を超える千夜千冊から毎期、「入伝生が読むべき千夜」をその期のメンバーの個性や時代的背景などの与件を踏まえて花伝所の師範が提案。花目付が選定にあたる。今期はどんな10夜が選ばれたのか。

フルコースは、サラダ、スープ、ステーキ、デザートの順番でなら食べられても、逆からではうまく行かない。花目付深谷もと佳は、「並び順」にもありったけの意図を込めた。それを探りながら、オーダーどおりに平らげていただきたい。36[花]師範陣15名の思惑とともに紹介しよう。

 


36[花] 千夜多読仕立て 師範エディション10夜


●1『夜学』上田利男(759夜)[本から本へ]

岡本悟の提案だった。「花伝所は、英雄物語でいえばセパレーションの段階。異郷の[花]から、視点を変えて原郷[守]のワールドモデルを暗示したい」 秋の夜長に読み耽りたい一夜。

 

●2『ライティング・スペース』ジェイ・デイヴィッド・ボルター(1717夜)[編集力]

「ネット時代に対する校長松岡正剛の《見方づけ》と《予測づけ》が効いている」と読んだのが武田英裕。公開当初から、編集工学の起源、イシス編集学校の成長がつぶさに語られ話題となった千夜。[破]学匠原田淳子も47[破]師範代に贈った

 

●3『イメージ連想の文化誌』山下主一郎(1081夜)[編集力]

イシスとは、エジプト神話の女神の名である。では、そのイシスとオシリスはどんな物語なのか。なぜ校長松岡はこの神話を選んだのか。NEXT ISIS、DANZEN ISISを志向するなら、まずはアーキタイプを知る必要がある。

 

●4『身ぶりと言葉』アンドレ・ルノワ=グーラン(381夜)[ことば漬]

若き松岡正剛は、なぜ「遊」を作り、編集工学研究に向かったのか。編集エンジンを着火した一文が、ここにある。編集力とデザイン知の橋渡しをするのは、コミュニケーションの根本となる身体知。

 

●5『デザインの小さな哲学』ヴィレム・フルッサー(1520夜)[デザイン知]

『デザイン知』から3夜を提案したのが、デザイナー阿久津健だった。「デザインとは、脱・しるし化」 花目付林朝恵は「型を身につける窮屈な学びから、次第に型を自由に使う境地へたどり着けるように」とのエールを忍ばせる。

 

●6『想像力を触発する教育』キエラン・イーガン(1540夜)[デザイン知]

多くの入伝生は、編集工学への理解が足りないと引け目を感じる。そんなかつての自分に、と牛山惠子は遠慮がちに差し出した。「師範代には方法がある」と安心してもらいたいと願いを込めて。

 

●7『世阿弥の稽古哲学』西平直(1508夜)[芸と道]

世阿弥の「花伝書」に稽古思想をそっくりあやかった花伝所では、いわずもがなの絶必千夜。今回は選外になった『守破離の思想』(1252夜)とともに殿堂入り。

 

●8『大乗とは何か』三枝充悳(1249夜)[仏教の源流]

「守の師範代は、社会との接地面である」中村麻人が強調した見解に、深谷が共鳴。コップのお題を例に語られる「言い替えは大乗思想」には多くの入伝生が驚いた。

 

●9『うしろめたさの人類学』松村圭一郎(1747夜)※千夜千冊ED未収蔵

「編集稽古を贈与の文脈で語りたい」と贈与論を投げ込んだのが梅澤奈央。師範代になるのは、たんなる自分のためのスキルアップなのか。借りは返さなくてよいのか。深谷は「エディティング・モデル交換は贈り物に喩えられる」と応じた。

 

●10『ハックルベリー・フィンの冒険』マーク・トウェイン(611夜)[少年の憂鬱]

「編集は冒険である」と言いながら、安全なツアー旅行で満足しているのでは? 「編集は不足から」と言いながら、不足は埋めてなくしてしまえと思っていないか? 神尾美由紀は、編集稽古はどうあるべきか、常識金庫破りの泥棒少女になって徹底的に問い立てる。


 

■イシスはどこから来て、どこへ行くのか

 

『夜学』に始まり、千夜千冊エディション『デザイン知』にあたりつつ、『編集力』や『芸と道』なども配置。そして『ハックルベリー・フィンの冒険』に着地。順番に読むことで、イシスの本来と我々がむかうべき将来がおぼろげに浮かびあがる。

むらさき道場入伝生MJは、たびたび顔を出す「境界」のワードが気になったとつぶやき、わかくさ道場Tは学衆時代は救いを求める側だったと我が身に気づく。「コップお題を前にした瞬間から、菩薩道につながる門のウチに入っていたのかもしれない」 36[花]はこの10夜を慎独し、新たなエディティングスペースめがけて飛び出した。

 

写真:深谷もと佳

  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
    イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。

コメント

1~3件/3件

山田細香

2025-06-22

 小学校に入ってすぐにレゴを買ってもらい、ハマった。手持ちのブロックを色や形ごとに袋分けすることから始まり、形をイメージしながら袋に手を入れ、ガラガラかき回しながらパーツを選んで組み立てる。完成したら夕方4時からNHKで放送される世界各国の風景映像の前にかざし、クルクル方向を変えて眺めてから壊す。バラバラになった部品をまた分ける。この繰り返しが楽しくてたまらなかった。
 ブロックはグリッドが決まっているので繊細な表現をするのは難しい。だからイメージしたモノをまず略図化する必要がある。近くから遠くから眺めてみて、作りたい形のアウトラインを決める。これが上手くいかないと、「らしさ」は浮かび上がってこない。

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025