中国在住歴通算11年(!)の井ノ上シーザーがこのネタに取り組みました。大真面目にDUSTYな編集中華料理をお届けします。たーんとご賞味ください。
●――深夜に天津飯がやってきた:
ある夜中の2時ころに目を覚ましたシーザーの胸中に去来したのは「天津飯を食いてえ」という思いであった。欲望のトリガーが引かれるも深夜過ぎて外出する気になれない。有象無象の想念が脳内で渦巻いたあげくに「次は町中華でいこう」と決めた。編集禅機がやってきて、すとんと落ちた。
●――町中華をめぐる諸問題:
町中華は共感を呼び人を饒舌にさせる。
遊刊エディスト副編集長の金さんは「町中華のチャーハンが滅茶苦茶好き」で、お母さんは玉袋筋太郎さんの『町中華で飲ろうぜ』ファンらしい。
町中華をめぐる言葉はあふれるけどはとらえどころがない。「町中華ってなんなんだ?」と思案すると立て続けに問いが生じた。
「バーミヤンは町中華なのか否か」
「家系ラーメン店は町中華なのか否か」
「なぜ、町“中華”なのにカレーを出すのか」
考えるほどに湧き出る。そこで編集工学の出番である。
●――町中華を編集工学する:
町中華編集工学計画を開始する。今回はイシス編集学校の47[守]一客一亭教室(清水幸江師範代)と46[守]いいちこ水滸伝教室(松永真由美師範代)のLINEグループで協力をいただいた。
「わたしの身体の25%は町中華でできています」と言い切った神保惠美(47[守]一客一亭教室学衆)。東急多摩川線下丸子駅近くのお気に入りの町中華「聚楽園」(TEL:03-3756-8688)にて。大田区の商店街の端っこに位置しているところも、まことに町中華っぽい。「なんでも美味しいけど、四川ラーメンや五目焼きそばがお勧め」とのこと。神保惠美の目つきには「嘘だと思ったら食べてみな」と言わんばかりの自信と確信が満ち溢れている。シーザーはチャーハンとエビチリを味わいたい。
収拾した情報は、町中華の「要素」(部品、パーツ、部分)、「機能」(それが持っている性能や効力や可能性)、「属性」(そのものを外部から規定している諸情報)である。
◇要素:
古い看板、のぼり、食品サンプル、壁に貼ってある手書きのメニュー、少し前のお酒のポスター、有名人の黄ばんだサイン、頭上のブラウン管テレビ、野球中継の歓声、全体的に茶色い店内、煙草の煙、油のついた床、フライパンをあおる音、中華鍋、中華鍋とおたまのあたる音、火炎、店主の汗をふくタオル、カウンター、テーブル、椅子、お冷、ラーメン鉢、ギョーザのお皿、占いスタンド、回転式の調味料入れ、ラー油、酢、しょうゆ、テーブル胡椒はGABANかS&Bテーブル胡椒、威勢のいい店員の声、厨房に中国語で伝えられる注文、基本は醤油ラーメン、冬は味噌ラーメン、あんかけラーメン、チャーハン、水餃子もあるけれど基本は焼き餃子、中華丼、回鍋肉、から揚げ、マーボ豆腐、八宝菜、春巻、チンジャオロース、棒棒鶏、エビチリ、無駄のない接客(愛想はまちまち) 、常連さん、人情、汗をかきながら食べるお客さん、
ラーメン鉢の縁を飾る「雷紋」。
「方形のうずまき状の模様。中国で古代から愛好され、特に土器、骨器、彩陶、銅器などに施された」『日本国語大辞典』より
ラーメン鉢内側の雷紋は本場の中国にはない。日本的モード編集の産物だ。写真は青森県八戸市の「くるまやラーメン」でシーザーが食したチャーシュー麺(2022年5月21日)。ラーメン鉢にはやはり雷紋がほどこされている。
◇機能:
満腹にする、速く食事をとる、季節を運ぶ(冷やし中華はじめました)、部活帰りに空腹を満たす、自炊学生にプチ贅沢感を提供する、落ち込んだ気分を上げて帰らせる、親しみのあるおいしさを味わせる、顔なじみの静かな社交場、内輪の飲み会会場、居酒屋としても使える、家事を軽減させる、出前をしてくれる、月末ピンチな時の栄養源(ご飯大盛りにして1日一食で乗り切る的な)、孤独を楽しめる、
◇属性:
駅歩3分、一階店舗、定食屋さん、ボリューミーなランチどころ、落ち着いた関係のカップルに高コスパ、独り言を言っても違和感がない、夜遅くまで明るい、店舗が建ち並ぶところにある、店によって味に特徴がある、最初に入るとき少し勇気がいる、ボリュームに対して価格がリーズナブル、子供から大人までお客さん、商店街の端っこにある、一駅一つは必ずある、家族経営、つっかけで行ける、
要素・機能・属性はイシス編集学校[守]のお題にもある重要編集技法だ。3種類の情報の組み合わせで事象をいきいきと表現できる。町中華にはブルースが似合う。調子にのって作詞めいたフレーズを編み出す。
【町中華ブルース】
♪白い煙が吹き出す換気扇を横目に、いつもの暖簾をくぐった。
椅子に腰かけて、赤いカウンターに肘をつき、油が染みたメニューを手にとった。
栓抜きでコンコンと瓶ビールの王冠を叩いて、冷たいビールを小さなコップに注いだ。
備え付けテレビからはプロ野球のナイター中継。
観客の歓声を聞き、焼き餃子を待ちながらビールを飲み干すと、―――。
シーザーがファンである、ブルースシンガーの安富祖貴子さんに歌ってほしい。歌詞の続きはいかようにもつなげられる。
♪隣であんかけラーメンを頬張っている部活帰りの高校生~
♪ここは商店街の端っこの一階店舗、外には「登場しました冷やし中華」の食品サンプルとお月さま~
♪棒棒鶏をつまみに宴会してる常連さんを横目に、不倫カップルが小声で春巻きを注文した~
というふうに。冗長になりつつあるので町中華の“らしさ”を濃縮すると、
『飾らずに、ボリューミーに、懐かしく、賑やかで、それでいて寂しげで、家族経営的で、夜遅くまで明るい』。
といったところで、概ねの共感を得られるのではないか。それぞれの店には歴史的経緯があり多様性が生じている。そう。“多様性”は町中華を彩るキーワードだ。なので、チェーン店的均質性は町中華にはそぐわない。
●――町中華の“モード”と“コード”:
物事は「モード(様式・スタイル・様態)」と「コード(文化や技術の基本要素・規範)」でなりたっている。松岡正剛は好んで「たらこスパゲッティ」を例示して日本文化のモードとコードを解説している。
(たらこスパゲッティやつくねバーガーのように)日本人は素材で洋風と和風と洋風を区別したり、様式(スタイル)で和と洋を分けて感じることをしているということです。これを私は、素材による「コード編集」と様式による「モード編集」があるというふうに見ています。(略)日本は外国から「コード」、いわゆる文化や技術の基本要素を取り入れて、それを日本なりの「モード」にしていく、様式にしていくということが、古代からたいへん得意な国だったんですね。
『17歳のための世界と日本の見方』松岡正剛/春秋社より
なるほど。町中華という様式も日本的モード編集の賜物だ。
『飾らずに、ボリューミーに、懐かしく、賑やかで、それでいて寂しげで、家族経営的で、夜遅くまで明るい』。
町中華の「モード」は、“らしさ”にあらわれている。では、町中華の“コード”はどのようなものか。これが難問だ。町中華は本場・中国の中華料理のあり方と、ズレている部分がある。「なぜ、町“中華”なのにカレーを出すのか問題」も、この点に帰結する(下丸子の聚楽園も「カレー豚ロース」をメニューに載せている!)。一体どういうことなのか。ここで中華料理と母体である中国大陸へ目を向けよう。
(「ユーラシア編」」へ続く)
追記:アイキャッチはホリエ画伯から頂戴しました。「ぷっ」と笑える、コックのサイボーグ006張々湖につられて、文章のハコビも変化していきました。こういった相互編集もあるのですね。「マンガのスコア」もいよいよ大詰めです。そんな中、ありがとうございました!
井ノ上シーザー
編集的先達:グレゴリー・ベイトソン。湿度120%のDUSTライター。どんな些細なネタも、シーザーの熱視線で下世話なゴシップに仕立て上げる力量の持主。イシスの異端者もいまや未知奥連若頭、守番匠を担う。
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