「型」が音楽を運んでくる――瀬尾真喜子のISIS wave #16

2023/10/21(土)08:08
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

瀬尾真喜子さんはフランス・パリで学んだプロのピアニストである。瀬尾さんが新しいCD製作に悩んでいたとき、創発を生んだのは、イシス編集学校で学んだ「型」だった。「型を用意したら、必要な要素が流れ込んできた」。

 

イシス受講生がその先の編集的日常を語るエッセイシリーズ、第16回は瀬尾真喜子さんの音楽にまつわるエピソードをお届けします。

 

■■型のない不自由さを乗り越えて

 

 中学校の図書室は、古い木造の別棟にあった。放課後に、仲良しの惠子ちゃんと渡り廊下を走って図書室に駆け込むと、ストンと静寂の異空間にワープした。大きく息をして本の匂いを吸い込む。差し込んだ西日にホコリがキラキラ舞って、惠子ちゃんの髪の毛が茶色く透けて見える。図書室はわたしたちの秘密基地だった。 
 ここ数年、自分の音を気軽に手渡せるような、名刺代わりのCDがほしいと思っていた。しかし、「即興」は弾いたそばから霧散していく。一向に形にならないまま月日は過ぎた。クラシック音楽育ちのわたしが即興に夢中になったのは、窮屈な西洋音楽のタブーを破りたいという、パンク精神からだった。譜面から解き放たれて、ひととおり不良をやって気が済んだあたりで、不自由さを感じ始めた。望んでいたはずの自由を前にすると、音は予定調和に向かって流れ減衰していく。期待どおりに、爆発したり変容したり積み重なったりはしてくれない。それは型のない不自由さだった。

 

 が終わった日、ふと、型を使ってみようかと思い立ったら速かった。コンセプト、録音、マスタリング、ジャケット、ブックレット、CDプレス、と加速していき、1カ月半でCDアルバムが完成してしまった。わたしがやったという実感はない。型を用意したら、必要な要素が流れ込んできたのだ。「編集八段錦」が動き出した。

 

●編集八段錦


1.区別をする
 即興を誘発する火打ち石として、アール・ド・ヴィーヴル(「障害があっても、自分で選択していく人生を」という願いのもと活動するNPO)の皆さんの絵7作品を選ぶ


2.相互に指し示す
それぞれの絵を図形楽譜のように読み、絵から音を引き出して並べる


3.方向をおこす
耳を澄まして、音が行きたがっている方向を見極めて、冒険する


4.構えをとる
曲ごとのスタイル、モードを明確にし、個性を際立たせる


5.見当をつける
曲のオーダーを決め(カット編集術)、CD全体の世界観、物語の流れを見つける

 

6.適応させる
曲にタイトルとコメントをつけて、絵と音と言葉を三位一体にする


7.含意を導入する
一旦、絵と言葉から離れて、音に揺さぶりをかけて予定調和を崩す


8.語り手を突出させる
本番当日、絵、言葉、音、ピアノと一体になって弾き、録音する


 仲良しの惠子ちゃんは、やがて大人になり、編集学校に出会い、わたしを誘うことになる。今回、アートディレクションとデザインに加えて、CD製作全般をサポートしてくれたのが、惠子ちゃん――編集学校の先輩の牛山惠子さんだ。
 彼女とイシスの編集用語を駆使してCDのアイディアを出し合うなかで、秘密基地の記憶が蘇った。中学校の図書室で、惠子ちゃん発案の変なおばさんキャラの主人公が、救世主になるシュールなお話を作って飽きずに笑い転げていた毎日。すっかり忘れていた宝物のような思い出の鍵を開けたのは「編集八段錦」という型だった。型が記憶と音楽を私のもとに運んできてくれた。

 

松岡正剛が、情報編集プロセスを構造化したもの。[守]で学ぶ必携の型。詳しくは『知の編集工学 増補版』を参照のこと。

 

▲完成したCDアルバムMagical Tone(下段)と、CD制作のきっかけとなったアール・ド・ヴィーヴルのみなさんの作品(上段)。「アール・ド・ヴィーヴルの方々が描く絵を初めて見た時、絵が楽譜に見えたんです。絵の中で、音たちが、弾かれるのを待っているように感じました」と瀬尾さん。絵の下には、瀬尾さんが作曲した曲のタイトルと、絵から音が聴こえてきた瞬間についての言葉が添えられている。左から、①佐藤玲奈・絵「ジャングルのヒョウ」/曲「ケモノはおどる」/生き物のからだの中で 細胞はいつも踊っているのです ②伊藤愛梨・絵「海」/曲「太古の祈り」/海の底では太古の時代から たくさんの祈りが響いています ③奥津大希・絵「ヒロアカ」/曲「彼方の鳥」/異空間に迷い込んだら みちしるべは鳥の声です ④ケリー幸太エドワード・絵「water」/曲「水の精」/空と水が混ざり合うところで ふしぎな歌が生まれます

 

ひらめきは、神の気まぐれ100%ではない。こちら側のこころざしやまなざしも少なからず関与する。「やってくる偶然、迎えに行く偶然」。イシス編集学校を経た学衆の多くが実感する言葉です。瀬尾さんの「用意」が満ち満ちたとき、「」という触媒を手に、アール・ド・ヴィーヴルという飛びきりのピース=偶然を迎え入れました。創作の向かうべき「」を指し続けたのは、惠子ちゃんとの思い出の眩い体感。その中でシュールに躍動する「おばさんキャラ」こそ、瀬尾さんの求めてやまない自由の原型、かもしれませんネ。


文/瀬尾真喜子(49[守]きざし旬然教室、49[破]おにぎりギリギリ教室)
写真/宮坂由香、瀬尾真喜子
編集協力/福井千裕
編集/吉居奈々、角山祥道

 

●編集後記
2023年6月、ルーテル市ヶ谷ホールで開かれた瀬尾さんのピアノコンサートには、[守][破]の教室の仲間が駆けつけた。アイキャッチの写真を撮影したのは、49[破]おにぎりギリギリ教室の宮坂由香師範代。宮坂さんはプロのカメラマンでもある。本エッセイの編集を担当したのは、49[守]きざし旬然教室の福井千裕師範代。学衆×守師範代×破師範代というコラボでこの記事は誕生した。ちなみに瀬尾さんは、10月末開講の[守]師範代として登板予定である。

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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