「心身」と「私」が引き裂かれるような事態に見舞われて、人は医療に注意を向けはじめる。「医療」と「私」の関係はこのままでよいのだろうか。コロナ禍を経て、医療に今までとは違った目が向けられはじめた今こそ、医療という概念にメスを入れるときと背筋を伸ばすのが、順天堂大学で病理医を務める發知詩織と医学を学ぶ福田彩乃である。發知は2月に49[破]を終え、福田は8月に51[守]の受講を終えたところだ。發知の二人の子どもが寝静まった夜半に、密談が始まった。二人に問いを投げるのは、51[守]師範の阿曽祐子だ。
◆ゲームづくりに夢中
いま、二人が夢中になっているものが、二つある。
ひとつめは、ゲームづくりだ。福田は参加者として、發知はナビゲーターとして、目下進行中のMEdit Labの「レッツMEdit Q !医学をみんなでゲームする」に関わっている。医療を地にしたゲーム開発だ。ゲームづくりには、たくさんの情報を集めて、繋いで、仕組む必要がある。医学の知識と情報編集の方法を学べる贅沢なプログラムだ。40名近くの高校生、大学生が参加し、奮闘する。必ずしも福田のように、医療を学ぶ者ばかりではない。發知が担うのは、医学から遠い参加者と医学とをつなぐロールだ。自分の体験から医学の要素・機能・属性を見つけ出すワーク、ゲームづくりに欠かせないルール・ロール・ツール(ルル三条)編集のレクチャーをする。「難しい、、、。が、何としてもゲームを完成させる!」と福田が宣誓した。
※MEdit Lab=編集工学のメソッドを用いて医療と医学と社会を考える順天堂大学の医学部STEAM教育研究会の取り組み。
MEdit Labのレクチャーで遊びと学びを行き来するよう参加者を促す發知詩織。
MEdit Labでお題に取り組み、参加者の前で発言する福田彩乃。
◆終わらない編集稽古
ふたつめの夢中は、編集稽古だ。8月に卒門を決めたが、福田の編集稽古は終わっていない。大学の授業にも、電車の中にも、街歩きにも、日常のどこにだって型がある。片時も探さずにはいられない。守稽古で思い出深いのは、第1回の番選ボードレールで銀賞を受賞した一種合成作品「発酵+昇天=発酵昇天(ギャル)」である。どうにかアイディアを捻出したいとエントリー時刻の20分前まで粘った。決め手になったのは、直前に出かけた原宿で見たギャルたちの姿。かつては”チャライ”というマイナスイメージしか持てなかったのが、このときは彼女たちの革新性に注意が向いた。制服にメイクにつけま。伝統も前衛も抱き込んで新しいファッションを生む情報編集の天才と思えた。推敲の材料は身近なところにいくらでも転がっている。
發知は、編集稽古でも福田より半歩先を行く。数年前、上司かつMEdit Lab主催の小倉加奈子と共にMEdit Labの動画教材作りをスタートし、編集の型を使うようになった。恐いもの見たさが募り、ついにイシスに入門した。守を楽しんだ後、一服していた。が、MEdit Labのコラム執筆やワークショップ運営を担ううちに、破の4つの編集術(文体編集術、クロニクル編集術、物語編集術、プランニング編集術)に心が向き、破に進んだ。スモールステップを重ねて年表や物語を仕上げるプロセスに充実感を味わった。MEdit Labだけでなく、日常の中でも考える幅が広がっていることに驚く日々だ。
福田は、第82回感門之盟で教室仲間と守稽古を全うしたことを寿ぎあった。
◆医療と人の新たな関係に向かう
福田も發知も、目の前の二つの夢中の先に見ているものがある。
福田には、実現したい夢がある。「医療政策を考え、実行する立場に就いて、より多くの人に影響を与えたい」。憧れの人物として「中村哲」をあげた。医師でありながら、医師でない有り様を貫いて、誰も実現しえなかった活動をした中村氏のモデルに肖りたいという。
51[守]で特別講義を担当した大澤真幸氏は、中村氏のアフガニスタンでの活動に注目する。近著『資本主義の〈その先〉へ 』でも取りあげた。アフガン支援にあたって、多くの先進国の政府関係者やNGOは、自分たちの国のやり方を教えようとする。既に問題を解決し、民主主義を成功させた先行者として、最善の方法を教えてやろうというのが彼らの構え。が、中村氏は、およそ異なる。答えを知っている先行者ではなく、自らも自国で未解決の問題に直面する者として、現地に入り込み、問題と対峙し、解決のための方法を研究し、技術を習得しようとし続けた。例えば、用水路造りでは、最新の装置や機械を導入することではなく、江戸時代の日本の方法を導入するという解を見出した。そうでなければ、現地の人たちが自分たちで維持できないからだ。同じ地の上に立ち、困難な問題に向かう苦しみを分かちあったうえで事にあたる。大澤氏は、このような構えにこそ、行き過ぎた資本主義の閉塞を打破する可能性があると見る。
發知は「医療関係者ではない人々にも、医学を身近にしたい」という。多くの人にとって医療は病気になったらお世話になるものだ。が、本来の医療はそういうものではないと明言する。「有事の医療」から「平時の医療」への転換を実現し、早い時期から医療に親しめば、より豊かな「心身」と「私」の関係が結べる。發知のアタマの中には、たくさんの推論が連なっている。その先には、今はない社会像が見えている。
◆対談を終えて
突破後に第2子が誕生した發知は、病理医、STEAM教育研究者、そして、母親と何足もの草鞋を履く。そのうちに離も花伝所も多読ジムも受講しようと目論む。福田も、医大生、MEdit Lab参加者、インターン生と複数の草鞋を履く。対談当時は、迷っていた51[破]への進破を決めたばかり。自らの進化があってこそ、道が拓いていく。
◆イシス編集学校 第52期[守]基本コース募集中!◆
日程:2023年10月30日(月)~2024年2月11日(日)
詳細・申込:https://es.isis.ne.jp/course/syu
(MEdit Lab写真/後藤由加里)
阿曽祐子
編集的先達:小熊英二。ふわふわと漂うようなつかみどころのなさと骨太の行動力と冒険心。相矛盾する異星人ぽさは5つの小中に通った少女時代に培われた。今も比叡山と空を眺めながら街を歩き回っているらしい。 「阿曽祐子の編集力チェック」受付中 https://qe.isis.ne.jp/index/aso
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