京セラドームでプロ野球の日本シリーズが開幕した10月28日、豪徳寺では40期花伝所の入伝式が行われた。25名の入伝生は師範代になる道に向かって、原郷から旅立った。旅にはお供が欠かせない。入伝式では、頼れるお供の一つ「道場五箇条」をつくる。
社訓、営業の心得、人を動かす三原則。
私たちは社会に出てからも、さまざまな志や掟を目にし、与えられてきた。その多くはあやふやなまま忘れ去られ、いざ思い出したい時に出てこない。高価だけど使いづらい大きな壺みたいだ。対し、花伝所の「道場五箇条」は一線を画す。いつでも持ち出し、使える日常使いの器のようだ。私には、使い勝手よく、見た目も佇まいもよい漆椀に見えてくる。その様子を明かしたい。
「道場五箇条」の元となる原料は、1800を超える千夜千冊である。縦横無尽に時代や分野を横断した千夜千冊という年輪をもつ重厚な木材だ。そこから木取りを行うのは、花伝所の指導陣。毎期の旬を捉え、10夜を選ぶ。木材を切って削ってお椀を形づくるように、選んでは並べ、並べては組み直し、幾度も入れ替えて、この先の漆塗りを楽しみに待つぽってりとした漆椀の原型が生まれる。
40[花] 千夜多読仕立て
入伝式までに、入伝生は個々に10夜を読み、これから始まる未知と重ねて言葉をしたためる。木椀に下地塗りをしていくのだ。下地塗りは、木椀の状態を見て触って感じながら、刷毛で漆を塗り重ね、木の強度をあげる。この塗りで、木面は漆面に変わる。入伝生もまた、10夜をじっくりと読み解き、つなぎ合わせ、重なりを探求する。微細な木目の状態を感じるように、10夜の間、言葉と言葉の間にあるイメージを膨らませ、さらなる言葉を生み出してゆく。刷毛や漆が出来映えを左右するのと同様、10夜読みもまた、ここまでのイシス編集学校の[守]や[破]で学んだ編集術の使い具合で発想や連想が変わる。情報と情報を関連づける型「編集思考素」を用い、見つけた言葉同士のつながりを紐解き構造化させたり、[破]で学んだ知文術を持ち込んで文脈を描き、まだ見ぬ世界への期待も不安もまぜこぜになった情景をメッセージに仕立てる。刷毛に腕を預け身を任せて塗る職人のように、編集の型が入伝生の思考を動かし表現へと昇華させる。彼らは言葉を紡ぐことを通して、ここまでの道に楔を打った。
いよいよ入伝式。入伝生は道場ごとに分かれ、自分たちの10夜読みを「道場五箇条」へと練り上げる。道場メンバー5名はこの日が初の顔合わせ。人となりもわからずに、交わし合いをつくっていかねばならない。しかも、与えられた時間はたった35分。世間の企画会議に比べたら、半分以下の時間である。切羽詰まるしかないこの状況は、師範代になっていくためのしつらえなのである。
各々の道場が散り散りになり、本楼参加とオンライン参加をつないで、交わし合いが始まる。様子を伺う暇はない。オンラインもリアルも関係ない。画面共有したドキュメントに発言を次々にタイプし、情報の移ろいを視覚化することで、個人知を集合知に変えるトポスをつくるものがいれば、移ろう言葉のゆらぎを捉え、その先にある言葉を生み出すものもいる。入伝式冒頭の田中所長のメッセージを体内に響かせ、まさに今この場で創発を起こそうとしているのだ。
これから遭遇する困難や葛藤を感じる入伝生は、不安や怖れの気持ちを言葉に変えて、「道場五箇条」の資源にしてゆく。鎌で切れ目を入れ、木に創(キズ)をつけて漆が生まれるように、各々のメンバーの創を場に持ち出して、道場五箇条に塗り上げた。
以下が発表時の道場五箇条である。それぞれ色合いの異なる五箇条が結晶化した。
◆くれない道場
一、自分と他者の間をやわらかく
二、消極からのらせん
三、負を引き受ける
四、場をふくらませる
五、機をつかむ
◆わかくさ道場
1 「深」のモドキスト
2 「型」にカタリスト
3 「答」のウェルカムニスト
4 「乱」のツクリスト
5 「己」のソシキスト
◆からたち道場
一、観:隠れたものを観る
二、変:やわらかく変化する
三、身:身体で知る
四、重:稽古を重ねる
五、響:問いを響かせる
◆むらさき道場
一、注意のカーソル全方向に向ける
二、心を交わし合う、わからなさに向き合い受け止める
三、表面に表れていない部分を引き出す
四、切実さを受け止めて大きくして返す
五、人や場を生き生きとさせる編集
◆やまぶき道場
1 乱流をおこす
2 模倣・ものまね・なりかわる
3 すきの相互編集
4 初心を貫く
5 ワキになり代わってうたう
道場五箇条づくりはまだ終わらない。グループワークは中塗りであり、最後の上塗りはここからだ。
今週頭に開いた道場では、中塗りの終わったお椀を研ぐものもいれば、上塗り用の漆の調合を始めるものもいる。各道場のらしさや質感がさらに増している。出来上がるのが待ち遠しい。
この先の式目演習では、出来たお椀を使い込んでいくのだ。強度も愛らしさもある漆椀に、痺れる経験や自身のあらゆる創を、盛ったり食べたり洗ったりして、器を手に口に心に馴染ませゆくだろう。欠けたって大丈夫、金継ぎを施せばいい。不足や欠如こそが、さらに味わい深い器へ変えてゆくのだ。立ち現れる壁に怯まず、創を負うことを怖れず、邁進してほしい。約8週間後の式目演習が終わる頃、どれひとつ同じものがない、金継ぎが色濃く、深く、美しく入った漆椀が凛とした佇まいで並んでいるだろう。
イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
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41[花]花伝式目のシルエット 〜立体裁断にみる受容のメトリック
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