トライアスロン・ショーコの編集稽古――53[守]師範数寄語り

2024/06/10(月)08:00
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「トライアスロンに挑戦します!」。3月の感門之盟で、51[破]アスロン・ショーコ教室の師範代を終えたばかりの紀平尚子は、高らかに宣言した。約束を果たすべく、5月18日、紀平は東京の青白い島を前に、スタートラインに立った。53期[守]師範による「数寄語り」シリーズ。第三弾は、体育会系師範の紀平尚子が、スイム→バイク→ランのトライアスロン三間連結をレポートします。



白い海へ
 「ファーン」、エアフォーンの音が海辺に響き渡る。一斉にスタートする集団は、砂浜を走り、次々に海に入っていく。5m進めばもう足はつかない。そこはバトルだ。密集の中でクロールする手は絡まり合い、足で蹴られ、顔にぶつかる。安全な場所に逃げたくなるも、それを阻むのがゴーグルのレンズだった。レンズは曇り、真っ白な世界に迷い込み、海の中も外も見えやしない。あるのは海の塩辛さと次々に人と衝突する痛みだけ。恐怖が全身を包む。そしてゴーグルを外そうとしたその時、紐がパツンと切れた。このまま棄権という形でフィニッシュとなるのか。

▼スタート前の試泳に試みる▼泳げ、きひら

 

 

黄色の救世主
 黄色のボードに乗ったライフセーバーの声が近くに聞こえる。「ボードを掴んで!」その声に寄り掛かる。ライフセーバーが私のゴーグルを手にし、紐を固結びして返してくれる。「レンズを舐めるんだ!」と教えてくれた。
 すぐさまスイムの再開を試みる。海に潜れば海底までが鮮明に見えた。唾にはくもり止め効果があるというわけだ。私は自由に腕を回し、めいっぱい推進力を得て、泳いだ。

 1.5kmの距離を辛くも完泳。次なるパートはバイク。新島の応援者の声と海の風がペダルにエナジーを与えてくれる。ひときわ「309~(さんまるきゅ~)」と私のゼッケン番号を言って声援を送るおっちゃんの声が耳に残る。さらに海の景色を目の前に速度45kmで坂道を下る開放的な気分に高揚する。笑顔でゴールテープを切りたい、ガッツポーズをする姿を思い浮かべた。▼海の風が心地よいバイクパート


ラストボスとの闘い
 さあ最後はランパート。5kmのコースを2周回。島の太陽が容赦なく降り注ぐ中、ラストボスとの闘いだ。はじめに訪れたのは急傾斜の登り坂。120だった心拍数は2分を経たずして190を越えた。それは運動強度の限界値を示す。どうやったら足が前に進むのか、バイク後の足は主人の言うことを聞いてはくれない。ひたすら感じる苦痛。
 下り坂に入れば、右の前ももの筋繊維の一部がビクッとした。即座に裏ももを使うランニングフォームへと修正をかけた。ビクン、今度は裏ももが主人に反攻する。右足に危険を感じたため、左足を頼りにする。作戦を次々に切り替えるしかなかった。足はちっとも早くは動かないが、思考速度を加速させた。攣りながら体を編集するのだ。
 「あと一周!」と声援を受ける。「まだ一周もあるの?イヤだ」と心の中で言い返した。永遠にも感じる登り坂、既に周囲の声に応えることはできなかった。下り基調になっても、全身で呼吸をし、一歩一歩進むことだけが勝負だった。あと300m、手の振りを小刻みにしゴールに向けていった。
 50m、10m…「紀平選手ゴールです」と場内アナウンスの女性の声が右耳に響いてくる。そして青年がそっとタオルをかけてくれた。青年の振る舞いとタオルの生地がとても優しかった。

▼死にものぐるいのランパート

 

 レースは想像以上に過酷だった。が、時計をみれば、3時間00分というタイム。目標タイムを達成した初レースとなった。
 編集稽古というものは決して楽ではない、しかしありがたいことに、めっぽう楽しい。そう感じるアスロン・ショーコの挑戦だった。▼目標達成の爽快感

 

(アイキャッチ:53[守]師範・阿久津健)

  • 紀平尚子

    編集的先達:為末大。
    アスレ・ショーコにアスロン・ショーコ。自身の名前を冠する教室名をもつ編集学校では希少な体育会系の師範。本業は女子バスケットボールのアスレチックトレーナーで、2023年には全国6連覇を達成した。叩かれて叩かれて心が折れてもめげない、笑顔とガッツの編集体力が持ち味。

コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。