藤と連句と――53[守]師範数寄語り

2024/06/02(日)08:03
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53期[守]師範による「数寄語り」シリーズの第二弾は、イシス歴16年目という福澤美穂子だ。着物もワンピースも着こなし、粋人と少女とを共在させる福澤は、10年前の師範代時代に学衆の回答に胸キュンしたことも、昨夜の53守の師範代の奮闘に惚れ惚れしたことも、等しく鮮やかに蘇らせる。数寄を遊び尽くす晩春の座模様が、ここに立ちあがります。


 

橋の向こう

 

 東京メトロ半蔵門線錦糸町駅に降り立った。目指すは亀戸天神社。藤の名所として名高いはずだが、地下鉄構内には案内もなく、周辺地図にも載っていない。不安に思いつつ地上に出て、歩き始める。寂しげな道をさ迷いながら歩くこと10分ほど、石碑を発見。よかった、間違っていない。橋を渡った川の向こうは、にぎわっていた。別天地だ。歩道には「藤祭り」の旗がはためく。

 境内に入ると藤の香りに包まれた。そのまま道なりに進み、正面の真っ赤な橋を渡る。本殿が見えてきた。あとでお参りしようと思いつつ、神楽殿を探す。すぐ脇に、あった。桜と月が描かれた舞台に着物姿の人が出入りしている。12時。どん、と太鼓が鳴って、伝統的な俳句(連句)の儀式である正式俳諧(しょうしきはいかい)が始まった。

 

ゆかしい舞台

 

 厳かに宗匠が登場する。続いて、脇宗匠の入場だ。さらに神主が同席する。花が生けられ、硯が運ばれる。見どころは、執筆(しゅひつ)による文台捌き。水引をピンと張る仕草がかっこよい。所作が一段落すると、いよいよ付け句だ。舞台上の連衆が短冊に句を書いて執筆に渡す。執筆は受け取って、隣に座る宗匠に渡す。宗匠は内容を確認し、脇宗匠に渡す。問題がなければ、戻された句を執筆は懐紙に書き留める。小降りの雨の中、通りすがりの観光客も足を止め、真剣に見入る。やがて一巻が巻き上がった。執筆が紅白の水引を用いて綴じる。そして声に出して、読み上げる。単なる音読ではなく、節がつく。句は、歌だったのだ。二回繰り返される花の句は、ハイライト。さらっと挙句が詠まれ、天神様に一巻を奉納して、正式俳諧は終了した。

 連句については、先日のこちらの記事(小原(濤声)昌之のISIS wave)に詳しい。発句に続いて、七七の短句、それから五七五の長句を交互につけていく文芸だ。お付き合い、つかぬ事を伺いますが、花を持たせる。このような言い回しは連句に由来する。一巻は、決して既出の内容に戻らず、常に新たな話題を展開しながら進む。森羅万象を詠み込む壮大な遊びである。

 

実作会

 

 その後、社務所の2階で、7つの座に分かれて実作会が始まった。座名は、竹林の七賢人に肖ったもの。私の席は「劉怜座」だ。捌き手は事務局長の有子さん。発句を詠むために前もって亀戸天神を訪れいくつも考えたそう。毎年同じ時期に同じ場所で正式俳諧を行なうので、新鮮味を出すのに苦心されたそうだが、初めて参加した身にとっては今ここの場が詠まれた味わいのある句。連衆からもっとも票を多く集めた「広重の橋をくゆらす藤の雨」が発句になった。

 続く脇句は、連句歴40年のTさんによる橋を往来する人を詠んだ句が取られた。人は景色の一部として登場するので、場の句になるという。第三の句は、歌人であり俳人であるKさんの貌鳥の句。往来の人に紛れた鳥のような顔つきの人を詠んでいるので、こちらの句は人情句になるそうだ。人も鳥も、カメラの当て方次第で意味合いが変わる。自分ひとりでは気づかない見方ができて、おもしろい。四句めは、軽く詠むのがお約束。わたしの句「ふとしやつくりが止まらなくなる」を取っていただいた。

 一巡すると場がくつろいで、飲み食いが始まる。すでに午後2時。お腹減った、と食事に心を奪われてはいけない。お弁当を開けるが、そのあいだも句を出すように促される。しかし、出してもなかなか取られない。いっそ早くお弁当を食べ終えて句作に専念するほうがよいのか。さらに紙コップが配られ、お酒が注がれる。勧められるがままに日本酒を口にし、思考力がどんどん落ちてゆく。やっと取られたのは、ちょうど半分を越えた名残の表の折立「三十年買ひ換へてない扇風機」。

 その後も苦悩しつつ、採用されない時間ばかりが続く。終盤になり、句が少ないから挙句をよろしくね、と頼まれた。かろうじて出した句に、皆が首をひねる。うーん。もう考えつかないよ。そこへTさんが一直してくれた。言葉一つ入れ替えただけで、ぐんと格調高くなる。かくしてわたしの句となった挙句は「大掃除して暮るる大寺」。元の句がどんなだったか、忘れてしまった。

 連句はこのようにみなでああだこうだ言い合って推敲する。それが楽しい。自分の句であって自分の句でなく、みんなのものになっていく。自分ひとりでは出てこない言葉に出合える。一期一会、このとき限りの場。

 

 次は10月に、深川芭蕉記念館で正式俳諧が行われる予定だ。

 

(アイキャッチ:53[守]師範・阿久津健)


●53[守]師範数寄語りシリーズ

#1 黄色い地球、土佐文旦(若林牧子)

  • 福澤美穂子

    編集的先達:石井桃子。夢二の絵から出てきたような柳腰で、謎のメタファーとともにさらっと歯に衣着せぬ発言も言ってのける。常に初心の瑞々しさを失わない少女のような魅力をもち、チャイコフスキーのピアノにも編集にも一途に恋する求道者でもある。