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『NEXUS 情報の人類史 下』×3× REVIEWS
- 2025/05/09(金)07:58
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松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。
歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの最新刊『NEXUS 情報の人類史』(河出書房新社)を読み解く2回目。今回はAI革命をテーマにした「下巻」に挑みます。ハラリは、AIに依存する現代社会の未来をどう予測しているのか。3人の読みを重ねます。
●●●『NEXUS 情報の人類史 下――AI革命』×3× REVIEWS
●1 AI監視社会ではない、別様の社会を想像する
第6章 新しいメンバー──コンピューターは印刷機とどう違うのか
第7章 執拗さ──常時オンのネットワーク
上巻の最後は「AIによるルール・ロール・ツールの変化」が語られた。では、AIの進化が、どのような社会を生み出すのか。
スタバで友人との他愛もない会話。1人でゆっくり読書。そうした時間も24時間監視されていたら。言動だけでなく心という情報まで盗られていたら。リラックスできる時間のない、”常時オン”が求められる社会。これは映画の話ではなく、AI官僚の登場により、刻一刻と近づいている現実である。
コンピューターに善悪はない。諸刃の剣をどう使うかが今我々に問われているのだ。コンピューターは人間の拡張であるが、同時に人間を変える。chatGPTを学ぶことに必死になる前に、次の社会を想像しなければならない。今こそ新たな物語が必要なのだ。(多読アレゴリア【OUTLYING CLUB】柳瀬浩之)
●2 アルゴリズムが自由を阻害する
第8章 可謬──コンピューターネットワークは間違うことが多い
第9章 民主社会──私たちは依然として話し合いを行なえるのか?
AIの脅威は、様々な既存システムを壊していくが、その力は、民主主義というシステムにさえおよぶ。
コンピューターは無垢ではない。独自の根深い偏見を持っている。それは、データベースの中にある人間の差別意識の投影にほかならない。SNSのアルゴリズムの偏りがロヒンギャの虐殺を導いたように、アルゴリズムやAI依存により、自由な討論さえ統制され、民主的な情報ネットワークの崩壊が始まっている。
皮肉にも、高度な情報テクノロジーでは民主主義の根幹である大多数の合意が難しい。人類は今、生物以外が歴史に関与するという新しいフェーズの中で、あらゆる既存のシステムの破壊が起きている。さらなる破壊か再生となるかは、人の物語の書き直しが必要だ。(55[守]師範・北條玲子)
●3 「離見の見」で世界と自分を更新する
第10章 全体主義──あらゆる権力はアルゴリズムへ?
第11章 シリコンのカーテン──グローバルな帝国か、それともグローバルな分断か?
エピローグ
AIの登場が、歴史に転換点をもたらす。この先がどのような世界になるかは我々の選択次第だ。何が鍵を握るのか。
各国のAI開発競争は何をもたらすのか。ハラリは、アルゴリズムによって世界が全体主義に席巻されるデストピアを予言する。世界を滅ぼすのは原爆やウイルスではない。AIが、他者を信じられない社会を生み出すのだ。例えばプーチンのロシアのような独裁主義の国は、容易に権力者がAIに取ってかわられる。ビジネスでも寡占化が進む。今や米国最大の衣料品小売業者はAmazonだ。
スマホやPCを使っている限り、アルゴリズムから自由になることはできない。ではどうしたらいいか。ハラリの見方に「日本という方法」を重ねるならば、おそらく必要なのは、世阿弥のいう「離見の見」だ。自分の見方や手にした情報をいったん捨て、離れたところから世界をもう一度、見る。自分と情報ネットワークとを常に修正・更新するのだ。私たちはAIの隷属者ではないのだから。(多読アレゴリア【勝手にアカデミア】み勝手・角山祥道)
『NEXUS 情報の人類史 下――AI革命』
ユヴァル・ノア・ハラリ著/柴田裕之訳/河出書房新社/上下各2200円(税込み)

◆下巻目次
第Ⅱ部 非有機的ネットワーク
第6章 新しいメンバー──コンピューターは印刷機とどう違うのか
連鎖の環/人間文明のオペレーティングシステムをハッキングする/これから何が起こるのか?/誰が責任を取るのか?/右も左も/技術決定論は無用
第7章 執拗さ──常時オンのネットワーク
眠らない諜報員/皮下監視/プライバシーの終わり/監視は国家がするものとはかぎらない/社会信用システム/常時オン
第8章 可謬──コンピューターネットワークは間違うことが多い
「いいね!」の独裁/企業は人のせいにする/アラインメント問題/ペーパークリップ・ナポレオン/コルシカ・コネクション/カント主義者のナチ党員/苦痛の計算方法/コンピューターの神話/新しい魔女狩り/コンピューターの偏見/新しい神々?
第Ⅲ部 コンピューター政治
第9章 民主社会──私たちは依然として話し合いを行なえるのか?
民主主義の基本原則/民主主義のペース/保守派の自滅/人知を超えたもの/説明を受ける権利/急落の物語/デジタルアナーキー/人間の偽造を禁止する/民主制の未来
第10章 全体主義──あらゆる権力はアルゴリズムへ?
ボットを投獄することはできない/アルゴリズムによる権力奪取/独裁者のジレンマ
第11章 シリコンのカーテン──グローバルな帝国か、それともグローバルな分断か?
デジタル帝国の台頭/データ植民地主義/ウェブからコクーンへ/グローバルな心身の分断/コード戦争から「熱戦」へ/グローバルな絆/人間の選択
エピローグ
最も賢い者の絶滅
■著者Profile
ユヴァル・ノア・ハラリ( Yuval Noah Harar)
1976年生まれ。イスラエルの歴史学者。ヘブライ大学歴史学部教授。石器時代から21世紀までの人類の歴史を概観する著書『サピエンス全史』(2011年)は、2014年に英訳、2016年に日本語訳されるなど、あわせて50か国以上で出版されベストセラーとなった。フェイスブックの創始者ザッカーバーグは、同書を「人類文明の壮大な歴史物語と評した。オバマやビル・ゲイツも同書の愛読者と言われる。巨大AIに関しては一貫して警鐘を鳴らし続けている。
出版社情報
●●●3× REVIEWS(三分割書評)を終えて
複雑な社会に生きていると、正解がわからず、つい何かにすがりたくなる時がある。法律、科学、尊敬する人の言葉など……今後はそれがAIなのかもしれない。だが私たちは、これからも何かひとつに正解を委ねてはいけないのだろう。安易な答えに走ってはならないのだ。「わたし」も社会も、自分たちの手で修正・更新し続ける決意と覚悟が必要とされている。(チーム渦・柳瀬浩之)
●●●『NEXUS 情報の人類史(上巻)』×3× REVIEWS はこちら
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