昆虫観察には、空間の切り取りに加えて、時間軸を切り裂くハサミをタテヨコ自在に走らせるのもおすすめ。この天使のようなミルク色の生き物は、数十分間の期間限定。古い表皮を脱ぎ捨てたばかりのクロゴキブリです。
松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。
今回は、作家で社会学者の池上英子さんとイシス編集学校学長で新書『不確実な時代の「編集稽古」入門(朝日新書)』も発売されたばかりの田中優子さんとの共著『江戸とアバター 私たちのうちなるダイバーシティ』を取り上げます。
推薦人は、本書が先達文庫であるチーム渦ライターの長谷川絵里香。「江戸」と「アバター」、現代社会では遠近を感じる二つの要素も編集的視点を地にすれば、関係線を発見することができるのでしょうか? ゲスト評者によみかき探Qクラブの松井路代さんを迎えてお届けします。
●●● 3× REVIEWSのルル3条
ツール:『江戸とアバター 私たちのうちなるダイバーシティ』
池上英子/田中優子(朝日新書)
ロール:評者 松井路代/角山祥道/長谷川絵里香
ルール:1冊の本を3分割し、それぞれが担当箇所だけを読み解く。
●1st Review
序章 江戸と仮想世界―二つの覗き窓から(田中法政大学総長との出会い、ニューヨークと江戸が繋がった ほか)
第1章 落語は「アバター芸」だ!―柳家花緑さんとの対話(噺家は「劇団ひとり」、噺家はマリオネット ほか)
社会学者と落語家が意気投合した理由
社会学者・池上英子は、江戸時代の隠れ家的ネットワーク「パブリック圏」の研究をしてきた。例えば、表では武士である人物が、別の名前で狂歌師をしている。現代のウェブ空間はその相似だ。池上がアバターの姿で飛び込むと「発達障害」とされる人たちが才能を開花させていた。落語には与太郎など、滑稽なふるまいをするキャラクターが登場する。AHDHなんて呼ばず、洒落で笑う方法を暗示することで、懐深いコミュニティづくりに寄与していたのではという仮説が、柳家花緑との対話で語られる。
編集かあさん家では「探偵ナイトスクープ」を10年見続けてきた。市井のちょっとヘンでおもしろい人たちが登場する。笑ううち、うっすらと「人間とは」「社会とは」が見えてくる。落語はその原型だった。(【よみかき探Qクラブ】書民・松井路代)
●2nd Review
第2章 「アバター主義」という生き方(東の崋山、西の崋山―江戸は「マルチ・バース」、自由と多様性 ほか)
固定化したわたしも○○ファーストもゴミ箱へ放り込め
多様性だのダイバーシティだの概念を弄ぶうちに、すっかり世の中は小さくなってしまった。何が○○ファーストだ。笑わせンな。こいつの破壊力に立ち向かうには、自己内の数多の「アバター」を乗りこなすことだ。例えば江戸の俳諧サークルは、現実の属性や秩序とは異なるマルチ・バース(多元的宇宙)を作り出した。これなら排他主義にゃ染まらぬ。そもそも江戸人は俳号など複数の名を持ち世を往来した。アバターが増えりゃ行き来する世界もネットワークも増え、それは他者(自分と違う思考)の受容へと繋がる。発達障害をアバター的多様性と読み替えたのが著者の工夫で、アバター主義は一世界に固執しない方法でもあった。さあ、仮面をつけて世界を回遊しようか。(【勝手にアカデミア】み勝手・角山祥道)
●3rd Review
第3章 江戸のダイバーシティ(自分を多様化する生き方、「家でないもの」から「別世」へ ほか)
終章 アバター私の内なる多面性(はっきりしてきたアバターの姿、アバターには魅力的な未来がある)
別世から生まれいづるもの
江戸文化研究者の田中優子氏がなぜISIS編集学校の学長なのかがすとんと落ちた。編集学校の仕組みと可能性は江戸時代の「連」そのものだからだ。技術者、文化人、文人らが「家」と共に別世「連」に生き、ここで浮世絵、狂歌、落語が生まれた。 江戸時代の人々は、たくさんのアバターとして別の名を持ち「別世」に生きることを当然としていた。いわば現代のSNS等バーチャル世界に似ているが、現実と別世は決して対立概念ではなかった。連は時に本質的な私に出会い、たくさんのわたしを人々との関係性の中で発見する場。「わたしの中の多様性を社会のなかの多様性に広げていくことこそ必要」という結びは、編集学校の向かう未来へと重なる。(チーム渦・長谷川絵里香)
■書籍情報
『江戸とアバター 私たちのうちなるダイバーシティ』
池上英子 田中優子/朝日新書/発行2020年3月30日/980円(税抜)
■目次
序章 江戸と仮想世界―二つの覗き窓から(田中法政大学総長との出会い、ニューヨークと江戸が繋がった ほか)
第1章 落語は「アバター芸」だ!―柳家花緑さんとの対話(噺家は「劇団ひとり」、噺家はマリオネット ほか)
第2章 「アバター主義」という生き方(東の崋山、西の崋山―江戸は「マルチ・バース」、自由と多様性 ほか)
第3章 江戸のダイバーシティ(自分を多様化する生き方、「家でないもの」から「別世」へ ほか)
終章 アバター私の内なる多面性(はっきりしてきたアバターの姿、アバターには魅力的な未来がある)
■著者Profile
池上 英子(いけがみ えいこ)
ニューヨークを拠点とする社会学者。ニュースクール大学大学院教授、プリンストン高等研究所研究員。著書に『ハイパーワールド:共感しあう自閉症アバターたち(NTT出版)』、『自閉症という知性(NHK出版新書)』、『美と礼節の絆: 日本における交際文化の政治的起源(NHK出版)』などがある。
田中 優子(たなか ゆうこ)
江戸文化研究者。法政大学名誉教授、イシス編集学校学長、ビジネス・パーソンを対象としたハイパー・エディティング・プラットフォーム[AIDA]ボードメンバー。著書に『江戸の想像力(ちくま文庫)』ほか、松岡正剛校長との問答シリーズ『日本問答(岩波新書)』、『江戸問答(岩波新書)』、『昭和問答(岩波新書)』がある。
●●●3× REVIEWS(三分割書評)を終えて
世相に思うことは山ほど出てきたけれど、私は「多様性」を愛でたい、「多様性」に遊びたい、「多様性」を重ね合いたい。
編集/チーム渦(大濱朋子)
■■■これまでの3× REVIEWS■■■
・鷲田清一『つかふ 使用論ノート』×3×REVIEWS(43[花])
・前川清治『三枝博音と鎌倉アカデミア』×3×REVIEWS(勝手にアカデミア)
・四方田犬彦編『鈴木清順エッセイコレクション』×3×REVIEWS(勝手にアカデミア)
・ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史(上巻)』
・ユヴァル・ノア・ハラリ『NEXUS 情報の人類史(下巻)』
・高見順『敗戦日記』×3×REVIEWS(勝手にアカデミア)
・デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』×4× REVIEWS(44[花])
・東畑開人カウンセリングとは何か 変化するということ』×3×REVIEWS
・池上英子/田中優子『江戸とアバター 私たちのうちなるダイバーシティ』×3×REVIEWS
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
数学にも社会にも「いい物語」が必要―津田一郎 56[守]特別講義
数学は、曖昧さを抱え、美しさという感覚を大切にしながら、意味を問い続ける学問だ。数学者津田一郎さんの講義を通して、そんな手触りを得た。 「数学的には手を抜かないように、それだけは注意したんです」 講義終了後、学林局 […]
巻き込まれの連鎖が生んだもの――宇野敦之のISIS wave #73
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。 「いろいろ巻き込まれるんです…」と話すのは、[守][破][物語][花伝所]とイシスの講座を受講した宇野敦之さん。一体何に巻き込まれた […]
新しいことをするのに躊躇していたという増田早苗さんの日常に、突如現れたのが編集稽古でした。たまたま友人に勧められて飛び込んだ[守]で、忘れかけていたことを思い出します。 イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を […]
【書評】『熊を殺すと雨が降る』×5×REVIEWS:5つのカメラで山歩き
松岡正剛のいう《読書はコラボレーション》を具現化する、チーム渦オリジナルの書評スタイル「3×REVIEWS」。 新年一発目は、昨年話題をさらった「熊」にちなんだ第二弾、遠藤ケイの『熊を殺すと雨が降る 失われゆく山の民俗』 […]
正解のないことが多い世の中で――山下梓のISIS wave #71
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。 上司からの勧めでイシス編集学校に入ったという山下梓さん。「正確さ」や「無難さ」といった、世間の「正解」を求める日常が、 […]
コメント
1~3件/3件
2026-02-24
昆虫観察には、空間の切り取りに加えて、時間軸を切り裂くハサミをタテヨコ自在に走らせるのもおすすめ。この天使のようなミルク色の生き物は、数十分間の期間限定。古い表皮を脱ぎ捨てたばかりのクロゴキブリです。
2026-02-19
棚下照生。この忘れられたマンガ家が、最近、X(ツイッター)で話題になっていた(なぜかは知らないが)。大人漫画のタッチで劇画を描くという、今となっては完全に絶滅した手法が、逆に新鮮に映るのかもしれない。代表作『めくらのお市物語』は、連載当時、大変な人気で、映画やテレビドラマにもなったのだが、現在では、タイトルに問題アリで、復刊の目途もない。もしも古本屋で見かけることがあったら絶対買いです。
2026-02-17
小川の水底での波乱万丈を生き抜き、無事に変態を遂げた後は人家の周りにもヒラヒラと飛んできてくれるハグロトンボ。「神様とんぼ」の異名にふさわしく、まるで合掌するかのように黒い翅をふんわり広げては閉じる。