かつて「大人マンガ」というジャンルがあった(詳しくは「マンガのスコア 園山俊二」参照)。この周辺には、ファインアートと踵を接する作家たちが数多く存在する。タイガー立石もその一人。1982年、工作舎から刊行された『虎の巻』は、まさしくオトナのためのマンガの最極北。いいお酒といっしょにちびちび味わいたい。
記念すべきISIS wave第1回の書き手・医師の石川英昭さんが、再びの快挙です。『幸せな老衰 医師が伝える 叶えるための「3つの力」』(光文社新書)を上梓したのです。
石川さんの「執筆の秘密」を探るべく、チーム渦の大濱朋子がインタビューしました。
●看取るという覚悟
――新書出版おめでとうございます。今、どんなお気持ちですか?
本屋で平積みされた本を見ると、とても達成感があります。医師として、日々多くの高齢者の診療と看取りに立ち会ってきた経験から、老衰とは何か、老いの旅路を幸せに歩むためにどうすれば良いのか、現役医師が《老衰》に真正面から取り組んだ初めての本ではないでしょうか。患者さんやご家族だけでなく、同じ医師からも「これで老衰について勉強したい」という声をもらい、背筋が伸びる思いです。老衰について語る医者という一つのモデルとして、これまで看取ってきた方々の思いを引き継ぐ、そんな覚悟も一層深まりました。
――本では幸せな老衰を迎えるためには3つの力が大切だと強調されています。「丁寧に過ごす力」「誰かを頼る力」「上手に諦める力」。しかし諦める力とは強烈な言葉ですね。
はい、一見ネガティブにとらえられがちな言葉ですが、諦めるに至るまでのプロセスが大事です。昔、あるお坊さんと対談した際、仏教で「諦める」の語源は「明らかにする」だと知りました。諦める境地に行くこと自体が尊いのだと、その時感じたのです。患者さんも諦めざるを得ない時がある。だから諦めていただいたからには、看取りを引き受ける覚悟を最後は自分が持とうと思っています。
本の最終章には、看取りに至るリアルな現場を紹介しています。患者だったらどうか、親を看取る場合はどうかなど、シミュレーションしながら読んでもらえたらと思います。
●編集稽古の延長に
――石川さんは、イシスの基本コース[守]と応用コース[破]を受講されました。編集稽古をしていたら、本が書けてしまうのですか?
実は、入門前にも電子書籍は出していて、本を書きたいという思いはありました。そのために編集学校に入ったというのもあります。稽古で学んだ〈5つのカメラ〉や〈編集思考素〉は文章を書く時に使いますし、今回もイシスで重視している「3」という数字を意識してメインメッセージを組み立てました。〈三位一体〉や〈三間連結〉など、3には人の理解を超えた不思議な力がありますよね。それに、[破]の師範代に言われた「読み手に委ねなさい」という言葉は、5年経った今でも生きています。
――執筆には〈編集〉が活きていたんですね。
編集学校では回答に師範代からの指南が返って推敲を重ねていきますよね。担当編集者さんとのやりとりには、少し共通する部分がありました。例えば、章立ては当初まったく違うスタイルだったのですが、「普通すぎる」と言われ、タイトルの『幸せな老衰』を回収する流れにガラッと変えました。よく師範代にも「平気でちゃぶ台返しをするからえらいね」と言われたのですが、完成間近にゼロに戻すことに抵抗がないんです。一度バラして組み直すことは、ものすごく編集っぽい作業だと思います。
●揺らぎと共に続いていく
――本を書くきっかけとなったのが、あるご家族との出会いだったとか?
患者さんの家族から「老衰って何ですか?」と質問されたことが大きくて。気付かされたのは、老衰という用語の理解が千差万別で、グラデーションがあるということでした。それはそれで構わないのですが、この使い方のずれが今の医療を象徴していると思います。老衰と聞いてすごく戸惑う人、老衰だから何もしなくていいという人。患者だけでなく医師の中にもそのずれはあって、いろんな場面で老衰という言葉が使われている。そのすり合わせができていないのが現場の現状です。
――石川さんはそんな現状に一石投じたというわけですね。
私は当たり前のように使われる言葉を疑うことが好きなんです。
医療従事者と患者が協力して治療方針を決めるプロセスを「共有意思決定」というのですが、意思決定の意思って何だろう、とか、自由意志ってあるのかな、とか。熱で朦朧としてる時と頭がスッキリしている時の意識って違うでしょ。認知力が衰えてきた時期の意識も違う。すごく揺らぎがあるのに、決定したらそれが未来永劫その人を縛るのというもおかしいと思うんです。だから老衰を、「死」を修飾する“形容詞”的なものではなく、高齢期から静かに訪れ、寿命に影響を与え続ける“動詞”的なものとして捉え直していきたいのです。老衰や老衰死に対する従来のイメージを刷新したく、この本を書きました。ご家族や信頼できる人、さらには医療スタッフと「老衰」について対話するツールにしてもらえたら嬉しいです。
◎インタビューを終えて◎
イシス編集学校学長の田中優子著『不確かな時代の「編集稽古」入門』(朝日新書)で、病棟内編集の様子が紹介された石川さん。1時間ほどのインタビューでも、在宅医療やAI医師など、今回紹介しきれなかった話を多く伺いました。そこには、老衰に対する従来のイメージを刷新させようと執筆したように、編集の力が忘れ去られようとしている現状に一石を投じ戦う石川さんがいました。イシス修了生として、編集道を歩む同志として、編集術を実践する姿に勇気をもらいました。
■書籍紹介
『幸せな老衰 医師が伝える 叶えるための「3つの力」』石川英昭著/光文社新書/令和7年10月16日発行/920円+税
■目次
はじめに
第1章 「幸せな老衰」は一日にして成らず
第2章 医療の限界を知っておきましょう
第3章 几帳面は長寿の秘訣か―「老衰の夜明け」の時期を丁寧に過ごそう
第4章 老衰を加速させないために大切なこと
第5章 遠慮せず、勇気を持って誰かを頼る
最終章 実例から学ぶ、「3つの力」の使いどころ
おわり
■プロフィール
1973年岐阜県生まれ。東海大学医学部卒業。名古屋大学大学院にて医学博士取得。腎臓専門医、透析専門医。医療法人偕行会城西病院副院長、聖隷クリストファー大学大学院臨床教授。超高齢社会と医療の関わり方を世に問う「幸せな老衰」の提唱者として、老衰患者の「看取り医」の職務を担う。本書他電子書籍多数。
イシス編集学校の[守][破]で学ぶ。同教室では、戦隊ヒーローシリーズのレッド役と慕われた熱血派。源氏の血筋を引く石川家末裔として、武家文化の“推し活”にも励む。来年の大河ドラマ『豊臣兄弟!』に向けて名古屋市と企画を打ち合わせ中。
取材・構成・アイキャッチ/大濱朋子
編集/チーム渦(大濱朋子、角山祥道、羽根田月香)
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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