【勝手にアカデミア●募集中】『俳優のノート』×3×REVIEWS

2026/03/24(火)18:00 img
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 戦後すぐ、鎌倉に生まれた大学「鎌倉アカデミア」は、イシス編集学校のアーキタイプともいえる場所です。「演劇科」を設けたのがひとつの特徴で、ここから作曲家のいずみたくや演出家の前田武彦など多くの人材が巣立ったのでした。
 今シーズン、鎌倉アカデミアの演劇科をもどくべく【勝手にアカデミア】が焦点をあわせたのは、あのシェイクスピア! その一環として、『リア王』の舞台に挑んだ俳優・山﨑努の日記『俳優のノート』――千夜千冊にも取り上げられた迫真の記録を三分割書評(3×REVIEWS)で取り上げます。


 

1.準備(1997年7月14日~11月30日)

何度も演じている『リア王』であるにもかかわらず、山﨑努はもう一度、作品を問い直す。山﨑いわく《リアの旅は、所有しているものを捨てて行く旅》。山﨑は一回、全部を捨ててから「準備」を始めるのだ。

2年もの準備期間
 山﨑努は『リア王』の舞台出演を公演の2年前に決めた。この期間はかつて無い長い準備期間となった。本格準備は翻訳家・松岡和子との台本検討から始まり稽古までの約4か月半である。松岡訳は原文をシンプルに訳し演出し過ぎないようにせりふのダイナミズムを作り出す。俳優は感情から次の感情に飛躍することで演技のダイナミズムを生み出す。ダイナミズムはシェイクスピア上演で重要な要素である。そして演出である。演出家主導では俳優だけでなく観客の想像力も殺してしまう。俳優主導によって、舞台上に劇の世界を生き生きと存在させることができるのだ。(歩風・伊東賢伸)

 

自らの人生とリア王とを重ね
 山﨑は、松岡和子のシンプルな訳を《言葉と言葉の間に余計な修飾がないから、「飛躍」ができるのだ》と評した。還暦を超えた山﨑はリア王と自らの人生を重ね、その「飛躍」を捉えていく。俳優座養成所での河内桃子との思い出、舞台袖で聞いた娘の誕生、そして、老いてなお闘い続けるリア王と自分。俳優は、自らを消し去り与えられた役を演じ切ることで、舞台上に物語世界を出現させる。《リアは長い旅の末に、何処にたどり着いたのだろう。何処だ?》とつぶやく山﨑は、稽古という次なる旅に挑むリア王となっていた。(盆月・飯田泰興)

 

山﨑リアを堪能しよう
 俳優は技術を蓄積しつつも、その技術に疑いを持って綺麗に捨てる勇気が必要な職人である。山崎努は舞台『リア王』の準備から公演までの日々を通して、仕事の奥義を掘り下げていった。自分の役を軸に据えずに読み込み、作品全体の理解から自分ごととして「リア」を生きる。日記には台本解釈の独白とともに、人間・山崎の日常が交互に織り込まれてはアヤを成す。文間には濃厚なリアのキャラクターが浮き出され、謎を謎のままに深めた山崎の言葉が添えられる。台本を肴に酒を飲む俳優の一人芝居を、カウントダウンとともに味わえる贅沢な時間だ。(穂凪・原田祥子)

 

2.稽古(1997年12月1日~98年1月16日)

《リアは居るか? 居る。よし、明日はリアに身体を貸すのだ。/とにかく、稽古は終わった》。稽古最終日、この言葉にたどりつくまでに、いったい何があったのか。

自分の身体を役に貸し与えよ
 けいこ不足を幕は待たない。『夢芝居』(作詞・作曲/小椋佳)の歌詞の一節だ。初日までにプロダクトを完成させるというプレッシャーに俳優たちはさらされる。
 稽古は、まずは請け負った「キャラクター」仮説を各自が持って臨む。共同作業の本読みから、粗立ち、舞台へと稽古は進むが、呼吸、イメージが合わないと感じて俳優たちは悩む。山﨑努はプレーヤーとしてのその解を《役に滑り込むこと。あるいは自分の身体を貸してやること》と示す。俳優は「プレーヤー」となるために「エンジニアリング」作業をとことんやる職業なのだ。(彦星・齊藤肇)

 

悲劇も喜劇も、最後は幕が降りる
 12月21日の記述に、ページをめくる手が止まった。《午前三時、女房に起こされる。パパ、落ち着いてよ、落ち着くのよ、伊丹さん、死んじゃった――》。伊丹十三の訃報だ。《それにしても、伊丹さんはどうしちゃったんだ。何があったんだ。悲しく、空しい》と山﨑。身近な人にとっても謎だったのか。同月の25日、今度は三船敏郎の訃報。《もっと三船さんを観たかった》。現代社会の問題は、「倣うべき先達」が目の前から消えてしまっていることなのかもしれない。生き様を実感できないから、生きることの現実味が薄い。
 悲劇も喜劇も、最後は幕が降りる。山﨑は、相次ぐ訃報の中、それでも『リア王』を探究する。まるで求道者だ。その姿は凄まじく、そして美しい。(○樹・大澤正樹)

 

自分の外に役を置く
 翻訳家は言う。《翻訳は解釈はするが演出はしない、つまり意訳はしない》。演出家は断言する。《演出の秘訣は第三の目を持つことだ》。二人の言葉から、山崎は「役を自分の外に引き出して見ること」が重要だとあらためて自らに言い聞かせる。そのことによって、感情や思考が研ぎ澄まされ、他者との対話や何年も前の記憶が蘇り、演技が肉付けされていく。私たちはその様子をまざまざと見せつけられていたのだ。(日々・大塚宏)

 

3.公演(1998年1月17日~2月3日)

準備と稽古が、舞台で結実する――。私たちは、あの舞台を目撃し直すのだ。

その瞬間のダイナミズムを生きる
 公演初日の恐怖! 役を貰った時から、役作りや稽古中も俳優・山﨑努の頭の隅には、いつも初日の恐怖がある。舞台『リア王』初日を終えてようやく安堵し、妻と乾杯する人間・山﨑努の姿が新鮮だ。
 一日一日の公演は共演者とのせめぎ合いで、思わぬところに意外な芽が出て成長する。稽古で作った設計図に収まらず、その瞬間のダイナミズムを生きるのが演技の生命だ。体調含めすべてが真剣勝負、周囲の人たちとの関わりや家族の支えにより、公演は続く。山﨑の自分を冷静に見つめる飾らない表現が魅力的だ。(里星・岩上百合子)

 

さあ、次の舞台へ
 俳優は、ただ役になり切るだけなのだ。山﨑は、《瞬間を生きることが演技の生命なのだ》という。稽古で作った設計図をなぞるのは演技ではない、フリなのだと。公演中、芝居を振り返り役と対話しながら『リア王』は成長する。観客の反応を受けて楽しめば意外な芽も出る。ただし俳優は役に体を貸すだけ。すべては戯曲から生まれるのだ。公演中の俳優は、日々役になっていくプロフィールの只中にいると言えよう。千秋楽、俳優は役と共に人生を辿るスリリングで長い旅を終える。役を脱ぎ捨ててひとりの俳優に戻り、《お前は変わった》という声に耳を澄ます。ひとりの人生を生ききる疲労と達成感は、次の役を生きたいという俳優の欲望に火を灯すのだ。(晶月・安田晶子)

 

『俳優のノート』山﨑努著/文春文庫/825円(税込)

■目次
日記までのこと
日記
 準備
 稽古
 公演
あとがき
日記索引
解説 香川照之

出版社情報

編集/角山祥道(み勝手)

 

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    編集的先達:三枝博音。多読アレゴリアの【勝手にアカデミア】は、鎌倉に生まれた伝説の学校「鎌倉アカデミア」をもどきながら、トポスにトピカ、映画に産業、文学に演劇……などなど勝手に学び、勝手に語らい、勝手に創出する。