自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を
変える、日常を変える――。
神保惠美さんは今、日本から直線距離にして7809km離れた北欧の国にいる。この地で、増え続ける「わたし」とは。
イシス受講生が編集的日常を語る、エッセイシリーズ。2024年最初の「ISIS wave」は、海外からお届けします。
■■根底からグラグラ、ときにヨロヨロ、たまにプスッ
「ゴトッ」。2021年の春から翌年の冬にかけてイシス編集学校の[守][破]を終えたとき、コロナ禍で一時停止していた時間が動き出したような気がしました。その音を聞いたわたしは、緊張感と好奇心を膨らませて、次の物語へ踏み出しました。わたしは、2023年3月に15年間働いた丸善雄松堂を退職して、4月に外務省に入省し、そして9月から在エストニア日本大使館で書記官(外交官)をしています。
今住んでいるタリン(エストニアの首都)は北緯59度、ヘルシンキまで船で2時間半の場所に位置するヨーロッパの北国で、この原稿を書いている11月末は9時近くに日が昇り15時30分頃には日が沈んでいます。九州沖縄程度の国土に奈良県と同じくらいの人口が暮らしいて、当地のジョークに「エストニア人はコロナで2メートルの距離を保たなければならなかったが、コロナ禍が終わってようやく5メートルに戻れる」というものがあります。シャイで誠実できれい好きというのがもっぱらの評判で、私たちと通じるところがあると当地の日本人から聞く機会が多いです。
▲教会のコンサートに整然と並ぶエストニアの人たち。
イシス編集学校では、「BPT」という方法を学びます。ベース(B)からターゲット(T)に向かって進んでいくプロフィール(P)を言葉にする稽古です。東京というベースを離れてタリンに引っ越したターゲットは、“海外で働いて生活する”経験のためでした。夢が叶う瞬間を目の前にして期待に満ちた冒険への旅立ちと思いきや、千夜千冊704夜「千の顔を持つ英雄」のセパレーションにあるように、迷いや引き戻しなど紆余曲折あり、引越に関わる各種手続き(区役所、警察、金融機関、各種サブスク、携帯電話、予防接種、外貨両替、粗大ゴミ、不動産解約、手持ち荷物と船便の荷造り)を1ヶ月で行い、様々なことをやり残したまま出国したのが現実です。
飛び込んだ世界は、新しい自分・たくさんのわたしに出会うイニシエーション(試練)の連続です。新しいプロフィール例を挙げると、眠れない夜に麺つゆを飲んで熟睡した自分、ホームシックで友達にLINEを連投する自分、でも時差が気になって日本に電話できない自分など、重度にさみしがり屋な自分でした。肩書きも、書店勤務のサラリーマンから公務員になり、外交官になり、異国に暮らす日本人になり、現地語が喋れない外国人になりました。
イシス編集学校で師範代から、揺れ動くプロフィールを存分に広げ、その揺らぎさえも楽しめるように、という指南を受けました。エストニアに来て3ヶ月、急激な環境変化に適応しきれず、私のプロフィールは根底からグラグラ、ときにヨロヨロ、たまにプスッと空気が抜ける音がしながらも増え続けています。更に、家族、友人、職場、チームメイト、よく通った食堂に至るまでベースも多様で、ここタリンでもそれは増え続けています。たくさんのベースが重なりあう私のプロフィールは多層的になり、絶え間なく降り積もる落ち葉のように、またはどんどん積み上がる雪かきの山のように、それともモクモクと形を変えて成長する夏雲のように広がっていきそうな予感です。
▲神保さんの通勤路(秋から冬にかけてのタリンの街並み)。
文・写真/神保惠美(47[守]一客一亭教室、47[破]時たま音だま教室)
編集協力/清水幸江
編集/角山祥道
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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コメント
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2025-11-18
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2025-11-13
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(※大ヒットした「孤独のグルメ」の原作者は「泉昌之」コンビの一人、久住昌之)
2025-11-11
木々が色づきを増すこの季節、日当たりがよくて展望の利く場所で、いつまでも日光浴するバッタをたまに見かける。日々の生き残り競争からしばし解放された彼らのことをこれからは「楽康バッタ」と呼ぶことにしよう。