宗教する・編集する――中島紀美江のISIS wave #28

2024/04/26(金)07:59
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。

 

エッセイを書き終えた中島紀美江さんは、こう呟いた。「『宗教する』ことは何か特別なことではなくて、日常にあることなんですよね」。

 

イシス受講生がその先の編集的日常を語るエッセイシリーズ、「ISIS wave」の第28回は、中島さんの立正佼成会「Za」にかける思いをお届けします。

 

■■「Za」という場で

 

回答:割ってストレス解消!
指南:ガチャンと割ればストレス解消! 砕けやすい「素材」に着目されました。

 

 [守]を受講された皆さんには、見覚えのあるやりとりだろうか。割ったのはコップではない。お皿だ。実は、Zaの[智]コースのお題001番《お皿をどうする?》のお稽古模様なのだ。

 

 「Za」とは、立正佼成会ヴァージョンの編集稽古だ。吉村林頭、八田律師、橋本参丞など、イシス編集学校の匠たちの惜しみないサポートを受け、2018年に立正佼成会に誕生した。
 松岡校長と立正佼成会のご縁は、数十年前に遡る。後に松岡校長は、開祖との出会いをこう語っている。
「予想をはるかにこえて気持ちがよかった。やたらに愉快で屈託がない。激動と苦難の昭和を貫いて巨大な信仰教団をつくりあげた人物とはとうてい思えないほどおもしろい。ああ、この人の周囲には“却来”がおこっているのだと確信した」

 

 その後1999年に開祖が亡くなり、しばらくして松岡校長は佼成会から庭野日敬開祖記念館の構成と監修を打診される。その時、校長の脳裏に真っ先に浮かんだのは、開祖の人間性をなんとしてでも横溢させようということだったという。その場に佇むと、在りし日の開祖のあの快活な笑い声が聞こえるような、気配と声と足音が行き来する開祖記念館を、松岡校長は2006年に創り上げた(アイキャッチの写真はこの記念館前で撮影した)。

 

 一方、佼成会は不足を抱えていた。
 1938年の創立から年月を経て、古き良き時代を追想するあまり、会員の思考は固定化・定型化していた。松岡校長の「庭野開祖のような、愉快で痛快な佼成会を取り戻せ!」との檄を機に、開祖のダイナミックな発想を探究する編集稽古「Za」のプロジェクトが立ち上がったのだ。

▲立正佼成会内に生まれた編集稽古プログラム「Za

 

 私も不足を感じていた。「大好きな佼成会なのに何かが違う」。この違和感の根源と解決策を探るべく、編集稽古の先に何があるか予測できないまま、イシス編集学校へ入門した。[守][破][花伝所]、46[守]の師範代(黄昏メビウス教室)と駆け抜け、2021年春、Za[智]の師範代となった。


 「Za」の名付け親は松岡校長である。車座で対話する事を「法座」といい、本会が最も大切にしている場だが、その座だ。「Zest of Association=情熱、連結、結ぶ」のキーワードの頭文字を繋げた「Za」である。講座名も、基本コース[守]は[智]に、応用コースは[破]は[縁]へと名称を変えた。

 

 [智]では型によって「智慧」を学び、[縁]では開祖の方法を紐解くお題にアレンジされている。
 例えば[守]の《たくさんのわたし》。[智]では、《たくさんの私と開祖さま》として、開祖とわたしの多様性を言語化していく。崇め奉ってしまいがちな開祖すら情報であり、編集の対象として、自己と開祖の「想像/創造」を試みていく。

 

 稽古後の<振り返り>には、「(たくさんの開祖を並べるうちに)自分自身が大切にしている自分、そうなりたい、そうなって欲しいという願望がふと湧き上がってきた」という声も挙がる。開祖と私を並べてみると、違いと同じが見え隠れし、ワタシが更に深掘りされていくのだ。

 

 Zaで師範代を務めるのは、会員だけではない。イシス編集学校から編集の猛者たちが遣わされ敏腕を振るう。彼らは佼成会も開祖も知らないが、松岡校長が言う「愉快で痛快な開祖」を自由自在に切り取っていく。方法を尽くすことによって、会員が想像だにしなかった開祖の物語が続々と浮かび上がっていくのだ。

 

 私の中でも変化があった。いつの間にか私の切実とクロスし、遥か彼方の存在だと感じていた開祖が私の中に「開祖らしさ」として在ると気づいたのだ。これが「編集のチカラ」「お題のチカラ」なのだと得心し、何とも言えない爽快な気分になった。

 

 《たくさんの私》は、他者との出会いによって蠢く。数寄に心躍らせる私を発見することもあれば、知りたくなかった私が浮き出ることもある。未知なるワタシがたくさんの誰かや何かと繋がり、また新たな私が顔を出す。私にとってそれが「宗教する」ということなのかもしれない。

 

太陽におもわず手を合わせたり、盆暮れに墓参りをしたり。濃淡の差こそあれ誰の中にも存在する「宗教するワタシ」。もがきながらも自己と他者に神を見出そうとする中島さんの姿は、あらゆる宗教の開祖たちの姿に重なります。そうキリストだって仏陀だって、教化という編集の途上にあったのですから。Zaには当初「守破離」ならぬ「智縁慈」=チェンジの意を込めた講座構想もあったそうですね。エディストで初めてZaという場をアケてくれた本エッセイは、イシスも編集の途上にあるという当たり前をあらためて教えてくれました。

 

文・写真/中島紀美江(43[守]合成ホロドラム教室、43[破]ホーム・ミーム教室)
編集/羽根田月香、角山祥道

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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