小川の水底での波乱万丈を生き抜き、無事に変態を遂げた後は人家の周りにもヒラヒラと飛んできてくれるハグロトンボ。「神様とんぼ」の異名にふさわしく、まるで合掌するかのように黒い翅をふんわり広げては閉じる。
軽井沢風越学園は3歳から15歳までが体験を通して遊びと学びを深める探究型混在校だ。軽井沢にあるこの学園の卒業式に特別な思いで臨んだのが、長谷川絵里香さんだ。娘の学園での最後の半年間と重ねるように、長谷川さんは54[守]師範代として登板した。
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
好評の連載エッセイ「ISIS wave」、今回は長谷川さんの母&師範代体験です。
■■ないものづくしの卒業式
ここには、卒業式っぽい、当たり前のものがなかった。
2025年3月、長女が3期目の卒業生として「軽井沢風越学園」の中学校を卒業した。
風越の卒業式には「来賓挨拶」がない。そもそも来賓がいない。卒業式の「全体練習」もない。在校生から卒業生へ贈る言葉のセレモニーもない。スタッフ(風越に「先生」の呼称はない)の指導もない。
《地》はどこまでも子ども達で《図》には彼らが必要とするものだけがあった。司会、台本、照明、音響、掲示物、動画撮影、設営……ほぼすべてのロールを子ども達が担った。卒業式自体、子ども達がつくるプロジェクトなのだ。在校生とその保護者は、まるで「推しのライブ」かのように、卒業生の名を呼び、歓声をあげ、共に涙した。
▲25名の卒業生が一人ずつレッドカーペットを歩いて登場し、300名ほどの参加者を前に思いを語る。卒業証書を渡すスタッフは子ども自らが指名し、登場の仕方、音楽、服装、言葉、その全てにその子らしい編集が光る。
「子どもこそがつくり手である」という学園の理念通り、長女は風越での5年間、ゼロから自由に色々なものをつくった。小説を書いて本好きの友達と2回も本を出版し、軽井沢町を巻き込んで地元の小中高生とブックイベントを開催した。制服も自分たちでつくった。
自由につくると言えば聞こえはいいが、実際はうまくいかないことの連続だ。始める自由があれば、やめる自由もある。楽しそうに報告してくれていたプロジェクトを道半ばで「やめた」と聞けば、私の心はざわめいた。
長女は卒業間近、風越を「休憩所」と捉えるか「ジム」と捉えるかによって、自由の持つ意味が大きく変わると教えてくれた。
▲長女の考える風越の「自由」。
きっと、休憩所とジムの間を行き来しながら、不安も、葛藤も、衝突も、挫折も、喜びも、達成感もたっぷり味わってきたのだろう。そしてその過程で、たくさんの新たな私と、私たちに出会った。普段「しんさん」と呼ばれている理事長が、卒業式で読み上げた型破りな卒業証書は、イシスの型《たくさんのわたし》で溢れていた。
▲一行ごとに《三間連結》になっていることにお気づきだろうか。
風越最後の1年間、受験勉強をする長女は「わたし」という小さな灯りを頼りに、暗いトンネルの中を歩いていた。同時期に54[守]師範代として初登板した私も、そのプロセスで感じる不安や葛藤は同じだった。毎週一緒に図書館へ行き、時に弱音を吐いては励ましあった。受験期の親子は衝突しがちだが、同志のような存在になれたのは、お互いの苦労や喜びに心底共感しあえたからだ。
私が師範代になるなんて思ってもみなかった。風越の理事長であり54[破]風土粋粋教室の師範代、本城慎之介さんの「面白いですよ」の言葉に、進むほどに変わる景色を私も見てみたかったのだ。
卒業式の1週間前は、第86回感門之盟だった。54[守]センス歩く教室の学衆に卒門証を渡し、私の師範代生活は終了した。明るくて自由でとても熱心な学衆たちだった。
教室クローズの3日前、「指南が終わらない」と緊急SOSを出した私に、師範から届いたのは、方法と「エリカ師範代ならできます」という予想外の言葉だった。それは信用ではなく信頼だ。その瞬間、自分も知らない驚くほどの力が溢れ出た。その数、2日で27指南。
送り手と受け手、主客が入れ替わることで、モノの見え方、感じ方がガラリと変わるのが師範代の面白いところだ。想像では辿り着けない。実際に体感したことで、自分の中の感情や価値観がぐわんぐわんと揺さぶられた。
正解があるようでない編集道は、風越の自由にちょっと似ている。自ら進まなければ何も始まらず、発見する面白さや自分で掴む手応えもあれば、不安や焦りに立ち竦むこともある。
今年、長女に続き、次女が風越を卒業する。当たり前を問い、主客をくるくる入れ替えながら、今日も私は休憩所とジムの間で彼女を見守っている。
文・写真/長谷川絵里香(51[守]若水尽きぬ教室、51[破]トークン森々教室)
編集/チーム渦(角山祥道、大濱朋子)
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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2026-02-17
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それが、どのような形で訪れるかはわからないが、一番ありえそうなパターンの一つが終末介護病棟での最期じゃないだろうか。沖田×華先生と言えば、自虐ネタのエッセイマンガでよく知られるが、物語作家としても超一流だった。深く死に向き合いたい方は、是非ご一読を。
(沖田×華『お別れホスピタル』)