組長と呼ばれた女は、小動物のように小刻みに首を振った。
「名前がつくまえは、おいしいケーキ屋さんとか教えあうふつうのコミュニティだったんですよ」
感門之盟2日目終了後、23時39分。花冷えの豪徳寺駅から小田急線に乗り込んだのは、爪の先まで「九天」の文字を染めた中野由紀昌(なかのゆきよ)だった。九天玄氣組といえば、ざわちんメイクを駆使して組員が九州人に扮し全120ページの擬書籍を編みだすなど校長松岡正剛を毎年驚かせ続けるイシスの熱き九州支所だ。
この日中野は、P-1グランプリの審査員を務めるためだけに福岡から駆けつけた。某メディア組織労組の元トップ・中村まさとしをして「組長としか呼びようがありません」と言わしめる中野。九州に君臨する豪胆な女傑かと思いきや、豪徳寺駅のホームにひとりふらりと現れては「もう、こんなに楽しくていいのかわかんないくらい楽しかった!」と少女のような声ではしゃぐ。意外な素顔に引きこまれ、新宿駅までの16分間、九天あれこれを聞いてみた。
▲手前が中野。身を乗り出して聞くのは、14[綴]師範代後田彩乃。中野の指先にご注目。
中野は、イシス編集学校1[守]で入門。最初期ということは、もともと校長松岡正剛と知り合いだったはず。そう尋ねると、申し訳なさそうに首を振った。
「松岡正剛も編集工学も、なにも知らなかったんです」
産休に入る直前、本屋で雑誌『編集会議』を立ち読みした。そこで見つけた小さな記事。そこには「イシス編集学校、この春開講」の文字があった。仕事を休んでいるあいだ、なにかカルチャースクールでも通ってみるかという軽い気持ちで雑誌を買い、すぐに申し込んだのがイシス編集学校。そのとき生まれた子供はもう21歳。イシスと同級生の彼は、45[破]ガンダム蓮結教室(齋藤幸三師範代)を突破している。
「息子は、知文からプランニングまでためていたお題を、突破直前に一気にまとめて回答したんですよ。師範代にほんと申し訳ないです」と呆れ顔。
中野といえば、2005年、1[離]を受講中に、12[守]胸中サンズイ教室師範代を兼任したという前人未到の経歴をもつ。20周年感門でも「そのときは、大好きな《うどんとふとん》を封印した」という妙にゴロのいい表現で全イシス人の口をあんぐりさせた。
その真意を聞けば、「だって、断るという選択肢はないので」と清々しい。
「[離]が始まって2週間後、学林局から師範代を引き受けてくれないかと電話があったんです。はじめての[離]だったから、学林局もどんな感じかわからなかったんでしょうね」
どうやって両立させたのか尋ねれば、「寝ないでやるだけです。寝ないようにするにはどうすればいいか。好きなうどんを食べると身体があったまって寝ちゃうし、布団もあると寝ちゃう。だから《うどんとふとん》を封印しました」「そのあとの後遺症はたいへんでしたよ。5〜6年くらい背中が痛かったです」と、底抜けに笑ってとんでもないことを言う。
マグマのように滾る中野の闘志におののきながら、九天玄氣組の来し方についても聞いてみた。あれほどの熱量をたたえる支所ならば、きっと中野の情熱が生んだものに違いない。そう踏んで九天発足の経緯を尋ねると、冒頭の発言が飛びだした。
もともとは5名程度の九州在住イシス人が、地域情報を交換するための牧歌的な集まりだったのだ。それを変えたのは、2004年の松岡正剛のガン手術だったという。
「校長がガンになって驚いて、その快気祝いとして5人のメンバーで博多織のブックカバーを贈ったんです。みんなでかわりばんこに機を織りました。でもみんな素人だから、もうヨレヨレで」
その初々しい手作りブックカバーを織った翌年、松岡に年賀状を贈ろうとの企画が立ちあがる。2006年正月に送付したはじめての年賀状には、「九州支所に名前をつけてください」と記し、同年9月に「九天玄氣組」が発足。いまでは年賀状は16回目を数え、今では「九天はなにをしでかすのか」と学校中をざわつかせる編集を続けている。
なぜそんなことが可能なのかと聞けば、「組員さんこそ驚いてると思いますよ。なんでこんなことさせられてるんだろう?って」ときゃっきゃと笑う。そして中野はつぶやくように言った。
「校長に驚いてもらおうと思うと、みんなが鼓舞されるんですよね」
2026年には九天発足20年を迎える。それまでに、九州をテーマにした九天玄氣組×松岡正剛の書籍を出したい。中野は夢を見据えている。松岡正剛を知らなかったひとりの妊婦が、いまや九天玄氣組47名を束ね、比類ない編集的磁場をうみだした。将来の展望を語り終えると中野は、夜の西新宿へ軽やかに消えていった。
▲真っ赤なネイルに、よくみると「九天玄氣組」の5文字が。筆で書いた文字を、1文字ずつ爪の先に貼りつけた。
撮影:上杉公志(アイキャッチ)、梅澤奈央(その他)
▼九天玄氣組をもっと知るなら!
●「炭男」を言祝ぐ【九天玄氣組年賀2022】/中野由紀昌
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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