<多読ジム>Season09・冬の三冊筋のテーマは「青の三冊」。今季のCASTは小倉加奈子、中原洋子、佐藤裕子、高宮光江、大沼友紀、小路千広、猪貝克浩、若林信克、米川青馬、山口イズミ、松井路代。冊匠・大音美弥子と代将・金宗代の原稿が間に合えば、過去最高の13本のエッセイが連載される。ウクライナ、青鞜、村上春樹、ブレイディみかこ、ミッドナイト・ブルー、電波天文学、宮沢賢治、ヨットロック、ロラン・バルト、青水沫(あおみなわ)。青は物質と光の秘密、地球の運命、そして人間の心の奥底にまで沁みわたり、広がっていく。
記憶の隠し立て ~ 一切語らず合切ふれない
『蒼い時』の原題は「L’Heuer bleue (ルール・ブール)」。夕と夜、夜と朝のあいだの空が青くなる時間帯を指す。絵本作家エドワード・ゴーリーの絵はたいてい白黒2色のみだが、本作は、背景に青が加わる。旅行嫌いのゴーリーがたった1度だけスコットランドに赴いた思い出の話……なのに、2匹の犬みたいなのが、意味ありげなことばかりお喋り。結局、よくわからない絵本。
本作を描いた1975年に、ゴーリーは本当に旅行した。その心変わりは1本の英国の白黒映画「渦巻(原題:”I Know Where I’m going To.”)」だ。結婚式で島に渡りたい玉の輿のヒロインが嵐で足止めされ、それでも渡航したら死にそうになり、助けてくれた別の男と結ばれる。この映画の舞台が、スコットランドだった。
映画のすじを知って改めて絵本を読むと、絵と会話のイメージが映画のシーンと付かず離れずふわりふらりと重なりあう。旅行の回想録としつつも、映画鑑賞のフィードバックを描いてるのではないか、と混乱してしまう。
ゴーリーは一切語らないし、日本語訳の柴田元幸もこの映画について、解説でも合切ふれない。本作8枚目の絵で、自転車から降りた2匹は話す「人生のすべてがメタファーとして解釈できるわけじゃないぜ/それはいろんな物が 途中で脱落するからさ」。
2人は蒼い時に記憶を隠し通す。だからこそゴーリーは、世界で一番読者を不安にさせる絵本作家だ。
左:『蒼い時』8枚目の絵。右:『蒼い時』1枚目の絵。
柴田さんは、「 obe one anoth .」を「Love oneanother.」と補って訳している。
個人的には「Robbed one another.」として「ぬすみあお」と読んでいる。
意志の隠し立て ~ なぜあなたは幇に加入したのか
志波秀宇は漫画雑誌『ビッグコミック』や超科学系雑誌『ワンダーライフ』に携わった元小学館の編集者だ。一方で、民族思想活動を続けアジア各国の裏社会の人脈に接触してきた。著書『「幇」と「墨子思想」のすべて』は、中国のフリーメイソンと形容される青幇(チンパン)・洪門(ホンメン 別名:紅幇)を深堀りする。
青幇は達磨大師以下六代の禅宗、洪門は桃園の誓いや水滸伝、福建少林寺の五人の僧を始祖とした伝承を真実として確信している。宗教や国家の創生神話と酷似する。
幇の語源は、靴を繕う布。これから連想して「助ける」「秘密を共有する仲間」の意味をもつ。幇の組織は運輸や通信に優れており、最先端のロジスティック(兵站)集団でもある。ゆえに、幇には必ず守る掟があり、破れば命を失う。幇であることを特別な合図で確認し合う。
厳しい組織の支えるものは「義」である。幇の思想は「義」を第一とする墨子だ。墨子は儒学を推した王侯によって2000年前に絶学となる。が、19世紀に突如墨子の文献が発見される。長い空白のあいだ、幇の継承によって途絶えなかったのでは、と志波は推理している。
墨子の「墨」はいれずみを意味し、墨子罪人説がある。罪人の身分は底だが底のみの集まりは上下がない。幇全員が全員「義」の見本となる。幇員は「人として生まれてきたからには、世のため人のために何かやりたい」意志を持つ。志波は彼らに「なぜ幇に加入したのか」と尋ねている。しかし、彼らは決して口を割らない。掟ではなく、この本心を晒すのが、青臭くて恥らうのだ。
左:小説『墨攻』酒見賢一/新潮文庫 右:漫画『墨攻』作:酒見賢一、画:森秀樹/小学館
志波は「ビッグコミック」で漫画が連載中、まさに編集者時代の職場で墨子を知る。
しかし、その当時は思想をよく理解できなかった、と振り返っている。
才能の隠し立て ~ あえて自虐に潜ったヨット
「ヨットに乗ったヤッピーたちが聴きそうな音楽」。「ヨットロック」は、日本での音楽ジャンルAOR (アダルト・オリエンテッド・ロック)ーー1970年代中盤から1980年代前半のメロウで、スムースで、ソフトなロックーーから、さらに米国西海岸のミュージシャンを中心にしたコミュニティに絞る。しかし、当時はジャンル名などなかった。『ヨット・ロック』の著者、グレッグ・プラトは40人以上のインタビューから、誕生と衰退、復活から再燃の歴史を組み立てあげた。
ヨットロックは1980年代前半のMTV開始を境にして、徐々に衰退した。LAメタルやヒップホップが台頭し、楽曲のみの評価から、より多様化されて、取り残された。以降、アメリカでのヨットロックは「ダサい」「カッコわるい」印象だった。しかし、3人の根強いファンたちが、2005年に彼らの音楽をもとにしたパロディドキュメンタリーリードラマをYoutube に配信した。彼らの才能は前面に出さず、パブリックイメージを自虐的に隠れ蓑としてつけたドラマのタイトル。それが「ヨット・ロック」だった。配信当時、地味に一部にだが好評を得た。
追い風が吹いたのは2010年代初頭。ディスコ~ブギーリバイバルが興り、さらなる同年代の音楽を探し求めた。30年後の新たなリスナーたちは、ヨットロックの沛然怒涛な楽曲群に歓喜した。ヨットロックは、熱心なファンの遊び心がつくった、ささやかでにぎやかな隠し港。
書籍『ヨット・ロック』と同時期に発売された全36曲のオムニバス2枚組CD。
右:『Hot Dads In Tight Jeans』Yacht Rock Reveu
2007年に結成された、ヨットロックのカバー曲をライブ演奏するプロジェクトバンド。
本作は2020年に発表。全曲オリジナルだがヨットロック感満載。
情報の隠し立て ~ 無色のブルースクリーン
人間は、相手の感情や健康状態が読み取れるように、肌の色をあえて無色と識別して、わずかな色の変化を知覚できるように進化した。
著者たちが伏せたり、明かそうとしたのは、黒と白のあいだ、無色の擬装した被膜「ブルースクリーン」で情報を包みこむ、記憶・意志・才能の隠し方、だろうか。
Info
⊕アイキャッチ画像⊕
∈『蒼い時』エドワード・ゴーリー 文・絵 柴田元幸 訳/河出書房新社
∈『「幇」と「墨子思想」のすべて』志波秀宇/ヒカルランド
∈『ヨット・ロック』グレッグ・プラト他 奥田祐士 訳・長谷川町蔵 解説/DU BOOKS
⊕多読ジム Season09・冬⊕
∈選本テーマ:青の三冊
∈スタジオゆむかちゅん(渡會眞澄冊師)
∈3冊の関係性(編集思考素):三位一体型
『青い時』
【記憶】
・ ・
・ ・
【才能】・・【意志】
『ヨット・ロック』 『「幇」と「墨子思想」のすべて』
⊕著者プロフィール⊕
∈エドワード・ゴーリー(Edward Gorey)1925-2000
本名:エドワード・セントジョン・ゴーリー(EdwardSt.John Gorey)
1925年、シカゴ生まれ。独特の韻を踏んだ文章と、独自のモノクローム線画でユニークな作品を数多く発表している。また、エドワード・リアやサミュエル・ベケットらの作品の挿画や、劇場の舞台美術なども手がけた。その幻想的な作風と、アナグラムを用いたペンネーム(Ogdred Weary、Regera Dowdyなど)を使い分け、たくさんの私家版も出版したために多くの熱狂的コレクターを生み出した。2000年4月15日、マサチューセッツ州の病院にて心臓発作で死去。75歳。2000年10月、初の邦訳本『ギャシュリークラムのちびっ子たち』が出版される。『うろんな客』『優雅に叱責する自転車』『不幸な子供』と続き、『蒼い時』は通算5冊目。
※ヤーマスポートにある自宅はゴーリーの死後「エドワード・ゴーリー・ハウス」として一般公開されている。
∈志波秀宇(しばひでひろ)1945-
1967年、小学館入社学習雑誌、オカルト雑誌『ワンダーライフ』、コミック誌『ビッグコミック』などの編集部に在籍。その間、編集者として手塚治虫、横山光輝、水木しげる、園山俊二、藤子・F・不二雄、川崎のぼるなどの漫画家を担当する。以降、大アジア主義に目覚めるなど、民族思想活動を展開。国内では、右翼・民族派の活動を展開する一方、台湾、中国、東南アジアに目を向け各地を歴訪、裏社会の人脈を構築。古代中国に源流をもつ「青幇(チンパン)」「洪門(ホンメン)」との深い関係は現在も継続している。青幇・洪門に関して最も理解し、かつ関係を持つ人間である。2006年、小学館を定年退職。その後、名古屋造形大学の客員教授。『昭和天皇物語』(原作:半藤一利、作画:能條純一/小学館)の監修をおこなう。
※編集者時代に手塚治虫を殴っちゃったことがある。
∈グレッグ・プラト(Greg Prato)
ニューヨーク州在住のジャーナリスト。「ローリングストーン」、「クラシック・ロック」、「ヴィンテージ・ギター」などの有名な雑誌に寄稿している。『Grunge is Dead』、『Shredders!: The Oral
History Of Speed Guitar (And More)』、『MTV Ruledthe World:The Early Years of Music Video』などの著書があり、TV、ラジオの出演も多い。
⊕参考資料⊕
∈映画『渦巻』(イギリス:1945年、日本:1948年公開)
原題は『I Know Where I’m Going』。同題名のスコットランド童謡があり、劇中でも演奏される。クライマックスの渦巻のシーンが圧巻で、ここから邦題が名付けられた。
∈ドラマ『ヨット・ロック』(アメリカ:2005年配信)
全12回。途中打ち切りとなったが、ファンからの熱望や出資などにより、無事配信された。『ヨット・ロック』では、全話の解説、あらすじを長谷川町蔵が書いている。
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:水木しげる
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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