猫山ミケ子さん(40代女性)のご相談:
以前、夫ががんになり、幸い治ったのですが、義理の母より「妹の縁談に差しさわりがあるから他言してはいけない」と言われ、「人為的な理不尽」を感じました。コロナ関係のニュースにふれて記憶がよみがえってきました。病気を忌むあまりに、余分な不幸が増えているように思います。21世紀も20年を過ぎた今、まだ何が足りないのでしょうか。
サッショー・ミヤコがお応えします
「理不尽」! この3文字ほど現代日本をがんじがらめにしてるものはないのではないでしょうか。試しに「理不尽」をキーワードに図書検索をしてみると…出るわ出るわ。中高の校則・生徒指導・部活指導、体育会系の根性論、大学改革案、就活女子学生にとっての会社社会、コンビニの仕入れや出版流通、前座修業に戦争裁判、道路建設も釣り禁止も、中世人の法意識も薩長軍も突然襲ってくる不幸も、みんな「理不尽」の形容がつけられています。
スポーツなどは理不尽のはびこる巣のようですが、故平尾誠二氏には『理不尽に勝つ』という著書がありました(PHP研究所)。前にあるゴールを目指しているのに、前にボールを放ってはいけないラグビーを例に、「ゲーム性を高め、楽しみを倍加させるため、理不尽なルールが設けられたのでは」という考察には、膝ポンです。また別の言いかえ方では「不条理」。たどり着けないお城の周りをずっと歩いている『城』カフカ(新潮文庫ほか)なんて、ラグビー顔負けの理不尽さです。
かくのごとく、とかく世の中は理不尽の連続、とくに「義理の間柄」というもの、理不尽を媒介するスーパースプレッダーと呼んでも過言ではありません。それは、単に不条理・不合理だからというより、相手が「高圧的」「高飛車」なことが多く、こちらからは「お門違い」だの「筋違い」だのと言ってやれないからなのでしょう。スポーツのルールもそうですが、理不尽は「逆らっても仕方のない相手」と言いかえられそうですね。
千悩千冊0010夜
シモーヌ・ヴェイユ
『重力と恩寵』岩波文庫
光合成をして生きられないのが人間の「あやまち」のもとだと考え、逆らっても仕方のない理不尽に対する方法を模索しつづけたのが、1909年のパリで医師の一家に生まれたシモーヌ・ヴェイユでした。『重力と恩寵』は、次の一文から始まります。
たましいの自然な動きはすべて、
物質における重力の法則と類似の法則に支配されている。
恩寵だけが、そこから除外される。
短い生涯をかけて「低いところ」を求めた彼女のことばを噛み締めていくと、21世紀も20世紀前半も変わりないことがわかってくると思います。
上を向いて歩いてると、いろいろつまずくこともある
◉井ノ上シーザー DUST EYE
一見して、「何かが足りない」よりも「何かが余計だ」と察しました。
あなたの義母が体現しているのは“世間”です。“世間の目”を排除できれば、あなたの悩み事も理不尽も怒りも収まります。
ですが、“世間”は、そう簡単に捨てられるものでもないでしょう。
複数の共同体にゆるやかに所属することで、“世間の同調圧力を相対化する”という戦術があります。とはいえ「コロナ禍と世間」までを射程に入れると、有効的でもありません。
コロナといえば、「様々な近代社会の前提を崩しているよなー」とわたしは思い、「では、そもそも近代ってなんなのよ?」と、夏目漱石の『私の個人主義』をひも解き、「ほほー」と唸りました。
ロンドンで思想的袋小路に陥った漱石は「文学の概念を自力で作りあげる」「自己本位」の立場から再出発しました。それまでは自分の文学観に確信が持てず、右往左往していました。漱石も、物語マザーを地で行く格闘の末に、文豪へと変貌を遂げたのです。
漱石同様に、「義母との関係」や「世間」についての徹底的な概念工事を試みると、鬱々とした気分は軽減されるかもしれません。「自分本位」という構えも捨てたものでもないでしょう。根本的な解決にいたらないにせよ、です。
ですが、漱石はこのようにも述べています。
「自分は天性右を向いているから、彼奴(あいつ)が左を向いているのは怪しからんというのは不都合じゃないかと思うのです。」
まさしくそうですね。
昨今は、声高で不寛容な言説に耳目が慣れてしまいそうです。それではいけない。
同時に、世間的な同調圧力とは、自分にも他人にも個性を認めないものです。
多重多層にやっかいですな。
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井ノ上シーザー
編集的先達:グレゴリー・ベイトソン。湿度120%のDUSTライター。どんな些細なネタも、シーザーの熱視線で下世話なゴシップに仕立て上げる力量の持主。イシスの異端者もいまや未知奥連若頭、守番匠を担う。
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