中二病という言葉があるが、この前後数年間は、”生きづらい”タイプの人にとっては、本格的な試練が始まる時期だ。同時に、自分の中に眠る固有のセンサーが、いっきに拡張し、世界がキラキラと輝きを放ちはじめる時節でもある。阿部共実『月曜日の友達』は、そんなかけがえのない瞬間をとらえた一編。
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『そろそろ「社会運動」の話をしよう』(田中優子編著、明石書店)
―――先ほどの江戸社会の身分制度のお話がありましたが、優子先生は『そろそろ「社会運動」の話をしよう』(田中優子 編著、明石書店)というご著書もあり、社会問題や社会運動への発言も積極的に行っていますよね。社会に関心を抱き、解決のために行動するバイタリティの源泉はどこから来ているのか、教えていただけますか。
いろいろ重なっていると思うけれど、まず生まれ育った環境が貧しかったことです。それだけではなくて、たとえば父は小学校しか出ていない。教育を受けられなかった。教育格差の中で生きてきたからこそ、手を尽くして子供には教育を受けさせようとした。お金がないから大学に行くのを諦めても不思議じゃないけれど、そうはならなかった。とにかく奨学金をとってでも行く。勉強を続けることに価値を見いだしていた。
格差社会は幼いときからよく見えていました。当時、私が育った横浜には在日の中国人や朝鮮人もいるし、港湾労働者もいる。その生活の厳しさは今の労働者とは比較にならない程でした。船上生活者と言って舟の上で育っている人もいた。一方で、経済成長の波に乗って、どんどんお金持ちになる商人たちもいる。そうしたことを放置してはいけないと思った。

―――優子先生がお父さんやご家族のことを語っているインタビュー記事(「Wendy-net」MS Wendy 299号 注目の人)を読みました。とても教育熱心で、山を越えた先にある学区外のエリート小学校に子どもたちを通わせていたというエピソードが印象的でした。
そうですね。社会には格差があるとともに、家族にはいろいろな形があります。近所でも自分の家もそうだったけれど、普通にお父さん、お母さんがいて、子どもがいるという家族構成だけでなかった。様々な人間関係、多様な世界があるんだということも子どもながらに知っていました。
あとはね、政治に関心が高いのは時代性もあります。1960年代というのは、政治的な関心を持たない方がおかしい時代です。あとは持続するか、どうか。松岡さんもまさに学生運動の渦中にいた人ですよね。私の五つ上の兄も東大の全共闘でした。だから、家にある本も、学生運動関係のものがたくさんあった。当時は出版界もそういう本をどんどん出していたんです。
―――優子先生から見て、それは恐いとか、際どいものとして見えていたんですか。
ううん、良いものとして見えていた。というか、好奇心ですね。この人たちは一体何を考えて、何をやっているんだろうと。学生運動の背景にはベトナム戦争と中国の文革があって、それらが常にトップニュースで流れてくる、とんでもないことが起こっていた時代でした。
当時は横浜にも米兵がまだたくさんいた。本牧には彼らが生活する場があり、厚木基地に行く電車もあるので、しょっちゅう横浜駅あたりで米兵と会うんですよ。それもベトナムから帰ってきた人だったりする。ベトナム戦争は日本ととても近い。身近に戦争があったわけです。
―――もしかしたら、格差や戦争といった大きな負が身近にあったことが優子先生の好奇心そのものを加速させていったのかもしれませんね。現代ではそういうことを過度に伏せすぎて、見えにくくなっています。
昔よりももっといろんなことが起こっていますね。世界で何が起こっているんだろうかという関心はずっと持ち続けています。


―――松岡正剛の千夜千冊0721夜『江戸の想像力』で「最後に十九番、そういう少女のころのことを、小説なんぞに書いてもらいたい。」とあります。少女時代にかぎらず、小説を書くご予定はありますか。
だからね、そういうジャンル分けはしないの(笑)。総長の任期はあと一年と三ヶ月あるんですが、それが終わったらという前提で、実は出版社から依頼されていることはあります。それは、祖母のことなんです。
「『布のちから 江戸から現在へ』(田中優子、朝日新聞出版)という本で記述した方法でおばあさんのことを書いてみませんか」と。たんに祖母のことを書いてしまうと評伝になってしまう。それじゃ普通過ぎますよね。だから、「着物を通してその人の人生を書くことはできませんかね」という話でした。
祖母は平塚らいてうに憧れて上京してきた人なんです。それで生涯独身を通した。しかも独身なのに子供が三人もいて、その中の一人が私の母だった。着物というものを通して、明治時代、平塚らいてうや祖母の生きた時代を書くと、どうなるのか。
これは評伝ではないし、いわゆるノンフィクションとも言えない。資料だけで書こうとしても無理があるので、小説的にならざるをえない。でも、小説ではない。編集者とのあいだで、「ジャンルの名前をつけるのはもうやめましょう」ということになっているんです(笑)。

『布のちから 江戸から現在へ』(田中優子、朝日新聞出版)
―――今すぐ読みたいくらいにワクワクします。ジャンルがないというのは優子先生が編集工学や松岡校長に感じている魅力でもありますね。編集学校には[遊]物語講座もありますので、ご関心があればぜひ(笑)。
『江戸の想像力―18世紀のメディアと表徴』(田中優子、筑摩書房)は金唐革というモノの話から始まります。さっきお話したように平賀源内という最高の素材に出会ったものの、はじめはどこからどういう風に書けばいいのか分からなかった。
ある日、図書館で偶然、『金唐革史の研究』(徳力彦之助、思文閣出版)という本に出会って、これだと思った。モノから入ればいけるという感覚を得たんです。それこそモノは乗りモノになる。いろいろと乗りモノを設定できます。そうやって物語を運んでいくと、それは何のジャンルにも属さない作品になるんじゃないかなと思った。次も布というモノがあるから、だいたい頭の中では出来ちゃっています。

『江戸の音』(田中優子、河出書房新社)
―――優子先生は幼少期にヴァイオリンを習っていたことがあったり、『江戸の音』(田中優子、河出書房新社)というご著書もありますね。音楽や音について、また、オラリティとリテラシーの関係、音や聴覚の影響についてどのように感じていますか。
音には情緒的なもの、感情的なものが存在するというのは、確実に分かります。激しいものであったり、やわらかいものであったり、いろいろですが、言葉では代用できないものですね。私にとって、それは「音楽」というより「音」なんです。
『江戸の音』も音楽の本ではない。江戸の音楽の話をしようとすると、それはそれで面白い世界なんですが、やはり音楽ジャンルの話になってしまう。そうはしたくなかった。
感性を研ぎ澄ませて、音の世界を膨大に聴いている人は、ちょっとしたことで区別できる。最終的に決断するとき、こっちだと何か決めるときに、その感性で決められるわけです。そこを研けないでしょうかねという話をさっきしたんですね。
そのヒントになったのがアルス・コンビナトリアPROJECTでした。加納さんをみていると、「そうか、大量に浴びていると分かるようになるのかな」と思ったり、「やっぱりその人がもともと持っているものなのかな」とか、「お寺でお坊さんの修行をしたと言っていたからその影響かな」とか、いろんなこと思い巡らせました。
その方法はまだはっきりと分かりませんが、自分で生活を律して感性を鋭くしていくことはたぶんできると思うんです。でも、それだけでは足りなくて、何かを浴びるように受けるということも必要ですよね。
おわり
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金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:宮崎滔天
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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