【追悼・松岡正剛】学際の真髄は松岡道場で鍛えられた(佐倉統)

2024/09/27(金)08:00 img
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 「巨星墜つ」──この言葉が松岡さんほどピッタリくる人は、いない。単に膨大な仕事をおこなったというだけでなく、存在自体が放つ大きさの点で、ぼくの知人の中でも際立っていた。

 

 松岡さんと最初に出会ったのは、1990年前後、ぼくの最初の著書『現代思想としての環境問題』(中公新書)を出してすぐぐらいの頃だったと思う。当時松岡さんと編集工学研究所がおこなっていた、たしか NTTとの 共同研究会のメンバーに誘われたのだった。これにはびっくりした。本を出したとはいえ、大学院を出て2-3年しか経っていない。身分も三菱化成生命科学研究所(今はなくなってしまった)のポスドクで、期限付のポジションだ。そんな「ぽっと出」の、海の物とも山の物ともつかない若造を、錚々たるメンバーに交じって研究会に参加させようというのだ。こちらは天にも上る気持ちだが、座長としては大胆としか言いようがない。

 

 その研究会では本当に鍛えられた。とくに美学の尼ヶ崎彬さんからはコテンパンに批判され、ずいぶんへこんだが、今にして思えば異分野の人たちと渡り合う術を身につけるには最高の場所だった。その後ぼくは、さまざまな分野に顔を出し、学際的な活動をするようになったが、そのための基礎体力や技法は、松岡道場で鍛えられたことになる。ひとえにこれも、松岡さんが抜擢してくれたからに他ならない。これを慧眼というのは自分を誉めることになるので面映ゆいが、彼の大胆さと思い切りのよさには、感嘆すると同時に感謝あるのみだ。

 

 もうひとつ、どう逆立ちしても真似できないと思ったのが、組織を作って維持するプロデューサー、オーガナイザーとしての松岡さんの才覚である。工作舎、編集工学研究所、イシス編集学校など、どこからどうやって人材と資金を集めてくるのか、ユニークで鮮度の高い活動体を作りだし、常に活発に運営してこられた。物を作って売るのであれば、具体的な製品や作品の品質が良ければ評価されやすい。だけど、編集工学という、独自性が強くてそう簡単には理解してもらえそうにないコンセプト(誉め言葉です)に賛同者を募り、スポンサーを集め、多くのスタッフを雇用し、何十年も続けてきたなんて、人間業とは思えない。

 

 ぼくが大学院を過ごした京都大学霊長類研究所(これも今はなくなってしまった)の元祖は、今西錦司である。彼も抜群のオーガナイザーでありカリスマだった。彼ら、京大山岳部・探検部のメンバーは、効率の良いチームを作り、スポンサーを集め、目標を達成することがとてもうまい。学生の時からそういう作業をやっていて、鍛えられているからだ。国立民族学博物館を作った梅棹忠夫もそのひとりだ。

 

 だが、松岡さんが登山隊を組織したとか、探検にのめり込んでいたとかは聞いたことがない。彼が、いつ、どこで、どのようにしてあのオーガナイザー能力を身につけたのか、ずっと気になっている。いつか直接お聞きしようと思っていたのだが、その機会もなくなってしまった。

 

東京大学大学院情報学環教授

理化学研究所革新知能統合研究センター チームリーダー

佐倉 統

 

  • 佐倉統

    科学技術社会論研究者。現在、東京大学大学院情報学環学科教授、理化学研究所革新知能統合研究センター・チームリーダー。
    もともとの専門は進化生物学・霊長類学だが、進化生物学の理論を軸足に、生物学史、科学技術社会論に研究の軸足をうつし、現代社会と科学技術の関係を研究する。とくに3・11以降は放射能汚染や人工知能をめぐる科学技術と社会の関係について積極的に発言している。

コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg