『絵師ムネチカ』から目が離せない。天才は往々にして何かが欠けている。そしてそのこと自体がまた天才の天才性を引き立たせる。周囲の人々の鼻面を引き回し、人生を変えていく「天才少年」のデモーニッシュな魅力を容赦なく描いた怪作。
これまでにも「神童」もの(?)を数多く描いてきたさそうあきら先生だが、ご本人は極めて方法に自覚的な職人タイプ。長年、マンガ学科の教員として教鞭をとり、『マンガ脚本概論』などの技法書にも定評がある。
2026年3月21日の第90回感門之盟「読奏エディストリート」では、林頭・吉村堅樹からメッセージが寄せられた。感門のテーマである「読奏エディストリート」の意味・意義を、過去の松岡校長の講義なども引用しつつ語った。
まず吉村が着目したのは「ストリート」だった。「ストリートミュージシャン」「ストリートファイト」のように、「ストリート」には許可を前提としない側面がある。本来「道」とは、制度やルールの外側にある法外なものであり、「乞食」や「芸人」といった道々の人々、「芸道」や「武道」もまた同様である。
イシス編集学校における編集の稽古条々の道も、2000年の設立から25年以上にわたって続いてきた。そのような「道」の実践である。
ここで吉村が紹介したのは、2016年の感門之盟において松岡校長が語った「伝承と継承」だった。そこでは夏目漱石の手紙が引用され、「馬」と「牛」の比喩が示されていた。
近代において人は、西洋文化や富国強兵の流れのなかで「馬」のように速く、効率よく進むことを志向してきた。しかし漱石は、「自分あるいは人間は『牛』になろうとするということも時々考えないとならないのではないか」とその必要性を説いたという。
”牛になる事はどうしても必要です。吾々はとかく馬になりたがるが、牛には中々なり切れないです。…牛は超然として押して行くのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。”
(漱石の手紙より)
この問いは現在にも引き継がれている。人はどこで馬となり、どこで牛となるのか。「イシス編集学校では、(馬のように)速さを求めるだけでなく、稽古のストリートにおいて、『牛』の若く途中を愉快に、人を押すことを大事にしてきた」(吉村)。
2016年の校長校話「伝統と継承」の全容は、今期[破]の師範代ロールをつとめた加藤めぐみ師範代によるこちらの記事で読むことができる。
現代は、速度と成果を求める近代的な「馬」の論理が強く働く時代である。その結果、個人はアトム化し、分断が進んでいく。AI時代においては、この傾向はさらに加速していくだろうと吉村は見立てる。
また、物語編集術の五要素の一つである「ワールドモデル」の摩耗がますます進み、世界に適合するか否かという二項的な見方に陥りやすくなる。速度や効率ばかりの「馬」の状態では、分断は加速し対話もままならず、つながりを求めるための安易な物語と「ナショナリズム」が生じていく。日本が大正デモクラシー後の昭和初期に、戦争の道を歩んでしまったのも、「馬」の論理に偏ったがゆえなのだろう。
ここで吉村が強調したのがテーマのもう一つの言葉「読奏」というあり方である。
「読奏」は、読んで奏でることであり、同時に「独創」であり、「独走」でもある。独創的であること、独奏することを厭わない姿勢である。この底力や背骨を支えるのは、編集稽古と読書であり、「読奏」、すなわちあなた自身が読み、奏でていくことである。
「みなさんのエディストリートは始まったばかり。松岡校長を継承しつつ、独走、そしてその先の共創を楽しみにしています」と締めくくった。
上杉公志
編集的先達:パウル・ヒンデミット。前衛音楽の作編曲家で、感門のBGMも手がける。誠実が服をきたような人柄でMr.Honestyと呼ばれる。イシスを代表する細マッチョでトライアスロン出場を目指す。エディスト編集部メンバー。
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2026-03-19
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2026-03-17
目玉入道、参上。
体を膨らませ、偽りの目玉(眼状紋)を誇張して懸命に身を守ろうとしているのは、カイコの原種とされるクワコの幼虫。クワコの繭から取れるシルクは、小石丸のそれに似て細く、肌触りがよいらしい。
2026-03-10
平和に飛び交うモンシロチョウも、地球史スケールでは、ほんの少し前に日本にやって来たばかりのパイオニアらしい。押さえきれない衝動に駆り立てられて彼方に旅立つ人たちの原型は、海をわたる蝶なのかもしれない。