『絵師ムネチカ』から目が離せない。天才は往々にして何かが欠けている。そしてそのこと自体がまた天才の天才性を引き立たせる。周囲の人々の鼻面を引き回し、人生を変えていく「天才少年」のデモーニッシュな魅力を容赦なく描いた怪作。
これまでにも「神童」もの(?)を数多く描いてきたさそうあきら先生だが、ご本人は極めて方法に自覚的な職人タイプ。長年、マンガ学科の教員として教鞭をとり、『マンガ脚本概論』などの技法書にも定評がある。
立春を過ぎ、冬将軍と春貴族のせめぎあいが続いている。日本三名園の1つである偕楽園では「水戸の梅まつり」が2月11日から始まっていた。冷え込み状態では蕾がほころび始めている状態だが、春が近づくにつれて満開へと近づいていくのだろう。
同時期の2月16日に小田急・豪徳寺駅近くの編集工学研究所で、ISIS FESTA「江戸・蔦重の編集力」が開催された。江戸文学者でありイシス編集学校の学長・田中優子による講義だ。校長・松岡正剛が千夜千冊0721夜『江戸の想像力』の冒頭で明かしたとおり、学長・田中は編集工学研究所の食客だった時期もある。
日本の江戸時代において一年中、男女の春を感じさせる場所があった。浅草寺裏の地にある遊女の街「吉原」である。吉原遊郭をホームグラウンドにして活躍したのが、多くの文人墨客と交流して次々と本や浮世絵のヒット作を出した日本サブカルの源流の1人、蔦屋重三郎(蔦重)だった。蔦重を含めた江戸の方法を用いて「読み・書き・遊ぶ」場所がイシス編集学校にある。田中優子監修の多読アレゴリア【EDO風狂連】だ。EDO風狂連のイベントを重ねた今回の公開講義を速報として一部レポートする。
講義の前半、蔦屋重三郎が生きた「地」となる江戸時代についての紹介があった。江戸時代とは世界の荒波を受け止めた時代であり、その荒波にさらわれないように、荒波から生まれる雫と使ってもの創りに没頭した時代であることが強調される。
大航海時代と呼ばれる15世紀末から世界はグローバリゼーションに突入しており、1603年から始まる江戸時代は世界史における大航海時代であった。アメリカ大陸を発見したスペイン人は南米の植民化を進めていた。
鉱物資源との交換を前提に中国や朝鮮からの輸入で物づくりを怠けていた日本は江戸時代に入ってから心を入れ替える。海外から輸入書物を理論とし、職人や農民が試行錯誤しながら、繊維産業や陶磁器などを国産化している。日本の編集力が試されていたのだ。
例えば、アジアとヨーロッパの機器類を導入し、独自技術に変化させている。機械時計を模倣して、当時の日本の時刻制度であった不定時法(日本では1日を昼と夜に分けそれぞれを6等分していた)に合わせた和時計を開発していたのだ。時計内部の要素である歯車の仕組みを舞台装置として応用していたこともあった。
オランダ語の解剖書『ターヘル・アナトミア』を日本語に翻訳した杉田玄白『解体新書』の図版が紹介される。日本人向けに模写しなおしたのは江戸時代中期の画家・小田野直武だ。蔦重と縁の深い平賀源内による紹介で描いている。図版作業を通じて西洋美術の方法の型である陰影法を体得した。続いて紹介された小田野の『犬と子供』『不忍池図』には光と影を使った形や空間が表象化されていた。これらの図を注視すると日本・オランダ・中国の「らしさ」がわかる。3つの国の方法の結合術が花開いていたのだ。
講義の後半では蔦重の生きた江戸時代の特徴が6つ提示された。彼が育った時期はとりわけ「江戸」の文化が上方(京都)の文化を超えて、急激に成長した時代であった。象徴的な出来事として2番目の「浮世絵を生み出したカラー印刷技術」がある。「錦絵」と呼ばれており、織物の綿のように美しい色彩を版画できるようになった。蔦重が満15歳のころ(1765年)である。浮世絵が突然、鮮やかな色彩を帯びることになり、江戸の文化を確実に描画できるようになっていたのだ。
江戸時代では、活字で出版されていた漢書や経典だけでなく、御伽草子や仮名草子、俳諧や和歌の本、物語類、絵本類が刊行されるようになった。書籍文化が発達したことで、戯作者・山東京伝などの物語の読者にとっては本の中で生きることが人生になっていた。ヨーロッパでもミゲル・デ・セルバンテス作『ドン・キホーテ』の主人公が似たような症状になっている。「江戸」の書物を作った人たちが、実は江戸っ子を生み出したのだ。江戸の人々が書物のワールドモデルにのめり込むことによって、人生観も変わっていた。
講義の最後に質疑応答の時間が設けられていた。戦国時代に培われていた大名同士で闘うための力は江戸時代に入って徳川幕府によってどのように編集されたのか。参加者から質問があった。
江戸幕府は火薬を作る貿易や、他国からの派兵要請を一切拒否していた。豊臣家との決戦となる大坂の陣(1615年)を終えて徳川家康の意向で、すかさず禁中並公家諸法度と武家諸法度を発布されている。その後、徳川家光の時代に参勤交代が導入されるなど、徹底的に内戦を起こさないように厳しい大名統制をして、完全平和国家となる仕組みをデザインしていた。家康の意思が継承されて武断政治から文知政治へと緩やかにシフトしている。そのおかげで、蔦重の生きた時代は比較的平穏な時代になっていた。この仕組みが江戸時代末期に崩れたことで、明治維新へとつながっていたのだ。
昨年12月にスタートした多読アレゴリアには大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむ場所【大河ばっか】がある。クラブに入ることで今年のNHK大河ドラマの主人公である蔦重の数寄に迫ることが可能だ。春シーズンは3月3日(月)からスタートする。2月24日(月)が申込締切、詳しくはコチラをクリックしてほしい。
講義席の隣に置かれていた学長ゆかりの書物たち
<参考文献>
・『蔦屋重三郎 江戸を編集した男』田中優子/文藝春秋
・『グローバリゼーションの中の江戸』田中優子/岩波書店
・『眠れないほどおもしろい蔦屋重三郎』板野博行/三笠書房
畑本ヒロノブ
編集的先達:エドワード・ワディ・サイード。あらゆるイシスのイベントやブックフェアに出張先からも現れる次世代編集ロボ畑本。モンスターになりたい、博覧強記になりたいと公言して、自らの編集機械のメンテナンスに日々余念がない。電機業界から建設業界へ転身した土木系エンジニア。
師範代認定後の編集道について交わしあう44[花]敢談儀の放伝生の中に、次期師範代登板後のターゲットを探索する強者(つわもの)が居ました。54[守]で入門してから編集道を歩み続ける北村和喜さんです。敢談儀の濃密な応答の合 […]
<速報>『他力の師範代』レクチャー【2/28(土)エディットツアー@花伝篇】
まもなく春を迎える如月最終日の昼、イシス編集学校の編集コーチ養成コースであるISIS花伝所のオンラインツアーが行われました。応用コースの破講座や物語講座などを受講し、師範代の指南の秘密について興味を持った方々が集まりま […]
<速報>【44[花]敢談儀】読書の裏側には地獄が潜む!?(オツ千ライブ「物実像傳」)
昨日レポートした敢談儀スタート時の花伝所長・田中晶子によるメッセージの後、『読書の裏側』の図解共読がありました。前半では師範と放伝生の対話があり、後半では千夜坊主の吉村堅樹と千冊小僧の穂積晴明による「おっかけ千夜千冊フ […]
<速報>【44[花]敢談儀】書物と自分を切り離さない(田中花伝所長メッセージ)
大寒に突入して朝の空気が冴えた日々が続く1月24日、豪徳寺駅近くの編集工学研究所で、編集コーチ養成コース・花伝所の最終関門「敢談儀(かんだんぎ)」が行われました。スタートにあたって花伝所を取りまとめる所長・田中晶子から […]
師走として2025年終盤へと加速する12月13日(土)、編集工学研究所の本楼で蒐譚場が開催されていました。物語講座のラストプログラム「編伝1910」のレクチャー&ワークが行われましたね。担当は師範の森井一徳と高橋陽一で […]
コメント
1~3件/3件
2026-03-19
『絵師ムネチカ』から目が離せない。天才は往々にして何かが欠けている。そしてそのこと自体がまた天才の天才性を引き立たせる。周囲の人々の鼻面を引き回し、人生を変えていく「天才少年」のデモーニッシュな魅力を容赦なく描いた怪作。
これまでにも「神童」もの(?)を数多く描いてきたさそうあきら先生だが、ご本人は極めて方法に自覚的な職人タイプ。長年、マンガ学科の教員として教鞭をとり、『マンガ脚本概論』などの技法書にも定評がある。
2026-03-17
目玉入道、参上。
体を膨らませ、偽りの目玉(眼状紋)を誇張して懸命に身を守ろうとしているのは、カイコの原種とされるクワコの幼虫。クワコの繭から取れるシルクは、小石丸のそれに似て細く、肌触りがよいらしい。
2026-03-10
平和に飛び交うモンシロチョウも、地球史スケールでは、ほんの少し前に日本にやって来たばかりのパイオニアらしい。押さえきれない衝動に駆り立てられて彼方に旅立つ人たちの原型は、海をわたる蝶なのかもしれない。