■「マンガのスコア」でインタースコア
「いや、実はこのミメロギア作品はなかなかの問題作品なのです」
光合成センタイ派教室の学衆、川崎隆章はこう切り出した。その日、汁講のために集まった教室の面々は耳をそばだてた。川崎の言葉が向けられた作品は、同教室の学衆、村瀬晶彦によるものだったからだ。
上段左から 山本昭子師範代、阿部幸織師範、中崎ちひろ学衆
下段左から 村瀬晶彦学衆、矢野和幸学衆、川崎隆章学衆
上段左から 山本昭子師範代 阿部幸織師範
下段左から 小林美穂学衆 若林牧子番匠
山本昭子が師範代としてひきいる光合成センタイ派教室は、汁講であるワークを実施した。相手の作品をどう見たか。受けとったイメージをどう表現するか。[守]の型をつかったエディティングモデルの交換だ。
<ワーク>ミメロギア×マンガのスコア
(1)事前に、ワークするペアの組み合わせを決めておく。
(2)ペアになった相手のミメロギア作品から1つを選ぶ。
(3)選んだ作品から受けたイメージをスコアリングする。
川崎による先の発言は、このペアワークのなかでのものだった。
「干からびた妖怪・湿気た妖精」作者:村瀬晶彦
「10点満点中 6ヌラリヌラリ」評者:川崎隆章
川崎にこのスコアの意図を訊いてみた。
妖怪というのは大抵ドロドロしていたり、ヌラヌラしていたり、何やら口から吐いていたり、と、湿った感じで描かれてきました。それが「干からびている」んです。何があったのでしょう!実は妖怪は「干からびてなんかいない」という、歴史的常識とされてきたものへの反抗的な提言かもしれません。
妖精にも同様の大事態が生じています。暖炉のそばとか、北の国の乾いた雪の上、乾いた枯葉が敷かれた深い森とかを、ちょこまかと軽妙に動き回り、軽やかな羽根で素早く飛び回る。そんな「愛される要素をいくつもつみかさねたような存在」に「湿気た」という言葉が来るのは全く意外です。この二つが正面で向き合ったのです。大事件ではないですか!
私はなぜ10ヌラリヌラリ中の6ヌラリヌラリしか差し上げなかったのか。理由があります。あまりに材料と主題がいいので、もうひと手間かけていただきたい、という未来投資の受け皿として4ヌラリヌラリ残しておいたということです。期待に宛てた「余白の4ヌラリヌラリ」です。
川崎はこのあと、「これは村瀬さんへの大賛辞です」と言い添えた。
■美辞麗句はいらない わたしたちはスコアで対話する
51[守]の卒門日が近づき、全番回答という条件を達成すべく誰もが疾走するなか、村瀬から川崎へメッセージが届けられた。
ヌラリヌラリと締切が迫ってきています。川崎さんへのアンサーとしてミメロギアを彩回答しました。
陰喰らう妖怪・陽浴びる妖精
木枯らし妖怪・小春日和妖精
玄関妖怪・勝手口妖精
消灯する妖怪・点灯する妖精
のびのび妖怪・おれおれ妖精
教室がどよめいた。村瀬はあらたに5つのミメロギア作品を投じてきたのだ。
川崎に「6ヌラリヌラリ」と評された「干からびた妖怪・湿気た妖精」の地をズラし、対比が際立つよう言いかえを重ね、妖怪と妖精の物語が立ち上がるようなミメロギアを生み出した。ミメロギアは[守]の講座全体で開催するアワード(番選ボードレール)の対象お題でもあるが、エントリー期間も講評も終了したこのタイミングで彩回答する学衆はそういない。
スコアは、「感」や「勘」を表現することができるとびきりのコミュニケーションツールなのだ。エディティングモデルの交換によって更なる編集を起こすことができる。この「彩回答事件」によって、光合成センタイ派教室の全員がそれを実感することとなった。
■「ないものねだり」が編集を加速する
村瀬の彩回答をうけ、師範代の山本はすかさず、川崎へこう送った。
川崎さんから村瀬さんへの彩指南を期待!
※イシス編集学校では「再回答」や「再指南」の「再」を「彩」「祭」などと言いかえる。
川崎はものの2時間でこれに応じた。届いたのは1800文字を超える講評だった。そのアフレる言葉と行間から、嘆賞する川崎の息づかいが伝わってきた。
一部、紹介しよう。
「陰喰らう妖怪・陽浴びる妖精」
妖精は光を浴びて育つ→妖精は光合成をしている→妖精は光合成センタイ派である→ならば、われわれも妖精だ!
「玄関妖怪・勝手口妖精」
妖怪・妖精をサザエさん的なシーソーに載せてくれたおかげで、抱腹絶倒の妄想が沸きました。これ『編集的エンタテインメント』だよね。
「のびのび妖怪・おれおれ妖精」
善と悪のシーソーに妖怪・妖精を載せてきた人類に『のびのび』『オレオレ』という二つの善なるスタイルを示したのかもしれません。このミメロギアはありがたい法話のようにも感じられますね。
編集的インスピレーションで世界を騒がせるような面白い『見方』を生みました。村瀬さんが汲んだ一杯の泉の水が大河にまで成長する姿を、この彩指南の〆に捧げたいと思います!
これが「4ヌラリヌラリ」の不足から始まった編集的「事件」の一端だ。川崎のないものねだりが、村瀬のアウトプットを充実させた。
スラヴォイ・ジジェクは著書『事件!――哲学とはなにか』のなかで、事件とは「安定した図式を覆すような新しい何かが突然に出現すること」だと説いた。事件によって「われわれが世界を知覚し、世界に関わるときの枠組みそのものが変わる」のだ。
校長の松岡正剛はジジェクについて千夜千冊でこう綴っている。
0654夜『幻想の感染』スラヴォイ・ジジェク
われわれはどんな時代もイデオロギーや主題に惑わされている。ジジェクはこれを徹底して嫌う。ぼくも大嫌いである。ではどうすればそれらに惑わされないか。方法による脱出が必要なのだ。
51[守]の全番回答〆切日の今日2023年8月20日。講座をあげて編集稽古に向かう声が飛び交っている。
学衆諸君。あなたから発せられたその言葉はまだ未完だ。アウトプットしたその瞬間から誰かの編集を加速させ、別の何かを出現させる。インタースコアによる既存の「見方」からの脱出が、51[守]に新たな「事件」を生む。
阿部幸織
編集的先達:細馬宏通。会社ではちゃんとしすぎと評される労働組合のリーダー。ネットワークを活かし組織のためのエディットツアー も師範として初開催。一方、小学校のころから漫画執筆に没頭し、今でもコマのカケアミを眺めたり、感門のメッセージでは鈴を鳴らしてみたり、不思議な一面もある。
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