編集用語辞典 12 [守破離]

2023/06/15(木)08:34
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今春は、文楽の研修生への応募が一人もなかったという。50年ほど前に研修制度が始まって以来の、初めてのできごとだそうだ。

千夜千冊第974夜・近松門左衛門『近松浄瑠璃集』で、松岡正剛は「現代文学もここまで心の綾を描けている作品は少ないだろうと思われる」と評した作品を紹介している。小春と治兵衛の心中を描いた傑作、『心中天網島』だ。その根本のモチーフは「愛想づかし」だと読み解いている。浄瑠璃や歌舞伎での愛想づかしとは、「相思相愛の間柄にありながら、相手のためを思って、あえて心にもない縁切りの仕草を見せること」で、「愛想が尽きたのではなく、本来の愛想に向かうための乾坤一擲なのだ」という。物語の中で、治兵衛の妻おさんは、夫と恋仲の遊女小春が夫へ愛想づかしをしたことから、小春の自害の意思を悟る。おさんは小春を助けようと、夫に見請けするように勧める。なんとかお金を工面しようと、自分の身の振り方に思い至ることもなく、我を忘れて箪笥を開け、質に入れる着物を取り出すおさんの後ろ姿。その首の動きや肩の繊細な揺れが、胸に迫る。

松岡正剛は田中優子との対談集『日本問答』(岩波新書)で、人形遣い三人と太夫と三味線によって一つのドラマと舞台がシンセサイズをめざすこの芸能を、日本という方法に潜む編集力に重ね、こんなふうに語っている。

 

編集力というのは、自己表現ではなくて自他の相互作用を協同リプレゼンテーション(表象)するためのもので、その目で見ると文楽は世界一すごい芸術です。セリフと地の文は太夫が語り分けますし、人形は顔と右手に一人、左手に一人、足に一人がついて動かすこの非対称的協同性がすばらしい。多様な視点の統合化といえばそうなんだけれど、文楽は学知的な統合化ではなくて、手続きがらみ、職人の技がらみです。こういうことをなんとか「知」の世界にも持ち込みたいと思ってきたわけです。

 

 

■問・感・応・答・返

 

編集力を鍛えるイシス編集学校では、正解のないお題を巡る師範代と学衆のやりとりで、相互編集コミュニケーションの場が起こる。これを「問感応答返」という型で学ぶ。お題という問いに何かを「感」して、そこから「応」して「答」して教室という場に「返」しあう手続きを踏むのである。方法を伝授しあい、意味を抜きあい、贈りあうこの動的なプロセスでは、対話を通して自己も他者も、教える者も学ぶ者も変わり続けていく。そこには既知から未知へ向かっていく学びがあるからだ。わかっていることを使って、わからないことを導き出す。正解を手に入れるのではなく、自分なら何ができるか、どういうことがわかり得るかを探し求める。それは、世界を正確に写しとろうとするのではなく、世界にはたらきかけ、編み直し、変化させていく力でもある。今ある状態を変容可能なものとして捉え、さまざまな自分なりの仮説を立てて、新しい可能性を探り出す。このとき、アナロジーを使って意味の世界を関連づけ、広げていく編集の力が「わかる」(エウレカ)をもたらし、変化を促す。「ワカルとカワル」という相転移は、一見別々のものと思える事象が繋がることで、やってくるのである。

 

 

■守破離が生む関係性

 

イシス編集学校では「問感応答返」という相互編集の場として、3つのコースが設けられている。千夜千冊第1252夜・藤原稜三『守破離の思想』には、江戸千家の川上不白に倣って、イシス編集学校の3コースを「守・破・離」にしたいきさつが書かれている。この一夜の冒頭には、守破離について説明した一節がある。

 

守って破って離れる、のではない。守破離は、守って型に着き、破って型へ出て、離れて型を生む。この思想は仏道の根本にも、それをとりこんで日本的な様式行為をつくった禅にも茶にも、また武芸にも、開花結実していった。

 

日本のあらゆる伝統文化に方法として脈々と息づいている守破離の思想は、師弟関係のかたちやすがたを伝えるものでもある。もともと守破離は川上不白が「型」を伝える極意として使った言葉だという。松岡正剛は不白の言葉をこのように記している。「師が弟子に教えるのは守である。弟子が守を習尽していけば、おのずと破ることになるだろう。離は守と破の二つを合わせつつここから離れることによって、かえって二つを守るのである」。

入門してしばらくの「守」は、教えられた型を徹底して学ぶ。「破」はその身に付いた型をつかった創意工夫で、作用をおぼえる。「何かを破ることによって、その奥に蟠っていた本来がガバッと顕在してくる動向」が「破」である。捉われの心や知見を破り、本来に向かってターンオーバーしていくのである。先ほどの近松の浄瑠璃では、治兵衛の妻おさんは何かを破り「愛想」の本来が顕れた。千夜千冊第1100夜・安田武『型の日本文化』では、「破」とは「水墨画法の破墨のように『墨によって墨を破る』」「多様性によって多様性を破ること、最小多様性(レキジット・バラエティ)を知ること」だと説いている。これまでの在り方や感じ方や応じ方ではない、別様の可能性が開けるのだ。

そうやってめざしていく先には、どのように生きて、どのような社会を創造するのかという、自己と世界(場)を同時に編集していくような、自由闊達な「離」がある。自分は、つねに自分の外との関係の中にあり、かつ自分自身の人生との関係でもある。

『守破離の思想』の一夜では、松岡正剛は世阿弥の「離見の見」に注目している。

 

世阿弥(118夜)は『花鏡』に我見と離見をくらべ、「我が目の見る所は我見なり。見所より見る所の風姿は離見なり」と説いて、場における「離見の見」をみごとに集約してみせた。

世阿弥にとっての「離」とは“見所同心”なのである。自分だけでは離にならない。「離見の見」は場とともにある。心はその場の見所のほうにおいていく。世阿弥はそのことをすでに指摘した。この見方を「目前心後」(もくぜんしんご)とも言った。

 

第1508夜・西平直『世阿弥の稽古哲学』では、「離見はたんに自分を離れることではなく、『他者のまなざしを、わがものとする』ということであり、さらには『わが心を、われにも隠す』ということなのだ」と説いている。

「私」から離れて、自分も相手も含んだ全体を飲み込んだ見方でものを見ることによって、「私」は変化し続ける場に開かれ、場のポテンシャルエネルギーと響き合い、自分自身の最高のはたらきを発揮することができるのである。そのすがたかたちは、文楽という「協同リプレゼンテーション」においても見ることができるのだろう。

編集学校の離のコースは「世界読書奥義伝」と名付けられている。歴史的現在に立って「世界」とかかわっていく方法を模索する編集道場だ。自分が生きて生かされる「場」や「時」に対して、新しい意味や価値を創発していく方法を、松岡正剛直伝の文巻を手に、その編集的世界観や方法哲学を身体に通しながら体験する。

 

 

■いじりみよ

 

あるイギリスの小説家は、読書についてこんなふうに語っていた。「本の中にはあらゆる可能性がある。本によってあなたは自分の外に出て、自分を見失い、渇きで死に、かつ十全に生きる。本とはすべてだ」

イシス編集学校の「破」のコースでは、本の読み方や文章の書き方で新たな地平をめざす「いじりみよ」という型がある。「い」はトピックの位置づけ、「じ」は状況づけ、「り」は理由づけ、「み」は「見方づけ」、「よ」が予測づけである。この型は、「読む」や「書く」ことの本来である、予定調和ではない、思ってもみなかったような発見をめざす。その眼目は、「理由づけ」の段階とは異なる視点から捉え直す「見方づけ」にある。「虚に居て実を行ふべし」という芭蕉の言葉どおり、「虚」から「実」に向かって破り、新しい現実を輝かせるのである。これが、トピックの本来へと向かうことによっておとづれる「破」のフェーズにあたる。そこからおのずと生まれる「予測づけ」が、新たな創発の「離」となるのだ。

 

イシス編集学校では、「一緒の守、一期の破、一生の離」と言っている。「守・破・離」の3つのコースや花伝所を経て、師範代となって、編集道の「守」を修めることができるのだと、イシス編集学校の吉村堅樹林頭は語る。そこからまた、新たな編集道が始まっていくのである。

 

参考文献: 『インタースコア』松岡正剛&イシス編集学校(春秋社) 

      『「わかる」ということの意味』佐伯胖著(岩波書店)

      『生命知としての場の論理』清水博著(中公新書)

      『稽古の思想』西平直著(春秋社)

      『波』2022年8月号(新潮社)

 

§編集用語辞典

 01[編集稽古]

 02[同朋衆]

 03[先達文庫]

 04[アリスとテレス大賞]

 05[別院]

 06[指南]

 07[エディティング・モデル]

 08[花伝所]

 09[師範代]

 10[注意のカーソル]

 11[エディトリアリティ]

 12[守破離]

 

  • 丸洋子

    編集的先達:ゲオルク・ジンメル。鳥たちの水浴びの音で目覚める。午後にはお庭で英国紅茶と手焼きのクッキー。その品の良さから、誰もが丸さんの子どもになりたいという憧れの存在。主婦のかたわら、翻訳も手がける。

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