「破」はただの学校ではない。
「破」の方法にこそ、
編集を世界に開く力が秘められている。
そう信じてやまない破評匠ふたりが、
教室のウチとソトのあいだで
社会を「破」に、「破」を社会につなぐ編集の秘蔵輯綴。
評匠Kは考えた。
街並みをおもちゃのように見下ろすことができるビルの屋上。
黒板の文字や友人の表情がはっきりと見える眼鏡。
大人たちが美味しそうに飲むただ苦いだけのビール。
少年の頃の世界は、新しいモノに出会うたび、キラキラと更新された。
世界がかっちり組み上がったように見える今だって、関わることで世界の見え方が変わってしまうモノやコトがある。それらを関係ないモノ、わからないコトと済ますのが、大人なのかもしれないが、それを取り込むことで、今見ている世界の枠組みを破り、ワクワクする世界に組み立て直すこともできる。編集とはこの再構成に積極的に関わっていくことでもあるのだ。
文体編集術は、文体を操作し整えるいわゆる文章術の稽古ではなく、編集を文体する稽古である。評匠Nが紹介したセイゴオ知文術は、その総仕上げとして「千夜千冊」のような本にまつわるテキストを書く稽古だ。そのために、まず、私たちは「千夜千冊」をなぜ読むのか、何を期待しているのかを改めて考えてみるのがよいだろう。
例えば、千夜千冊の「第1夜 雪 中谷宇吉郎」である。
岩波文庫の『雪』の表紙には、次のような要約が置かれている。
天然雪の研究から出発し、やがて世界に先駆けて人工雪の結晶の生成条件を明らかにするまでの懇切に語る。その語り口には、科学の研究とは、どんなものかを知って欲しいという「雪博士」中谷(1900-62)の熱い想いがみなぎっている。
(岩波文庫『雪』中谷宇吉郎著 表紙の要約より)
わずか百文字余りのテキストに、著者である中谷がどのような人物なのか、この本には「雪」にまつわるどのようなことが書かれているがが、明確に記されている。
次に千夜千冊の第1夜から抜粋してみる。
雪は何かの途中の産物なのだ。この僅かなちがいをもとに、中谷の記述は天地の裂け目をめざして膨らんでいく。
この本はそこを読んでいくのが粋なのだ。自分自身が大空を舞いながら、途中に雪氷化していくべき読書なのである。そう思ってあらためて振り返ってみると、中谷は地上の雪にはほとんどふれないで、天から降ってくる途中の雪だけを凝視しつづけていたことに気がついた。
(千夜千冊 第1夜『雪』中谷宇吉郎 より)
同じ本について書いているにも関わらず、この2つのテキストは明らかに意図しているものが違う。千夜千冊には『雪』の説明以上のコトが書かれている。当然、千夜千冊の第1夜全体を読むと、中谷宇吉郎がどのような人物なのか、『雪』に何が書かれているかも記されている。しかし、私たちが惹かれるのは、雪という”途中の産物”が指し示す”天地の裂け目”の存在であり、”大空を舞いながら、途中に雪氷化する”という読書体験である。「千夜千冊 第1夜『雪』中谷宇吉郎」を読んだあと、『雪』という本を巡る世界の枠組みが変化したことに私たちは気づくだろう。『雪』は単なる上質な自然科学読本ではなくなり、雪を見ると気象現象以上の何かを読み取ろうとする自分がいる。編集を文体するとは、このように新しい世界の見方をつくることであり、千夜千冊はその実践なのだ。
何かを知りたい、何かを得たいと私たちは本を読む。しかし、読むことはすべてを理解することではない。得るものがある反面、よく読めば読むほど、新たに言葉にできないモヤモヤしたあわいも生まれる。そのあわいを消し去るのではなく、私たちの中に場所を作っていくためには、あわいが言葉で捉えられるようにしていく必要がある。セイゴオ知文術は、そのための稽古だ。理解できたことだけ紹介するのではなく、その先にあるモヤモヤするモノも言葉にできる世界観や自己認識を持つこと、そして読み手とそれを共有できる言葉にすることを私たちは目指していこう。決して簡単ではないが、たとえ失敗したとしても、そのようなテキストを生み出すことに挑戦することこそが、[破]でマナブことの意義だ。
同朋衆として、新しい世界の見方を数多く体験できることが待ち遠しい、と評匠Kは思った。
アイキャッチデザイン:穂積晴明
新しい世界の見え方をつくる~hyo-syoちゃんねる vol.2 ~
きたはらひでお
編集的先達:ミハイル・ブルガーコフ
数々の師範代を送り出してきた花伝所の翁から破の師範の中核へ。創世期からイシスを支え続ける名伯楽。リュックサック通勤とマラソンで稽古を続ける身体編集にも余念がない、書物を愛する読豪で三冊屋エディストでもある。
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