安藤昭子コラム「連編記」 vol.10「型」:なぜ日本は「型の文化」なのか?(前篇)

2025/01/09(木)17:00 img
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編集工学研究所 Newsletter」でお届けしている、代表・安藤昭子のコラム「連編記」をご紹介します。一文字の漢字から連想される風景を、編集工学研究所と時々刻々の話題を重ねて編んでいくコラムです。

 

INDEX

「連編記」 vol.10「型」:なぜ日本は「型の文化」なのか?
 ▼前篇
 └ 年のはじめのためしとて
 └ 「中はからっぽの日本」と「型の文化」
 ▼後篇
 └ ダイナミック・プロセスとしての「型」
 └ 「稽古」と「守破離」
 └ 「型の経営」を稽える

 

編集工学研究所からのお知らせ
 └ 1/22 開催:第一回「ほんのれんオンライン旬会」
 └ 1/27~3/23 開催:ジュンク堂書店池袋本店「ほんのれんフェア」
 └ 1/19 開催:イシス編集学校特別講義「宇川直宏の編集宣言」
 └ 2025年4月 開講:イシス編集学校「守」コース

 


「連編記」 vol.10

「型」

なぜ日本は「型の文化」なのか?(前篇)

2025/1/7

 

年のはじめのためしとて

2025年が明け、皆様いかがお過ごしでしょうか。昨年は、8月に松岡正剛が白玉楼中の人となり、その後さまざまなかたちで寄せられる追悼の意に接しながら、その存在の大きさに出会い直した年でもありました。改めまして、昨年は松岡正剛ともども温かなご厚情をいただき、ありがとうございました。

 

編集工学研究所の新年は、本楼での挨拶から始まります。松岡もこの日ばかりは朝早くから本楼に顔を出し、皆で顔を揃えるのが恒例でした。お屠蘇をいただいて、松陰神社に初詣に出かけたあとに、お昼を挟んで再度本楼に集合。その後は夕方まで、ひとりひとりの新年の抱負が交換されます。

 

ここ数年は、一冊の本に託して思いを述べる「肖冊会(しょうさつえ)」という社内イベントが恒例行事になっていました。誰がどんな本を選び、どんな読み方で自身の心構えを語るか、そこに松岡がどんなコメントを寄せるか。司会役を仰せつかった者は年末年始も準備に励み、皆はそれぞれに選んだ本とじっくりと向き合い、居住まいを正してドキドキしながらこの日を迎えます。

 

編集工学研究所・松岡正剛事務所・百間の仕事始めのスタイルではありますが、書物への愛着や敬意、場への礼節や創意工夫、知の先達への畏怖や感謝といった、私たちが守り育むべき精神が存分に折りたたまれていました。自分たちは幾年月の知層の上にあってはじめて編集を前に進めうる存在であるということを、肌身で感じ合いあらたまる時間です。

 

この「肖冊会」は、自分たちなりの次第やしつらいを含む様式としての「型」でありつつも、新年を立ち上げるにあたっての心の「型」でもありました。今年はさまざまなことが重なり「肖冊」のパートは一旦お休みをしましたが、来年はまた新たな装いで復活し、この催しの「型の本来」を継いでいきたいと思っています。

 

編集工学研究所・松岡正剛事務所・百間そろって、本楼で新年会。今年もよろしくお願いします。

 

「中はからっぽの日本」と「型の文化」

「型の本来」とは、さて何でしょうか。そこに分け入るにあたって、少し「日本のすがた」を考えてみたいと思います。

 

心理学者の河合隼雄さんは、「日本の中心は空っぽ」であると指摘しました。日本神話は中空構造をもって成立しているのではないかと仮説し、中心へと統合していく西洋と比較しながら日本人の深層心理を読み解いたものです。『中空構造日本の深層』『神話と日本人の心』などで説かれています。

 

中空均衡構造の場合は、新しいものに対して、まず「受け入れる」ことから始める。(中略)外からくる新しいものの優位性が極めて高いときは、中空の中心にそれが侵入してくる感じがある。そのときは、新しい中心によって全体が統合されるのではないか、というほどの様相を呈するが、その中心は周囲のなかに調和的に吸収されてゆき、中心は空にかえるのである。これが、中空均衡構造の変化、あるいは進化のあり様なのである。

『神話と日本人の心』河合隼雄

 

見渡してみれば日本には、多くの「中空構造」があることに気が付きます。首都の中心部は皇居によって穿たれているし、初詣で賑わう神社も中枢にいくほどに空っぽになる。折口信夫が指摘したように、日本の神々は外からやってくる来訪神・マレビトです。並べていいかはわかりませんが、紅白歌合戦で「坂道系」と言われるアイドルグループを見ながら、同じようなことを思っていました。センターという「席」はありながら、人は固定されずに入れ替わる。トーナメント戦で敗者が消えゆくのではなく、周縁のメンバーが客神のようにセンターに舞い降りてはまた帰っていく構造です。秋元康さんが日本の中空性を意識したかはわかりませんが、単純な勝ち抜き戦よりもきっと馴染みがいいのでしょう。

 

日本の文化の深層にはもともと「ウツ」なるものがあるーー松岡正剛はこのことを日本文化における「負の装置」と呼んでいました。外圧に拠って凹んだのではなく、はなから穿たれた場所を抱えているのが日本です。その構造をずっと奥まで辿っていくと、河合隼雄の言う「神話における中空構造」が見えてきます。

 

『中空構造日本の深層』河合隼雄(中公文庫)/『神話と日本人の心』河合隼雄(岩波現代文庫)

 

「ウツ」なるところからいづるエネルギー、あるいはウツなるところに出入りするカミやマレビトを、日本の人々は依代や神籬や榊を介して受け止めました。穿たれた「ウツ(空・虚)」から「ウツシ」が生じ、「ウツロ(虚ろ)」や「ウツワ(器)」に派生しながら、「移る」「映る」「写る」をすべて内包した「ウツロヒ」となる。そのなにもない空虚から生じたエネルギーが「ウツツ(現)」に転じるわけです。この虚から実への転換が、日本の奥にありました。

 

われわれの祖先たちはからっぽの鐸(さなぎ)や鈴を鎮魂や高揚のための道具につかってきました。内側に何もないサナギ状の容器は、そこに何かがはぐくまれるという想像をもたらします。つまり「ウツなるもの」はそこから「何かが生成してくるところ」でもあったわけです。

『花鳥風月の科学』松岡正剛

 

ウツという空虚は、イメージを生成する原基であったのです。そのはなはだ覚束ないイメージの生成過程を何度でも反復するために、「型」が生まれたと考えられます。西行が詠んだ「なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」という歌にあるような、なんとも指差しすることのできない「なにごと」かへのアクセスに向かって、「型」は練られていったのであろうと思います。

 

明示的な信仰や宗教ではない「気配」や「影向」や「兆し」としか呼べないある感受性を再生するところに、日本の「型の文化」は育まれていきました。

 

「Hyper-Editing Platform[AIDA]Season5「型と間のAIDA」より。AIDAの気配を編集工学研究所のXで配信中。|写真:川本聖哉

 

次回配信の後篇では、こうした日本の「型の文化」がどう練られ継がれてきたか、その型の文化はこれからの世界にどのような力を発揮しうるか、さらに深掘りをしながら考えてみたいと思います。

 

安藤昭子(編集工学研究所 代表取締役社長)
 

◆編集工学研究所からのお知らせ:

昨年は、「編集工学研究所Newsletter」にお付き合いいただきありがとうございました。今年も編集工学研究所界隈の活動や話題を、さまざまにお届けしてまいります。ご関心の向くものあれば、ぜひお気軽にお立ち寄りください。2025年も、どうぞよろしくお願いいたします。(編集工学研究所・広報チーム)

 

■1月22日(水)開催:第一回「ほんのれんオンライン旬会」

 

編集工学研究所と丸善雄松堂が提供する「ほんのれん」では、オンライン旬会を開催します。毎月のテーマに沿って、その場で本やオリジナルテキストを読みながら対話するワークショップです。

 

本に触れたい、思考習慣をつけたい、対話して視野を広げたい、そんな方におすすめです。どなたでもご参加いただけます!イベント詳細やお申し込みは、こちらから。

 

<第一回ほんのれんオンライン旬会:「問いはどこに隠れてる?―「あたりまえ」を引き剥がす」>

◆日時:2025年1月22日(水)18:30-20:00(約90分)

◆実施方法:オンライン(使用プラットフォーム:Zoom) 

◆申込方法 :Peatixページの「チケットを申し込む」よりお申込みください。
 ※ほんのれんご導入機関のメンバーの方は、別途ご案内しているクーポンコードをお使いいただくことで、無料でご参加いただけます。(各機関3名まで)

◆定員:30名(先着順)

 

■1月27日(月)〜3月23日(日)開催:ジュンク堂書店 池袋本店「ほんのれんフェア」

1月27日(月)から3月23日(日)の2か月間、ジュンク堂書店 池袋本店1階にて「ほんのれんフェア」を開催いたします。

 

普段は一般販売していない、「ほんのれん」のオリジナル冊子『ほんのれん旬感ノート』や『百考本カタログ』を展示・販売しますので、ぜひお立ち寄りください。

 

 

■1月19日(日)開催:イシス編集学校特別講義「宇川直宏の編集宣言」

 

イシス編集学校 co-missionのメンバーである宇川直宏氏による第54期[守]特別講義「宇川直宏の編集宣言」を開催します。どなたでもご視聴いただけます。イベントの詳細はこちら

●日時:2025年1月19日(日)14:00~18:00
●参加方法:zoom
●参加費:3,500円(税別)*54[守]受講生は無料
●申込先:https://shop.eel.co.jp/products/detail/776
●お問合せ先:es_event@eel.co.jp

 

■2025年4月開講:イシス編集学校「守」コース

編集工学の「型」を学べるオンラインの学校、イシス編集学校「守」コース(第55期)は4月27日申し込み締切です。お申し込みはこちらから。

オンラインで参加できる学校説明会も随時開催中!

 

 

本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

  • エディスト編集部

    編集的先達:松岡正剛
    「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。