『絵師ムネチカ』から目が離せない。天才は往々にして何かが欠けている。そしてそのこと自体がまた天才の天才性を引き立たせる。周囲の人々の鼻面を引き回し、人生を変えていく「天才少年」のデモーニッシュな魅力を容赦なく描いた怪作。
これまでにも「神童」もの(?)を数多く描いてきたさそうあきら先生だが、ご本人は極めて方法に自覚的な職人タイプ。長年、マンガ学科の教員として教鞭をとり、『マンガ脚本概論』などの技法書にも定評がある。
記者は自分の見方を入れるな—— そう叩き込まれて20年が経つ。
第90回感門之盟の総合司会を務める齋藤幸三師範(47守師範)。社内誌記者として新人のころ、先輩からこんな言葉を受けた。「100%の客観は無理でも、極限まで主観を削いで、その中で主観を表現しろ」。以来、事象をキーワードで大づかみにし、思考を整理していく習慣が体に刻まれた。だがイシスに入ってみると、その習慣がたちまち壁になった。何度回答しても、再回答要求が返ってくる。破の稽古では「モードチェンジが苦手」と師範代に繰り返し指摘された。齋藤師範にとっての破の稽古は、削ぎすぎた主観を取り戻すためのものだった。
その壁にぶつかったとき、齋藤師範を支えてきたのが「一切皆苦」という言葉だ。立正佼成会に所属し、教会で様々な人の話を聞いてきた。「苦を乗り越えようとするのではなく、苦と思っていたものが別の意味をもっていると解釈すること」。ファイティングの相手は他者ではなく、自分の固定された見方そのものだと気づいた。仏教の「因縁果報」と編集の「相互編集・モデル交換」が重なって見えるのは、そういう体験を経てのことだ。
硬直化によって生まれる苦から目を背けない人は、他者の変化の兆しからも目を背けない。感門之盟の総合司会を受けた齋藤師範は、守の動向を追い、一人ひとりの「らしさ」を手繰り寄せ、エディットツアーにも足を運んだ。司会原稿はすでに仕上がっている。それでもこう言い切る。「原稿にないものを拾っていくしかない。感が動いたものを、その場で言葉にする」。
編集稽古で主観に破を起こしたからこそ、感門之盟ではそれを削がないことの重さがわかる。感が動いた瞬間を逃さず、場に返す。
中村 麻人中村麻人
編集的先達:クロード・シャノン。根っからの数理派で、大学時代に師範代登板。早くから将来を嘱望されていた麻人。先輩師範たちに反骨精神を抱いていた若僧時代を卒業し、いまやISIS花伝所の花目付に。データサイエンティストとしての仕事の傍ら、新たな稽古開発にも取り組み毎期お題を書き下ろしている。
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花伝所入伝生が学衆の時印象的だった稽古をトレースしていると、思いがけず発見に至った時の表現によく出会います。「まるで道から逸れて公園に遊びに来たような」、「つい焚火の火に誘われて」、「安全な木から降りて草原を走ってみる […]
子どものころ、帰宅路の途中で寄り道をしたことでちょっとした宝物を発見したり、未知に踏み出したような体験をしたことがあるのではないでしょうか。何か決められたルートや確定的なルール(左右交互に曲がるなど)から外れ、時々違う […]
コメント
1~3件/3件
2026-03-19
『絵師ムネチカ』から目が離せない。天才は往々にして何かが欠けている。そしてそのこと自体がまた天才の天才性を引き立たせる。周囲の人々の鼻面を引き回し、人生を変えていく「天才少年」のデモーニッシュな魅力を容赦なく描いた怪作。
これまでにも「神童」もの(?)を数多く描いてきたさそうあきら先生だが、ご本人は極めて方法に自覚的な職人タイプ。長年、マンガ学科の教員として教鞭をとり、『マンガ脚本概論』などの技法書にも定評がある。
2026-03-17
目玉入道、参上。
体を膨らませ、偽りの目玉(眼状紋)を誇張して懸命に身を守ろうとしているのは、カイコの原種とされるクワコの幼虫。クワコの繭から取れるシルクは、小石丸のそれに似て細く、肌触りがよいらしい。
2026-03-10
平和に飛び交うモンシロチョウも、地球史スケールでは、ほんの少し前に日本にやって来たばかりのパイオニアらしい。押さえきれない衝動に駆り立てられて彼方に旅立つ人たちの原型は、海をわたる蝶なのかもしれない。