棚下照生。この忘れられたマンガ家が、最近、X(ツイッター)で話題になっていた(なぜかは知らないが)。大人漫画のタッチで劇画を描くという、今となっては完全に絶滅した手法が、逆に新鮮に映るのかもしれない。代表作『めくらのお市物語』は、連載当時、大変な人気で、映画やテレビドラマにもなったのだが、現在では、タイトルに問題アリで、復刊の目途もない。もしも古本屋で見かけることがあったら絶対買いです。
今期56[守]のミメロギアのお題は「空海・ゲーテ」。ゲーテといえば昨年、21世紀生まれの鈴木結生による小説『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版)が話題となりました。第172回芥川賞受賞作を師範はどう読んだ?
第90回感門之盟「読奏エディストリート」の特別連載4回目。「マーキング」と「ヨミトキ」で奏でる師範の声の重なりをどうぞ。
「愛はすべてを混淆せず、渾然となす」と今度は日本語に直してみる。そうすると、一寸はゲーテらしくなったか。(33ページ)
至言も戯言も、ゲーテが言ったことにすると収まりがいい。そのドイツ流の冗談の作法に、実直なゲーテ学者が向き合い思索する物語だ。ゲーテに言葉を預けることは、悪戯であり照れ隠しであり、学術的には褒められない。しかし、このときのゲーテは、言葉の源、歴史の根、情報の枝葉を束ねるなにかでもある。ゲーテという器に乗せ、再び吟味する機会を得る。編集稽古もそうだ。元型を求め、意味のシソーラスを巡り、過去の誰かの見方を借りて、すこし新しい言い回しを拵える。預けることは借りることでもある。清少納言も、空海も、松岡正剛も、きっとすべてを言っている。「ゲーテたち」が包むのは、ひとつの混淆ではなく多様な編集モデルの渾然だ。(阿久津健)
「僕は『ゲーテはすべてを言った』とは思いません。一人の人間にすべてを言うことなんてできない。でも、ゲーテは本当にすべてを言おうとしたのだろう、と思います。それに励まされました」(66ページ)
文学を、誰の心にも最初から棲んでいるウル(原)だと見抜いたのがゲーテだった。ここでいう「すべて」とはあれこれの事象に潜む普遍性、すなわち原型のことかもしれない。それを言おうとしたのであれば、アーキタイプを掴みそこから多様な見方を広げる編集稽古と重なる。ゲーテに代表される19世紀文学は鈴木結生の専攻ではなかった。それでも、小説家になるなら文学の始まりに立たねばならない。そう考えてゲーテを選んだのだという。引用文は作中人物の台詞ではあるが、著者本人の挑みつづける気持ちが代弁されているように思えてきて、もっと世界を知りたい、編集し続けたい私を励ましてくれる。(一倉広美)
自分の言葉を決して信じ切れていない男の語る言葉を聞きながら、その言葉を信じてやることができた。何故なら、その言葉は本当だったからだ。(187ページ)
ある現象を表現するということは、その現象に名を与えることだ。名付けとは、ある言葉で現象をつなぎとめる、いや、時に縛り付けるということでもある。言葉を過度に盛ることなく、かといって不足もなく表すことができた時、その言葉は本当のものとなる。全てを言った筈のゲーテの、言ったか言わないかがわからない言葉を探し続けた主人公の旅の終着点は、自身の「本当の言葉」だった。編集とは「本当の言葉」を探し続ける営みなのだろう。つなぎとめた鎖を「本当か、本当にそうなのか」と問い直し、一度、断ち切っては、また結び直す。言葉を永遠に揺らしつづけながら、過不足なく現象につなぎとめられた時、編集の喜びはようやく私のものになる。(相部礼子)
アイキャッチ、レイアウト/阿久津健(56[守]師範)
編集/新井陽大(55[破]評匠)、大濱朋子(44[花]花伝師範)、角山祥道(44[花]錬成師範)
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む [バックナンバー]
#02『うたげと孤心』(原田淳子、山下雅弘、牛山惠子)
#03『ことばと身体』(古谷奈々、大濱朋子、得原藍)
#04『ゲーテはすべてを言った』(阿久津健、一倉広美、相部礼子)
ISIS core project
イシス編集学校[当期師範&学林]チーム
「Pauca sed Matura」の言葉を背負い、守破離花遊の全指導陣が一挙集結する[ISIScore]。感門プランニング、エディットツアー運営、編集知のリバース・エンジニアリング、全てがここで交差する。知を組み立て、知を裏返し、知を書きなおしていく編集分子たちの風姿を垣間見よ。
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#03『ことばと身体』
花伝所の入伝式では千夜千冊10夜をもとに、道場ごとに「5つの編集方針」を作り上げます。そのひとつにもなったのが、尼ヶ﨑彬の一夜。同氏による『ことばと身体』(花鳥社)は、花目付による入伝式の「式目の編集工学講義」でも引用さ […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#02『うたげと孤心』
イシス編集学校の応用コース[破]では、課題本の中から1冊選び、他の人に紹介文を書くという稽古があります。題して「セイゴオ知文術」。今期56[破]の課題本のひとつが、大岡信の『うたげと孤心』(岩波文庫)でした。松岡正剛校長 […]
【感門90】読奏エディストリート――師範が読む#01『多読術』
人間的なるものの源泉はすべて本の中にある、といったのは松岡正剛校長ですが、だとしたら私たちイシス編集学校の稽古の歩みは、「本のパサージュ」の中を進んでいるようなものなのかもしれません。 稽古の傍らにあった本、途中で貪り読 […]
コメント
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2026-02-19
棚下照生。この忘れられたマンガ家が、最近、X(ツイッター)で話題になっていた(なぜかは知らないが)。大人漫画のタッチで劇画を描くという、今となっては完全に絶滅した手法が、逆に新鮮に映るのかもしれない。代表作『めくらのお市物語』は、連載当時、大変な人気で、映画やテレビドラマにもなったのだが、現在では、タイトルに問題アリで、復刊の目途もない。もしも古本屋で見かけることがあったら絶対買いです。
2026-02-17
小川の水底での波乱万丈を生き抜き、無事に変態を遂げた後は人家の周りにもヒラヒラと飛んできてくれるハグロトンボ。「神様とんぼ」の異名にふさわしく、まるで合掌するかのように黒い翅をふんわり広げては閉じる。
2026-02-10
ハンノキの葉のうえで、総身を白い菌に侵されて命を終えていたキハダケンモンの幼虫。見なかったことにしてしまいたくなるこんな存在も、アングルを変えてレンズを向けてみると、メルヘン世界の住人に様変わりする。